魔王様は人間界を満喫したい
結局、マオがなぜ人間界に来たのか理由は後回しに、紬にとって差し当たって一番の問題は、住処のないホームレス魔界生物が一体増えたことだった。
マオもジン同様、時空の穴を通るのに多大な魔力を消費していて、帰宅に必要な魔力が足りないそうなのだ。
だがそこはなんといっても、魔界の王である魔王。
根本的な魔力量がジンよりも多く、かつ回復が尋常じゃなく早いらしくて、一週間もあれば魔界に帰れるようになるとか。
ただ裏を返せば、その一週間は人間界に留まるということで。
――そんなわけで、やむなくマオも短期間だけ、紬のもとに居候が決定したのだった。
「寝床は急遽、押入れの下をなんとか空けたのでそこで寝てください。ジンさんとは奇しくも二段ベッドのような形です。生活用品はジンさん用のものを使ってもらって……勝手に外に出たり、人間の範囲を越える魔力を使わなければ、基本は自由にしてもらって大丈夫です。その他の人間マナーはジンさんに聞いてください。……ええと、なにか疑問はありますか?」
「特に疑問はねえよ。大義であったな、余は仕事が出来る奴は好きだぜ」
「ああ、どうも……」
魔王という職業柄、サインをねだるとき以外のマオの態度は、ふんぞり反っていて常に横柄だ。ウルフカットの銀髪を片手でかき上げる所作も、俺様然としていて様になっている。
だがそれを腹立しく感じず自然と従ってしまうのは、生まれ持っての王の気質ゆえか。
紬は「ジンさんがこんな態度だったら、間違いなくスリッパで頭はたいてるな……」と思いつつ、まだマオとの接し方がいまひとつわからないため、ぎこちなく返事をした。
いまは炬燵の周りをジンとマオ、紬でぐるりと囲んで、マオの居候生活について相談しているところだ。
ジンのような長期滞在ではないとはいえ、こちらにいる間にマオが問題を起こさないように、ちゃんと人間に馴染んで頂かなくてはいけない。
まず手始めに額の角は消してもらい、重苦しい黒の衣装は脱がせて、マオもジンと同じ長袖の変Tに着替えてもらった。文字入りのそれらは、マオの文字は『タピオカの海に沈む』、ジンの文字は『NOタピオカ、NOLIFE』と謎のタピオカ推しである。
「だがな……疑問はねえが希望はあるぜ。こうしてせっかく人間界に来たんだ、余は存分にこの世界を満喫させてもらうつもりだ。ジンジンばっかり遊び呆けていたらズリィだろ」
「む。我は遊び呆けてなどおらぬぞ!ちゃんとツムギ専属の『アシスタンスト』という過酷な労働に就いており、人間界では仕事漬けな日々だ」
「おいコラ盛るな」
人をブラック企業みたいに言いやがってと、紬のジト目がジンに刺さる。
確かにジンは優秀なアシスタンスト、かつほぼ家政婦としてもしっかり働いてはくれているが、それを上回るくらいには人間界ライフを存分に満喫しているはずだ。過酷な労働も追わせた覚えはない。
「まあジンジンの労働環境問題はこの際後回しだ。とりあえずこれを見ろ」
マオは鋭利な赤の瞳を細め、なにもない空中から巻物のようなものを取り出す。
「これは余の一番の側近である悪魔宰相に、嫌がるところを椅子に縛り付けて無理やり書かせた『マオの人間界でしたいことリスト』なわけだが」
「宰相かわいそうに……ちょっと拝見しますね」
どれどれと、紬は巻物をほどく。
それをテーブルの上に広げたつもりだったのだが、存外ものすげえ長く、普通にテーブルからはみ出してしまう。
「人間たちとボーリング、ジンジンと銭湯で牛乳、カラオケで熱唱、合コンで王様ゲーム、イルミネーションとやらの見物、プリクラ撮影、漫喫でぐだぐだ、日本料理(特に寿司)を堪能、公園で鳩に餌やり、居酒屋で飲んだくれ、野球中継を見る……いやどんだけあるんですか!?」
しかも大学生の夏休み的な予定から、暇な休日のサラリーマン的な予定まで!
ジンと同じく、人間界から輸入した書物で得た知識なのだろうが、マオの人間界でやりたいことはとにかく多く、またまとまりなどは一切なかった。
まさに思い付くまま、なのだろう。
これを延々と書かされた悪魔宰相は真剣に可哀想だと、紬は改めて同情する。
「なあに、さすがに一週間ですべてやり尽くすのは難しいことくらい、余も承知の上だ。三分の二ほど消化できたらいいぜ」
「三分の二でもめっちゃあるんですけど……」
遠い目をする紬を置いて、ジンとマオは「それだけで妥協するとはマオマオは謙虚だな」「あんまり褒めるなよ、ジンジン。余は歴代一慎ましい魔王だからな」とかまた茶番じみた会話をしている。
この二人の友情もたいがい謎である。
「ああ、みなまで言うこともねえだろうが、センセイにも出来得る限りで参加してもらうぜ。人数は多い方がいいからな。センセイの友人たちも誘ってくれ」
「協力はしますけど……その『センセイ』ってのは止めてくれませんか。恥ずかしいんで」
「センセイはセンセイだろ?」
漫画家先生なので、誤った呼び方でもないのだが。
まあ『温玉カレー丸さん』とか『そこの愚民』とか呼ばれるよりはマシかと、紬は早々に諦めた。慣れない『センセイ』呼びも、マオなりの敬意だと思えば容認できる。
「そんじゃあ一丁、魔王様の休暇に付き合ってもらうぜ!」
「うむ! 遊んで遊んで遊び倒そうぞ、マオマオ!」
「ほどほどにしてくださいね……」
もうなるようになれと、紬はもそもそと炬燵にもぐった。
外では相変わらず雪が舞っている。
――こうして非日常な日常に魔王が加わり、賑やかすぎる紬の一週間が幕を開けたのであった。





