魔王様のいる一週間
『女子高生漫画家』という一点において、もとより紬の日々はいささか特殊ではあったが、それは裏を返せば、その点以外はいたって平々凡々ということだ。
紬自身はこれといって特徴のないモブガールだと自負していたし、原稿の〆切デッドラインの時を除けば、これまで刺激などない平和な毎日を謳歌していた。
しかし。
魔人を名乗るジンの登場により、そんな日々は一転。
よくも悪くもある意味で刺激的な出来事が日常茶飯事となった。
だが人間とは慣れる生き物で、すっかりそんな日常にも馴染み、ジンの存在はもはや居て当たり前。
だからマオひとりが増えたところで、まあ騒がしさが二倍になるくらいだろう……と、紬はたかをくくっていた。
実際は、二倍どころではなかったのだけれど。
※
――例えば。
悠由と凜子も誘って、ジンと紬、マオの五人で放課後に訪れたカラオケボックスにて。
「えー! マオさんすごーい! シューベルトの『魔王』をここまでカラオケで歌いこなして、『君が代』の精密採点で100点取れるなんてマオさんくらいじゃない!?」
「あら、ジンさんも負けてないわよ。アニソンメドレーは女性ボーカルから男性ボーカルまで完璧だし、萌え系もシャウトもお手の物。合いの手もセルフで的確に入れているわ」
マラカスを持った悠由と、ドリンクバーのグラスを傾けた凜子が感心した声をあげる。
『ジンの同郷の友達』という詳細は語らないわりにそのままな設定で、あっさり悠由たちと意気投合したマオは、コミュ力も高ければ歌唱力も高かった。これも魔王の力か。
ジンも同様で、カラオケ初体験のはずの魔界組は、選曲はやけにコアだが、プロ顔負けのパフォーマンスでおおいに場を盛り上げたのだ。
「よっしゃ、ジンジン! 次は『かえるのがっしょう』を輪唱するぜ!」
「いや選曲! さっきからなんでそんな感じなの!? カラオケで輪唱をデュエットのノリで言わないでくれます!? でも普通にうめえな!?」
「許せ、ツムギよ。マオマオは魔界で得た知識がどうにも片寄っているのだ。我と違ってな。次は地獄のキャラソンメドレーで行くぞ!」
「お前もわりと片寄っているからね!?」
「マオさんもジンさんも面白いねー」
「紬のおかげで世界が広がりそうだわ」
カラオケは時間いっぱいまで歌いこなし、そのあとにプリクラを撮って、みんなで回る安い寿司を食ってその日はお開きとなった。
――また明くる日。
カラオケのときのメンバーに加え、オギハギコンビ+星野を呼んでのボーリングにて。
「マオさんすげえな……いまのとこオールストライクだぜ。才能ありまくりだしこれプロになれるんじゃねえか? いったいスコアいくつだよ」
「ジンさんやべえな……いまのとこオールガーターだぜ。才能がないとしか申し訳ねえが言えなくねえか? まったくスコアは見れたもんじゃないな」
相変わらずどちらがどちらか混乱するオギハギコンビは、マオとジンのボウリングの様子を見て別々のコメントをしている。
意外なことにスポーツ系も万能なマオと違い、ジンはボウリングは苦手なようだった。へっぴり腰過ぎて女性陣にも負けている。
ジン、紬、悠由、荻 VS マオ、星野、凜子、萩 というチーム分けで、勝った方がジュースを奢るという条件のもと勝負をしていたのだが、ジンは完全にお荷物であった。
当然、大差をつけて勝ったのはマオのチームだ。
「やれやれ、圧勝だったぜ。楽しかったなあ、ボウリング。魔界にも雑魚魔物共をピンに見立てて取り入れてえな……ん? というかよお、ジンジン。男女が数人で固まって遊んでいるってことは、これはもう『合コン』じゃねえか?」
「いえ、これは残念ながら合コンでは……」
「おお! ならば王様ゲームをせねばな! だがマオマオはすでに『王』なわけだし、ボウリングも総合スコア一位なのだから、もうマオマオがキングでいいのではないか? 我らはボロ負けだったぞ!」
「お前のせいでな! ちょっとは反省しろ!」
HAHAHAと悪びれなく笑うジンに対し、マオは「参ったな……余はやはり生まれもっての王ってわけか」なんてまったく参ってない顔で銀髪をかきあげた。
そんなふたりに悠由&凜子が茶々を入れ、オギハギコンビがまたどちらがどちらかわかりにくい発言をして、この日も騒がしくお開きとなった。
なお、星野に関する余談だが。
(あー! せっかく壬生さんと遊べる日が来たのに、チームは別になるし、話しかけようとしてもタイミング外しまくりだし、マジでほぼほぼ接触すら出来なかったんだが! なんなんだ!? 姉ちゃんの買い物の荷物持ち係を断って命がけで来たのに……! 帰ったら死が待っているんですが!? いつになったら俺は彼女と『恋ギガ』の話が出来るんだ……!)
……星野は星野で、ひとり戦っていたことは、紬たちには与り知らぬことだ。
またまた明くる日は、さすがにツムギは原稿、ジンもそのアシに集中せざるを得ないときがどうしてもあり、マオはひとりで公園で鳩に餌やりをしたそうだ。
そこでホームレスのおっちゃん連中と仲良くなり、さらには行きずりのサラリーマン連中にも気に入られ、彼らの奢りで居酒屋で飲んだくれてきたというのだから、止まるところをしらない人たらしっぷりである。魔王のカリスマ性恐るべしと紬はGペンを持ったまま驚いた。
またまたまた明くる日は、今度は紬抜きでマオはジンと二人、漫喫でぐだぐだしてきたという。
そこで読んだ漫画が『恋ギガ』だというのだから、「いや家にあるだろ!?なんなら家に作者いるだろ!?」とは紬のツッコミである。あとは大の男ふたりで少女漫画を読みあさっていたそうだ。
――このように、マオは着実に巻物の『やりたいことリスト』を消化していき、あっという間に一週間が過ぎようとしていた。





