ジンさんは漫画脳
「あっ、ジンさん! あそこにあるのってお札じゃ……」
「ぴゃああああ! 今なんか『ぴちょん』って! 『ぴちょん』って言ったぞ紬ぃ!」
「そこのロッカー、怪しくないですか? ちょっと開けて……」
「みゃああああ! 絶対なんか出てくるやつ! 九割九分九厘の確率でなんか出てくるやつ!」
「おかしいな、道迷ったかな」
「はわああああ! もう我らは永遠に帰れないのだな! ここの住人に永久就職するコースなのだな!」
「とりあえずジンさん、ツッコミを一つにまとめていいですか?」
――――萌えキャラ系の悲鳴うっさい!
と、紬はジンに正面から手刀を食らわせた。本当は額を狙いたかったが、紬とジンの身長差は20センチを優に越えるので、奇しくも喉に決まってしまった。
げふうっと喉を外部の刺激でやられ、ジンは強制的に黙らせられる。
こんな調子のため、病院型のお化け屋敷に入ってそこそこ時間が経過したが、集めたお札はゼロ。素でヤバイ。
本気を出せば有能なジンは、お札集めなんて魔力を禁止されていても、本調子ならサクサクイケるはずなのに、今はただのTYだった。TYである。
「お化け役の人も、なんかジンさんの怖がりっぷりにテンションあげてるし……さっき血濡れの死体が『俺、ここに就職して今が一番楽しい』って呟いたの聞こえちゃったし……おかげで私はなんにも怖くないですよ……」
薄暗い病院、それもどこもかしこも血痕だらけなんて、ロケーションだけでも充分怖いはずなのに、今の紬の心は波風ひとつ立たない無風状態だ。
大きな子供の方は、紬の後ろでえぐえぐと泣いている。
「紬……こういうとき少女漫画の世界では、怖がるヒロインの手を、ヒーローがそっと握るのが鉄板だぞ……さあ」
「ヒロイン気取りか貴様。嫌ですよ、手なんか繋いだら、ますますお札探せないじゃないですか」
「もしここが少年漫画の世界なら、お化けにヒロインが襲われても、必ずヒーローの救出が来るな……『お前は必ず俺が守ってやる』という台詞は、ベタだがポイントが高い……さあ」
「さっきからなに強要してんの!? 言っときますけどホラー漫画の世界なら、ジンさんみたいなタイプは序盤で死んでますからね! 最初に見せしめに幽霊にサクッと殺られる、惨劇の開演ブザー的役割ですからね!」
なんでも漫画で例えるのも止めろ! と怒る紬も、そもそも漫画で例えている。
時間もないのに、このやり取りだけでまた無駄な時間が過ぎてしまった。このままではぶっちぎりで最下位だ。
あーもーと頭を抱えながら、ギョロっとした目玉(の小物)がコロコロと転がる階段を上る。他にも壁の血文字や、取れた腕の置物など。セットの造りは本当に凝っていて、細部にまで制作側のこだわりが見える。
踊り場に着いたところで、紬はふと閃いた。
この魔人の漫画脳と思い込みの激しさを、なんとか上手いこと使って、彼の恐怖を軽減出来ないかと。
「……ジンさん、今から私の言うことを、よくよく聞いてくださいね」
「うむ。なんだ? 楽しい歌でも歌ってくれるのか? 我は国歌かヒップホップを所望する」
「黙って聞かないと『とおりゃんせ』とか『かごめかごめ』をエンドレスで歌い続けますよ。いいですか? ジンさん。ここをコメディ漫画の世界だと思い込むんです」
「コメディ……?」
ジンがこてんと首を傾げる。
大の男がするには通常許されない仕草も、なにやらやたら似合うジンにイラッとしつつ、紬は暗示をかけていく。
「ここはコメディ漫画……アメリカンホームドラマ的な世界です。例えばさっき、ジンさんをくっそビビらせた、顔の半分が薬品で爛れて紫になってしまった、看護師さんの幽霊がいたでしょう」
「もう聞いているだけで失神したいのだが……うむ、いたな」
「彼女の名前はアンジェラ。顔の紫の爛れは薬品ではなく、ブルーベリーの食べ過ぎです。ここも一見血まみれの病院に見えますが、ただのホームパーティー会場です。アンジェラはちょっとパーティーではしゃぎすぎちゃったみたいですね」
真顔で迷いなく、紬は適当にもほどがある設定をジンに淡々と語る。こちらが決して詰まらず、どこまで真剣に設定を伝えるかが重要だ。
「あれ? なんか段々、そう思ったら怖くなってきたぞ?」と、ジンに思わせるのが狙いである。
「じゃ、じゃあ、注射器を片手に追いかけてきた白衣の幽霊は……?」
「マイケルですね。注射器に見えたのは極太のポッチーです。白衣はパーティーの隠し芸の衣装でしょう。わざわざ用意したんですね、マイケル」
「目玉が片方飛び出していた、腐乱死体は……?」
「ジョージですね。彼はエンターテイナーなので、目玉が飛び出す一発芸でお茶の間の笑いを取ります。腐っているように見えた風体も、ただのちょっと酷い肌荒れです」
「ほ、包丁が頭に刺さっていた患者は……!?」
「アルフレッドですね! 彼のあれはファッションです! アメリカで流行っているらしいですよ、包丁スタイル!」
次々とコメディワールドをがんばって構築していく紬。単純なジンは、「な、なんだか、あそこの壁の血文字も、だんだんパーティーのウェルカムメッセージに見えてきたぞ」と、順調に洗脳されていった。
ここで紬は畳み掛ける。
「しかし大変です、ジンさん! アンジェラもマイケルもジョージも、お札……じゃない、パーティーの招待状をどこかに失くしてしまったようなのです! このままでは、彼等はパーティーを追い出されてしまいます!」
「なに、アルフレッドもか!?」
「アルフレッドもです! ここは私達がお札……じゃない、パーティーの招待状を代わりに探してあげましょう! とにかくいっぱいあるはずなので、手当たり次第! 可及的速やかに! 一枚でも多く!」
「わ、わかったぞ。がんばって我は探すぞ!」
やっと恐怖をコメディで塗り替えることに成功したらしいジンは、自ら率先してお札探しを始めてくれた。階段を上りきったところで早速見つけたらしく、紬に嬉々として見せてくる。
紬はふうと息をついた。
これでようやく、紬とジンペアは本腰を入れて始動したのであった。





