夏目漱石「それから」本文と評論16-8「僕の毀損された名誉が、回復出来る様な手段が、世の中にあり得ると、君は思つてゐるのか」
◇本文
平岡の話は先刻から深い感動を代助に与へてゐたが、突然此思はざる問に来た時、代助はぐつと詰まつた。平岡の問は実に意表に、無邪気に、代助の胸に応へた。彼は何時になく少し赤面して俯向いた。然し再び顔を上げた時は、平生の通り静かな悪びれない態度を回復してゐた。
「三千代さんの君に詫る事と、僕の君に話したい事とは、恐らく大いなる関係があるだらう。或は同じ事かも知れない。僕は何うしても、それを君に話さなければならない。話す義務があると思ふから話すんだから、今日迄の友誼に免じて、快く僕に僕の義務を果たさして呉れ給へ」
「何だい。改まつて」と平岡は始めて眉を正した。
「いや前置をすると言訳らしくなつて不可いから、僕も成る可くなら卒直に云つて仕舞ひたいのだが、少し重大な事件だし、夫れに習慣に反した嫌ひもあるので、若し中途で君に激されて仕舞ふと、甚だ困るから、是非仕舞迄君に聞いて貰ひたいと思つて」
「まあ何だい。其話と云ふのは」
好奇心と共に平岡の顔が益真面目になつた。
「其代り、みんな話した後で、僕は何んな事を君から云はれても、矢張り大人しく仕舞迄聞く積だ」
平岡は何にも云はなかつた。たゞ眼鏡の奥から大きな眼を代助の上に据ゑた。外はぎら/\する日が照り付けて、椽側迄 射返したが、二人は殆んど暑さを度外に置いた。
代助は一段声を潜めた。さうして、平岡夫婦が東京へ来てから以来、自分と三千代との関係が何んな変化を受けて、今日に至つたかを、詳しく語り出した。平岡は堅く唇を結んで代助の一語一句に耳を傾けた。代助は凡てを語るに約一時間余を費やした。其間に平岡から四遍程極めて単簡な質問を受けた。
「ざつと斯う云ふ経過だ」と説明の結末を付けた時、平岡はたゞ唸る様に深い溜息を以て代助に答へた。代助は非常に酷かつた。
「君の立場から見れば、僕は君を裏切りした様に当る。怪しからん友達だと思ふだらう。左様思れても一言もない。済まない事になつた」
「すると君は自分のした事を悪いと思つてるんだね」
「無論」
「悪いと思ひながら今日迄歩を進めて来たんだね」と平岡は重ねて聞いた。語気は前よりも稍切迫してゐた。
「左様だ。だから、此事に対して、君の僕等に与へやうとする制裁は潔よく受ける覚悟だ。今のはたゞ事実を其儘に話した丈で、君の処分の材料にする考だ」
平岡は答へなかつた。しばらくしてから、代助の前へ顔を寄せて云つた。
「僕の毀損された名誉が、回復出来る様な手段が、世の中にあり得ると、君は思つてゐるのか」
今度は代助の方が答へなかつた。
「法律や社会の制裁は僕には何にもならない」と平岡は又云つた。
「すると君は当事者丈のうちで、名誉を回復する手段があるかと聞くんだね」
「左様さ」
「三千代さんの心機を一転して、君を元よりも倍以上に愛させる様にして、其上僕を蛇蝎の様に悪ませさへすれば幾分か償にはなる」
「夫れが君の手際で出来るかい」
「出来ない」と代助は云ひ切つた。
「すると君は悪いと思つた事を今日迄発展さして置いて、猶其悪いと思ふ方針によつて、極端押して行かうとするのぢやないか」
「矛盾かも知れない。然し夫れは世間の掟と定めてある夫婦関係と、自然の事実として成り上がつた夫婦関係とが一致しなかつたと云ふ矛盾なのだから仕方がない。僕は世間の掟として、三千代さんの夫たる君に詫る。然し僕の行為其物に対しては矛盾も何も犯してゐない積だ」 (青空文庫より)
◇評論
「此思はざる問」とは、前話の、「君の用事と三千代の云ふ事と何か関係があるのかい」という平岡の率直な言葉。何も知らない平岡の問は「実に意表に、無邪気に、代助の胸に応へた」。その突然さ、無邪気さに自らを恥じ、代助は「何時になく少し赤面して俯向」く。「然し」いつまでもそうしてはいられない、代助は「再び顔を上げ」、「平生の通り静かな悪びれない態度を回復し」、平岡への説明を始める。
「三千代さんの君に詫る事と、僕の君に話したい事とは、恐らく大いなる関係があるだらう。或は同じ事かも知れない。僕は何うしても、それを君に話さなければならない。話す義務があると思ふから話すんだから、今日迄の友誼に免じて、快く僕に僕の義務を果たさして呉れ給へ」。
まず、この言葉の感想を述べると、長くてしかも気取ったものの言い方をしている。自分の不義の告白は、言いずらいことではあるが、だからこそ率直に端的に述べる「義務」があるのではないか。平岡は、冗長と感じただろう。
「恐らく大いなる関係があるだらう。或は同じ事かも知れない」もまだるっこしいし、ごまかしが感じられる。
た、「義務」も気になる。ここは「必要」ではないか。(その意味で使っているのだろうが)
つまり、代助はとても不真面目だ。
「友誼」…友達としての親しいつきあい。(三省堂「新明解国語辞典」)
「いや前置をすると言訳らしくなつて不可いから、僕も成る可くなら卒直に云つて仕舞ひたいのだが、少し重大な事件だし、夫れに習慣に反した嫌ひもあるので、若し中途で君に激されて仕舞ふと、甚だ困るから、是非仕舞迄君に聞いて貰ひたいと思つて」
これも「前置」が長いと感じられる。本題に素直に入るべきだ。代助の気取った嫌味な部分が出ている。まさに「言訳」がましい。
また、「習慣に反した嫌ひもある」も言い訳がましい。何とか自分の咎を過小評価させようという魂胆が垣間見られる。
さらに、「若し中途で君に激されて仕舞ふと、甚だ困るから、是非仕舞迄君に聞いて貰ひたいと思つて」と、相手への依頼を先に言うのも、自分が悪いと思っている立場の人間の言葉ではない。ここで代助は、平身低頭平岡に謝罪しなければならない。代助の言葉にどう反応するかは、平岡次第だし平岡の自由だ。
「其代り、みんな話した後で、僕は何んな事を君から云はれても、矢張り大人しく仕舞迄聞く積だ」も、代助にそのようなことをいう権利はないし、言わなくてもそうすべきだ。代助はそのような自分の態度をあたかも誇るような言い方をする。そこがズレている。偉そうな代助。
「代助は一段声を潜めた。さうして、平岡夫婦が東京へ来てから以来、自分と三千代との関係が何んな変化を受けて、今日に至つたかを、詳しく語り出した」。
ここで語られるべき内容は、この物語における核心に当たるため、読者としてはもっと詳しく聞きたかったところだ。あまりにも簡略にぼかしてまとめ過ぎている。
ではなぜ語り手と漱石のレベルでこのようにしたのかということだが、詳細な説明は読者の想像を妨げ、また紙幅を費やしすぎることを嫌ったのだろう。
以前にも触れたが、そもそも代助が三千代のどのような様子に恋をしたのかの理由の説明がとても少ない。読者へ提供された情報量があまりにも少ないのだ。言い方を変えれば、「それほどまでに魅力的な三千代だったから、代助は好きになったんだね」と、代助に共感したいのだ。これができないから、代助と三千代のやむにやまれぬ恋に納得できない。それではこの物語は成立しない。漱石はここの手を抜くべきではなかった。
読者も、「代助の一語一句に耳を傾け」たいし、「平岡から」の「四遍程」の「極めて単簡な質問」も聞きたい。「ざつと斯う云ふ経過だ」とまとめられても分からない。「たゞ唸る様に深い溜息を」ついたのは、むしろ読者の方だ。
「君の立場から見れば、僕は君を裏切りした様に当る。怪しからん友達だと思ふだらう。左様思れても一言もない。済まない事になつた」。
これは冷静に、自分を客観視したような言葉だが、自己の罪をはっきりとは認めていないように聞こえる。他人事のようだ。
だから平岡も、「すると君は自分のした事を悪いと思つてるんだね」と念を押したのだ。
これに対する代助の、「無論」の一言は、やはり偉そうで、責任を本当に自認しているのかと思ってしまう。平岡が、「悪いと思ひながら今日迄歩を進めて来たんだね」と重ねて「切迫して」聞くのももっともだ。代助には、ここにあるはずの懺悔の気持ちがうかがわれない。
「左様だ。だから、此事に対して、君の僕等に与へやうとする制裁は潔よく受ける覚悟だ。今のはたゞ事実を其儘に話した丈で、君の処分の材料にする考だ」。
これも、何を偉そうにと思う。平岡が「僕等に与へやうとする制裁」は当然だし、代助の側から「潔よく受ける覚悟だ」と言うのはおこがましい。そんなことは言わんでもわかっている。当然そうしなければならないことだ。「今のはたゞ事実を其儘に話した丈で、君の処分の材料にする考だ」も、この事実をもとに仮説を立てて実験すると、こうなることが予想されるという、理科の実験かと思ってしまう。よく言えば冷静で客観的。悪く言えば、罪の意識が希薄で開き直っている。盗人猛々しいに近い。
だから「平岡は答へ」ず、「しばらく」考えた後に言う。
「僕の毀損された名誉が、回復出来る様な手段が、世の中にあり得ると、君は思つてゐるのか」。まさに平岡の指摘する通りであり、弁解の余地がない。「今度は代助の方が答へなかつた」。
「法律や社会の制裁は僕には何にもならない」と平岡はさらに詰める。そうすると、「当事者丈のうちで、名誉を回復する手段」が問題となり、その答えは、「三千代さんの心機を一転して、君を元よりも倍以上に愛させる様にして、其上僕を蛇蝎の様に悪ませさへすれば幾分か償にはなる」ということだ。
しかしそれは代助には「出来ない」。
平岡はさらに詰める。「すると君は悪いと思つた事を今日迄発展さして置いて、猶其悪いと思ふ方針によつて、極端押して行かうとするのぢやないか」。悪いことを自覚しているにもかかわらずそれを押し進めようとするのは、エゴだという指摘。これにも反論のしようがない。しようがないことなのに、代助は無理やり反論めいた言葉をつなぐ。
「矛盾かも知れない。然し夫れは世間の掟と定めてある夫婦関係と、自然の事実として成り上がつた夫婦関係とが一致しなかつたと云ふ矛盾なのだから仕方がない。僕は世間の掟として、三千代さんの夫たる君に詫る。然し僕の行為其物に対しては矛盾も何も犯してゐない積だ」。
悪事を自覚するにも関わらずそれをし続けるのは代助のエゴであり矛盾である。この指摘に対し代助は、次のように反論する。
1、それは、「世間の掟と」して「定めてある夫婦関係と、自然の事実として成り上がつた夫婦関係とが一致しなかつたと云ふ矛盾」であり、「仕方がない」ことだ。「僕は世間の掟として、三千代さんの夫たる君に詫る」。
2、然し僕の行為其物に対しては矛盾も何も犯してゐない積だ」。
つまり代助は、こう言いたいのだ。
・三千代と関係を結ぶことは悪いことだと自覚しながらそれを止めないのは矛盾だと平岡は考える。
・これに対し自分の考える矛盾はそれとは異なり、世の道徳に定められた夫婦関係と、真に愛し合った心の夫婦関係とがズレてしまったことを言う。
・自分と三千代の愛は自然であり、自分も三千代の気持ちにも矛盾はない。
このように代助は、「矛盾」の定義が違うことを論拠に、うまく論点をすり替えて、自分の考えを主張している。
ここは代助と平岡にとってとても大事な場面であり、語句の定義に話題が及ぶと、話がややこしくなる。そうしむけた代助の態度は不誠実だ。そうすると、ふたりの論理も気持ちもすれ違ったまま終わる可能性が高い。
なおここの「自然」は、代助と三千代が結ばれることは、「当然そうなるべき」であったという意味。ふたりは真に愛し合っている。であるならば、結ばれるのが当然だ、ということ。




