ジンさんは日本系ホラーが苦手
あからさまに端整な顔を青ざめさせ、ピシリと硬直するジンに、紬は視線を青く晴れ渡った空に逃がしつつ、一応拙いフォローを入れておく。
「えーとですね、ジンさん。人間誰しも……魔人誰しも、苦手なものの一つや二つありますよ。いいですよ、無理しなくても。ジンさんはお化け屋敷に入らなくて。私から悠由たちにお断り入れときますし、外で待っていてもらえれば」
「…………フッ、我を誰だと思っているのだ、ツムギよ。魔界では魔王に次ぐ実力者だぞ? 高貴なる『紫電の魔人』とは我のことだ」
「市電がなんですって?」
「たぶんだがそれは誤字だぞツムギ! 少し道を違えば、我が魔界を治めていたかもしれぬのだ。お化け屋敷ごときに恐れるとは笑止」
神秘的な紫の瞳を光らせ、ニヒルな笑みを口元に浮かべるジンに、またコイツはよくわからん見栄を張って……と、紬は胡乱な目になる。
大体、ジンが魔王に次ぐ実力者だなんて初耳だ。
どう頑張っても、この隣にいるアシスタントな天然魔人が、そんな魔界で力を奮っている様を想像できない。出会った頃に聞かされた、似非平和主義バイオレンス魔王と拮抗する強さだなんて、紬には俄に信じがたかった。
『現地人』という珍妙な文字Tを着こなし(着せたのは紬だが)、膝に落としたチュロスをいそいそ拾い上げ、「三秒ルール、三秒ルール」とか呟いている奴がナンバーツーとか魔界終了のお知らせだろう。
「本当に怖くないんですか?」
「怖くない!」
「本当の本当に?」
「無論だ!」
「じゃあなんでそんなに足が小鹿のように震えているんですか」
ベンチから飛び出して地面を踏むジンの長い足は、極めた貧乏揺すりのごとく。高速でガッタガタ震えていた。
心なしか地面が揺れている気もする。
「こ、これはあれだ、持病の痙攣だ! 定期的になるやつで問題ない!」
「いやあるよ! そっちの方が大いに問題あるよ医務室行きだよ! 無難に武者震いとか言ってくれた方がマシでしたよ!」
片手にはスマホ、もう片手でチュロスの包み紙をくしゃりと握りつぶして、紬は溜息をつく。
「そもそも魔界出身の癖に、なんでジンさんは霊的なものをそこまで怖がるんですか……魔界の方がよほど魑魅魍魎で奇奇怪怪、人外魔境でしょうに」
「うう……じゃぱんのユーレイは、ねちっこくてべたーとしているから苦手なのだ。どうして鏡に映り込んできたり、髪を切らずに伸ばし続けていたり、わざわざ隙間から覗いてくるのだ……正面から来ればいいじゃん、ビビるじゃん……」
「呪う相手に事前に予告するとこか、ルールを守って順番に襲っていくとこなんかは、律儀な日本人らしいですけどね」
「魔界はもっとカラッとした性格の奴等が多くて、現状は異文化を取り入れたおかげもあってアットホームだぞ。バラバラになったゾンビ共の身体で福笑いをしたり、サイクロプスたちと目玉でビリヤードしたり、聞き過ぎると頭がイカれる脳波破壊系アイドル☆セイレーンちゃんの海上フェスで盛り上がったり……」
「どう考えても魔界の方が殺伐ライフですよね!?」
やはり自分は魔界では過ごせそうにないと、今度は紬が青褪める番だ。
セイレーンちゃんの海上ライブだけは若干気になるが、日帰り観光でも絶対に行きたくない。
しかし、もう薄っぺらい強がりも止めたのか、上背のある身体をベンチの上で丸めて「悪霊退散、悪霊退散、りんぴんとうしゃかいじんれつざいぜんー!」と唱える自称魔界の王さま候補だった魔人に、紬は哀れみを抱き、やっぱり断ってあげようとスマホでお断り文を打とうとする。
だがその前に、またしても悠由から追加でメッセージが届いていた。
紬は文面を確認して、パッと表情を明るくさせ、勢いよくジンの方を振り向く。
「朗報ですよ、ジンさん! 悠由いわく、『先にお化け屋敷の前に着いたんだけど、今日のお化け屋敷はお宝探しイベントの第一会場になるから、今は進入禁止なんだってー!』だ、そうです!」
「おお、誠か! ならば仕方がないな! イベントの会場では!」
「はい! よかったですね、イベントの参加者でなければ、お化け屋敷には入らなくて大丈夫ですよ!」
「そうだな! イベントの参加者でなければ!」
「ええ、イベントの参加者でなければ!」
「……」
「……」
途中、残酷な現実に気付いた二人は口を閉ざし、無言で見つめ合う。
周囲から見たら、恋人同士の甘いいちゃつきシーンにも思われるだろうが、間に漂う空気はただただ鉛のように重かった。
さらにはまたもや悠由から、『そろそろイベントの時間だし、スタート地点はお化け屋敷前らしいからここで待っているね!』と、ジンの退路を塞ぐ宣告がくだされる。
紬はしばしの間のあと、慈愛あふれる女神のように、にっこりと微笑んで立ち上がった。
「…………さーて、お化け屋敷でもなんでも、一丁やったりますか、ジンさん」
「まてまてまて! あ、あれだ! 魔人にも苦手なものの一つや二つあると、ツムギもそう言っていたではないか!」
「ジンさん、苦手を克服するいい機会ですよ」
「さっきと言っていることが違うぞツムギぃ!」
紬だって本当なら無理強いなどしたくはない。だが本日、ジンをここに連れてきた目的を果たさないわけにはいかなかった。
犠牲になった星野のためにも。
我々は戦わねばならない。
「万が一呪われたらどうするのだ!?」
「魔人を呪う幽霊がいたら、その気概に拍手を送りますよ。死してなおナイスガッツ!」
「宝探し中でもホラー的な仕掛けに遭遇したら、我は乙女のような悲鳴をあげてしまうぞ!」
「そんときは私の悲鳴ってことにしてあげます!」
心を鬼にして、駄々をこねて嫌がるジンを、紬は無理やり引っ張っていった。気分は歯医者に抵抗する子供をやり込めて連行する親だ。
途中、すれ違った遊園地を満喫中の皆さま方には、ひそひそと好奇の目で見られまくったが、紬は足を動かし続けた。ジンもようやく観念したのか、うだうだ文句を言いながらもついていったのだった。





