【歴史】神代文字
【問い】 神代文字と偽書
日本史でよくわからないのが、神代文字と偽書についてです。
神代文字で書かれているもののほとんどが偽書といわれています。
神代文字の種類のまとめと
偽書と判明している文書の一覧を作ってください
【回答】 Geminiさん
神代文字(じんだいもじ)と偽書(ぎしょ)の関係は、日本史や国学において非常に興味深いテーマですね。
結論から申し上げますと、現在の歴史学・言語学の定説では、**「神代文字は江戸時代以降に考案されたものであり、それを用いた古文書はすべて当時の創作(偽書)」**とされています。
しかし、それらがなぜ作られ、何を伝えようとしたのかという「文化史」としての価値は今なお研究対象となっています。整理して解説します。
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1. 神代文字の主な種類
神代文字は、漢字が伝来する以前に日本で使われていたとされる文字の総称です。数百種類あると言われていますが、代表的なものは以下の通りです。
文字名 特徴 備考
阿比留文字 対馬の阿比留家に伝わったとされる。 ハングル(朝鮮文字)に形
(あひるもじ) が酷似している。
阿比留草文字 阿比留文字を崩したような草書体。 多くの古史古伝(偽書とさ
(あひるくさもじ) れる文書)で使用される。
出雲文字 出雲大社に伝わるとされる。 幾何学的な図形のような形
(いずももじ) をしている。
対馬文字 阿比留文字の一種とされる。 縦棒や点で構成される。
(つしまもじ)
ヲシテ文字 『ホツマツタヱ』などに使用される。 五十音図に基づいた合理的
な構造を持つ。
【なぜ偽物とされるのか?】
最大の理由は、これらの文字が**「五十音(アイウエオ)」の体系に基づいてい
るから**です。奈良時代以前の日本語には「上代特殊仮名遣」と呼ばれる88音の
区別がありましたが、神代文字にはその区別がなく、平安時代以降の音韻体系で
作られています。
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2. 明確に「偽書(古史古伝)」と判明している文書
これらは「古史古伝(こしこでん)」と呼ばれ、記紀(古事記・日本書紀)とは異なる歴史を記していますが、学術的には江戸時代〜昭和初期の創作と断定されています。
① 竹内文書(たけのうちもんじょ)
・ 特徴: 宇宙の始まりから超古代の日本が世界を統治していた様子を描く。
・ 内容: モーゼやキリストが日本に来た、空飛ぶ船(天浮船)があったなど、極め
て奇抜な内容。
・ 判定理由: 記述内容が近代の概念に基づいていること、原本とされるものが現代
の紙に書かれていることなど。
② 上記(うえつふみ)
・ 特徴: 豊後(大分県)で発見されたとされる。
・ 内容: ウガヤフキアエズ王朝(神武天皇以前の王朝)が72代続いたと記す。
・ 判定理由: 阿比留草文字で書かれているが、言語体系が江戸時代の国学の影響を
強く受けている。
③ ホツマツタヱ
・ 特徴: 「ヲシテ文字」を用い、五七調の韻文で書かれた壮大な叙事詩。
・ 内容: 日本の成り立ちや道徳を説く。
・ 判定理由: 文学的な価値は高いものの、用例や語彙が中世以降のものであり、古
代の言葉遣いと矛盾する。
④ 東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)
・ 特徴: 青森県で発見されたとされる。
・ 内容: 東北地方に独自の古代王国があったと記す。
・ 判定理由: 1990年代に激しい論争(つがる偽書事件)が起き、戦後の創作である
ことが裁判や筆跡鑑定等で明確に示された。
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3. 補足:グレーゾーンな文書
完全に偽書と言い切れない、あるいは学術的に議論があるものもあります。
・ 『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』: 平安時代初期に編纂されたものです
が、聖徳太子の作と偽ったため「偽書」扱いされました。しかし、内容は古事
記・日本書紀にない古い伝承を含んでいるため、貴重な史料として扱われます。
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神代文字や偽書が作られた背景には、「日本には漢字が来る前から素晴らしい文明があったのだ」と証明したいという当時の人々の愛国心や自尊心が隠れています。
特定の古文書について、より詳しく「なぜ偽物だとわかったのか」などの背景を知りたいものはありますか?
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【問い】 鎌倉時代の卜部兼方という人が存在を主張したと聞きました。
これ以前に存在していたということでは
【回答】 Geminiさん
鋭いご指摘ですね。確かに、鎌倉時代の神職・学者である**卜部兼方(うらべのかねかた)**が著した『釈日本紀(しゃくにほんぎ)』には、「日本にもかつて文字があった」という旨の記述があります。
これにより、「江戸時代に作られた」という説と「鎌倉時代には既に概念があった」という話が混ざって語られることが多いのですが、歴史学的には**「文字の存在を主張する『言説』は鎌倉時代からあったが、具体的な『文字の形(書体)』が出てくるのは主に江戸時代からである」**と区別して考えられています。
このあたりの経緯を整理します。
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1. 卜部兼方が主張した内容(鎌倉時代)
卜部兼方は、日本最古の歴史書『日本書紀』の注釈書である**『釈日本紀』**の中で、父・兼延の説として以下のように述べています。
・ 「肥後国や薩摩国の風土記に、独自の文字(書字)があったという記録がある」
・ 「漢字が伝わる前にも、日本には固有の文字があったはずだ」
これが、記録に残る最古の「神代文字存在説」と言われています。つまり、**「昔の日本に文字がないなんて、文化国家としておかしい」**という、当時の神道家たちのプライドや神道理論から生まれた主張でした。
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2. なぜ「鎌倉時代以前」の存在が否定されるのか
兼方が主張したからといって、なぜそれが「古代からあった」証拠にならないのか。そこにはいくつかの大きな矛盾があります。
① 「文字の形」が提示されていない
兼方は「文字があった」とは書きましたが、具体的にどんな形の文字だったのかという見本を一つも提示していません。現在、神社などに伝わっている阿比留文字やヲシテ文字などの「具体的な造形」が登場するのは、ほとんどが室町時代末期から江戸時代にかけてです。
② 根拠とした「風土記」が存在しない
兼方が引いた「肥後国や薩摩国の風土記の記述」は、現在残っている風土記(写本含む)の中にはどこにも見当たりません。そのため、兼方が自分の理論を補強するために、伝説や未確認の情報を引用した可能性が高いと考えられています。
③ 「47音・50音」の壁
兼方は「文字は47文字(ひふみ順など)であった」としていますが、これが最大の弱点です。
・ 古代(奈良時代以前): 日本語は「88音」の区別がありました。
・ 鎌倉時代: 音の変化により「47音」になっていました。
もし本当に古代から文字があったなら、88音に対応していなければなりませんが、兼方の言う文字体系は**「彼が生きていた鎌倉時代の発音」**に基づいています。
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3. 「神代文字」がたどった歴史のタイムライン
時代 状況
奈良〜平安 万葉仮名などが使われ、神代文字についての言及は一切なし。
鎌倉時代 卜部兼方が「文字はあったはずだ」という理論を提唱。(中世神道の形
成)
室町時代 一部の神社などで、ハングルや篆書(てんしょ)を模した「実物の文
字」が現れ始める。
江戸時代 国学の発展とともに、平田篤胤らが各地の文字を収集・体系化。「神代
文字ブーム」が起きる。
明治以降 近代言語学により、音韻体系の矛盾(88音vs50音)から、古代のもの
ではないことが確定。
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まとめ「神代文字」という**アイディア(概念)**の出発点は、確かにあなたがおっしゃる通り、鎌倉時代の卜部兼方まで遡ることができます。
しかし、現在私たちが目にする阿比留文字などの具体的な文字の形は、その「文字があったはずだ」という鎌倉時代の理論をベースに、後世(主に江戸時代)の人々が「それなら、こういう形だったに違いない」と想像して作り上げた、あるいは既存の文字(ハングル等)を流用したものというのが、現在の歴史学的な答えになります。
中世の神道家たちが、中国(漢字・仏教)に対して「日本独自のルーツ」を必死に探そうとした熱意の産物とも言えますね。
この卜部兼方が関わった「中世神道」や、彼が注釈をつけた『日本書紀』の謎など、さらに深掘りしたい部分はありますか?




