紬さんは聞いてしまう
冬の夜空に満月が照る夜。
冴え冴えとした空気の中、紬はサクサクサク……とうっすら積もった雪を踏んで、夜道をのんびり帰路についていた。セミロングの黒髪は高く結い上げ、タオルを肩にかけたほっこり湯上がりスタイルだ。
やや後ろにはケロリン桶を抱えたジンと、着替えの入ったバッグを担ぐマオもいる。
マオがやってきて6日目――明日の夜にはいよいよマオは魔界に帰るということで、今夜はマオのたっての希望により、三人で近場の銭湯にお邪魔していた。
いまはその帰りである。
「いい湯だったなあ、銭湯で牛乳を飲む夢も叶って余は満足だぜ。風呂上がりに嗜むコーヒー牛乳は至高の一品だな。備え付けのテレビで野球のナイター中継も見れたし言うことなしだぜ」
「うむ、なかなかに中継も白熱した戦いであった。あれがサヨナラ逆転ホームランというものか。ご年配の方々との応援合戦は燃えたな! しかしマオマオよ、風呂上がりの牛乳はフルーツ牛乳こそが至高である。そこは譲れぬぞ」
「銭湯であそこまで盛り上れるのすごいですよ……あと至高はイチゴ牛乳だから。そこは推すから」
三人でくだらない話をしながら、大通りを抜けて住宅街へと入る。
クリスマスが近いためか、途中で電飾に彩られたコンビニの前を通ったのだが、マオは「お! イルミネーションもこれで見れたな!」と満面の笑みだった。
イルミネーションってコンビニの電飾でいいのか?
と紬は思うも、これでマオの『やりたいことリスト』はまさかのほぼほぼコンプリートになってしまった。あんなにあったのに。宰相が命を削ったのに。
「ラスト一日、明日はなにして過ごすかなあ。ジンジンとセンセイは人間界であとはどんなことしてんだ?」
「基本、私は仕事でジンさんはアシを……あとはスーパーに買い物とか? 一緒にヲタ活とか? ああでも、明日から学校が冬休みですし、どこか行きたいところがあれば付き合いますよ」
「うむ、我とツムギはお出かけもあちこち行ったぞ! 打ち合わせにもついて行ったし、遊園地にも遊びに行った! ペアでイベントに参加したんだぞ。アニメショップなども定期で赴くな」
そうやって挙げてみると、ジンと紬のメモリアルはわりと濃厚だ。
まだしっとり濡れた銀髪を揺らして、マオは「おふたりさんは本当に仲がいいんだな」とゆるりと口角を上げる。
「生きる時も世界も種族も違うのに、たいしたもんだ」
――何気ない口調で続けられたその一言に、紬はドキリとした。
人間と魔人。
なにもかも違うのは当たり前でいまさらなことだ。
だけどジンがあまりに人間くさいから、これまで意識することが少なかった。
それに加え、ジンの正体を『魔人』だと知る第三者が周りにいなかったため、改めて他者に言葉にされると、唐突に違和感を抱いてしまう。
なぜだか胸がぎゅっと苦しく絞まって、ついついジャージの裾を強く握りしめた。
「そうだぞ、我と紬は仲良しさんなのだ! アシスタントと漫画家というのは、もはや運命共同体だからな! なあ、ツムギよ」
「う、うん」
ジンの明るい笑顔に、紬は曖昧に頷く。
ちょうどそのとき空からはチラホラと粉雪が降り始めた。
「おお、雪だ! 魔界にはないからな、我は雪が好きだぞ!」
子供のようにはしゃぐジンを、紬は先ほどの胸の締まりを微かに残したまま、複雑そうな顔で見つめている。
そんな紬を気付かれぬよう、マオは鋭い赤い瞳でじっと観察していた。
※
帰宅後、小さなお一人様用のたこ焼き機で三人でタコパをしてから、人生ゲームでやたら盛り上がり(マオが大富豪で一位ゴール、紬は人生ゲーム内でも漫画家になって借金だけは辛うじて返済し、ジンは借金だらけの債務者になった)、日付が変わる頃には自然と就寝した。紬はベッドの中、ジンとマオは押し入れの中だ。
しかし深夜二時を回ろうというところ。
喉が渇いて起きたモコモコパジャマ姿の紬は、開いている押入れの戸に首を傾げた。
「ジンさんとマオさんがいない……?」
ふたりしてトイレにでも行っているのだろうか。
ひとまずベッドから出て、冷蔵庫を目指して台所に向かう。電気はつけず薄闇のまま、ゴクゴクとペットボトルのお茶を飲んで、寝ぼけ眼をこすって戻ったところで。
起き抜けでは気付かなかったが、ベッド傍のベランダへと繋がるガラス戸のカーテンが、微かに風で揺れているのを発見した。きっちり戸は閉めたはずなのに。
「もしかして……」
こっそりと隙間から覗けば、予想通り。
色褪せた手すりを前に体格のいい男ふたりが顔を突き合わせていた。
こんな寒い中、ジンとマオはわざわざ外で魔界人会議をしていたようだ。薄手の長袖変T一枚なマオに対し、ジンは相変わらずきっちり半纏を着込んでいる。
紬は「こんなとこにいたんですか」と普通に声をかけようとして……止めた。
薄いガラス越しでもわかるくらい、いつもふざけている彼等の雰囲気が、なんともレアなことに張り詰めて緊張感が漂っていたからだ。
「って、わけなんだよ、ジンジン。俺の言っている意味がわかるよな、お前さんなら」
「……いや、わからぬぞ。一からきちんと説明するのだ。言葉を省くのは2000年前ほどからのマオマオの悪い癖だぞ」
「手厳しいな。この魔王である余にむかってそんな口を叩くのは、魔界広しといえどもジンジンくらいなもんだぜ。さすがは余のマブダチだな。仕方ねえ、要件から繰り返すからよく聞いておけよ?」
月の光に反射して、マオの銀髪が眩く光る。
次いで耳に届いた言葉に、紬はひゅっと息を呑んだ。
「これは魔王としての命令でもあり、友としての頼みでもある――明日、余と一緒に魔界に帰れ、ジンジン」





