78話 『戦士』と『勇者』の戦いの裏側で
女は突如としてその場に現れ─────否、まるで、初めからそこに居たように、立っていた。
女はマントに付いているフードを深めに被っていて、顔が見えない。唯一見えるのは、髪が白いこと。
セイルが新手かと、緊張を走らせる中、バラムが先に口を開いた。
「何しに来やがった!」
「貴方の回収です。まだ、貴方を失うわけにはいかないので」
「俺ぁまだ戦える!」
本人がそう言うも、バラムはどこからどう見ても重症だ。
腹部からは未だ出血が止まらず、右腕に関しては、手首から先がスッパリと無くなっている。
これでまだ戦うというのだから女は呆れて言葉も出なかった。
女は、一歩バラムに近づく。
「あ?無理やり連れてこうってか?こんなに面白れぇ戦いを前に、そりゃあ無理な話…………」
バラムが話している最中に、女がバラムへ触れる。
本来ならば、そんな隙を許す男ではない。
だが今のバラムには、それを拒む力すら残っていなかった。
「……」
「話が長い。後、私は泥臭いのは嫌いだと言いました。さっさと、帰りますよ」
虚ろな目をした巨躯が、去り行く女の後に続く。
「またどこかで…会う機会があれば」
「っ……」
待て、とは言葉に出せなかった。セイル自身も、相手が引き下がることに安堵していたから。
「次は、もっと─────」
『戦士』と『勇者』の戦いはこれにて一幕を閉じた。戦士は自身の糧となる強者を見つけ、『勇者』は己の力をついぞ発現させた。
両者ともに、成長し次に相見えるのは果たしていつになるか……
* * *
「戻りました、兄様、軍師殿」
ルリエナが、巨躯と共にロウ爺の家に戻ってきた。
「…そうか、こいつがそれほどの痛手を負うとはなぁ。気になるし、放ってはおけない……か?」
ヴェルトが、バラムを一瞥してそんなことを言った。
私を見ながらなのは挑発してるってことなのかなぁ!?
「……それは今はいいでしょ。ようやく、ルリエナが戻ってきたんだから」
「仕方ねぇなぁ…ま、取引だったからな。お前の望みは叶えてやったんだ。出来なきゃクビだ」
そう、取引。私が目を覚まし、ヴェルトの元に行ったところでやったこと。
………………………………
数々の条件の中、ヴェルトはどこかの家屋に潜んでいるのだろうとあたりを付けていた。しかしそれでは手当たり次第で、あまりにも時間がかかる。
それ故に、直感に頼った。昨日の時点での違和感に。
「…まさか一発目で当たるとはね」
「うおっ……と、ってなんでお前がここにいる?」
「久しぶりに会った同期にそれは酷いんじゃない?ヴェルト」
初めは軽口を。衝動に身を任せるなと言い聞かせる。
「今街で起きてること…それと、ここの家主はどうしたの?説明して」
「人には尋ねて、自分は答えない。それが通用すると思ってんのか?」
要するに、交渉のテーブルに着けと言っているんだろう。
仕方がない。私も情報が必要である以上、乗らざるを得ない。
ヴェルトが座った正面に座り、向かい合う。まずは、私が口を開いた。
「ここには旅行で来ただけだよ。ヴェルトが居るなんて知らなかった」
一部嘘だが、心持ちは間違っていない。私はセイルと一緒に里帰りして、ついでに観光しようと思って来たのだから。
「旅行…ねぇ。確か、学園は今冬休み…だったか。俺からの任務を受けないでやることが旅行、か」
「人族の世界を知りたくってね。悪い?」
「悪かねぇよ」
あくまでヴェルトの異能を借りれているうちに来たかっただけとして、主張を終える。
次は、ヴェルトのターン。
「で、なんだったか…」
「ここの店主と、リードベルクで起きていることについて」
「そうだったそうだった。悪いな、異能を使っているとどうにも記憶力が悪くなる」
言いながら、ヴェルトはトントンと頭を指先で叩く。言いたいことを纏める時の癖だった。
数秒の間、そうしていた後にヴェルトは口を開いた。
「ここの店主だが、今は寝かせてる。利用させてもらった。潜入先として、そして、下準備のために」
「下準備?」
「あぁ、極力…あいつが戦いやすい場を整えるために、露店で出す料理に俺の異能を混ぜた魔力を仕込ませた。そのせいで、未だ半数近くの住人は眠っていることだろうよ」
だから、私は夕方まで眠っていたのかと一人納得する。
裏を返せば、魔族である私だから、寧ろ今は起きていられるのだろう。単純な魔力耐性の問題だ。
「で、この街で起きていることだったな……単純に言えば、近くの避難区から魔族を連れてきて襲撃させた」
「やっぱり。でも、どうして?」
その行為に意味があるとは思えない。明らかな戦力差があるから。
「ん……あぁ、そういうことか。お前があいつと出会ったのは乗合馬車だって言っていたな」
「どういうこと?あいつって…」
「バラム・ヴィンクル。その名に覚えは?」
覚えも何も、先日少しの期間だが共に旅をした仲で…
「…これでも、分からないか?」
ヴェルトが、右手で私の頬に触れた。途端に走り出す頭痛。
これは…記憶が、歪められていた認知が戻るときに起きる現象。
その、戻ってくる中に、彼の顔と特徴的な喋りがあった。
「……魔王軍元幹部、バラム・ヴィンクル」
「もっと言えば、魔王軍最古参で魔王様の右腕、だな」
「嘘…」
バラムがこの街にいるとなれば、話は別だ。駐屯している騎士など、彼の前では無意味に等しいのだから。
彼の協力をあらかじめ取り付けていた?というか、そうだから私も、セイルも気付けないように認識阻害をバラムにかけていたのだろう。
「あいつは言っていたよ。面白いやつを見つけたってなぁ。だから今頃、そいつと殴り合ってんじゃねえか?」
「面白いやつ…」
バラムの目は特殊なもので、なんでも『可能性』を見ることが出来るらしい。
…嫌な予感がする。
「さて、お互いに質問に答えたわけだが……まだ何かあるか?」
「…一番大事なのが抜けてるでしょ。今回の騒動を起こした、動機は?」
私の言葉に、ヴェルトがピクリと眉を顰める。そして…少し俯いた後、彼らしくない、激情を露わにした表情で答えた。
「騒動だと?お前はまだそんな風に考えているのか?」
「え…?」
「これは戦争だ。平和はもう終わってんだよ。ルナ」
告げられた彼の強い意志に、私は耳を疑った。




