異16系統 サッパビア温泉〜タルリナ樹海〜サラスティア湖〜ヴェルダートの丘
2023年3月29日にカクヨムで公開したものです。
『次はイーハス峡。川の侵食によって生まれた奇岩絶壁を間近で見られる人気の舟下り。イーハス清流ライン乗り場はこちらでお降り下さい』
ガタガタと車体を揺らしながら、バスは曲がりくねった崖道を進んでいく。
対向車(馬車)に注意して速度を落としつつカーブを抜けると、崖で隠れた先にある停留所にお客さんが一人待っていた。
私はブレーキを踏んでゆっくりと路肩に寄せる。
「ヴェルダートの丘行きです」
車外放送スピーカーでアナウンスしつつ、前扉を開ける。
乗り込んできたのはポンチョのような緑色の服に身を包んだ小柄な人。恐らく女性だとは思うが、フードを目深に被っていて顔はよく見えない。
「…………」
ポンチョのお客さんは無言で220ゴールドを硬貨投入口へ。
『ピンポーン』
コインが機械を通過し、精算完了の電子音が鳴る。
「お席にお座り下さい」
佇んだままの女性に、席に着くよう促す。
しかし彼女はなかなか移動しようとしなかった。
どうしたんだろう?
疑問に思ってフードの下の顔を覗き込んでみると、何やら口をモゴモゴと動かしていた。
だが、私の耳には何も聞こえてこない。
「お客様、お声が小さくて少々聞き取りにくいのですが……」
あまりにも聞き取れないので、もう少し大きな声で話してほしいと告げる。
すると女性はもう一度口を開いた。
苦しそうに口をパクパクとさせて、頑張って声を絞り出そうとしている。
けれど、結局彼女の言葉を聞き取ることは出来なかった。
「なんか、申し訳ございません……」
「…………」
諦めてしまったのか、俯きながら席の方へと歩き始める女性。
何を伝えたかったんだろう? どうにかしてあのお客さんとコミュニケーションを取る方法無いかな?
考えて、そこで私はあるものの存在を思い出した。
「お客様。文字は書けますか?」
呼び止めると、ポンチョの女性がこちらを振り向いた。
無言のまま、こくりと頷く。
「筆談具ありますよ」
私はそう言って微笑みかけ、それから彼女に紙とペンを渡した。
これは耳の不自由なお客様のために用意してあった筆談具だ。
とはいえ、必要があればどんな用途に使用しても特に問題は無い。
女性はペンでスラスラと文字を書いて、紙をこちらに向けた。
【フォライディアの聖域に行きたいの。どこで降りたらいい?】
ああ、それが聞きたかったのね。
「でしたら、聖域入口で降りてください。近付いてきたらまたご案内しますね」
『次はトラヴィトン渓谷。王都東門、王城前方面はお乗り換えです』
それからポンチョの女性は、聖域入口でバスを降りるとフォライディアの聖域の方へと歩き去っていった。




