夏目漱石「それから」本文と評論16-4「運命の手紙を出した後、茫然自失する代助」
◇本文
一仕切経つと、発作は次第に収まつた。後は例の通り静かな、しとやかな、奥行のある、美しい女になつた。眉のあたりが殊に晴ばれしく見えた。其時代助は、
「僕が自分で平岡君に逢つて解決を付けても宜う御座んすか」と聞いた。
「そんな事が出来て」と三千代は驚ろいた様であつた。代助は、
「出来る積つもりです」と確解答へた。
「ぢや、何うでも」と三千代が云つた。
「さうしませう。二人が平岡君を欺いて事をするのは可くない様だ。無論事実を能く納得出来る様に話す丈です。さうして、僕の悪い所はちやんと詫る覚悟です。其結果は僕の思ふ様に行かないかも知れない。けれども何う間違つたつて、そんな無暗な事は起らない様にする積りです。斯う中途半端にしてゐては、御互も苦痛だし、平岡君に対しても悪い。たゞ僕が思ひ切つて左様さう)すると、あなたが、嘸ぞ平岡君に面目なからうと思つてね。其所が御気の毒なんだが、然し面目ないと云へば、僕だつて面目ないんだから。自分の所為に対しては、如何に面目なくつても、徳義上の責任を負ふのが当然だとすれば、外に何等の利益がないとしても、御互の間に有つた事丈は平岡君に話さなければならないでせう。其上今の場合では是からの所置を付ける大事の自白なんだから、猶更必要になると思ひます」
「能く解りましたわ。何うせ間違へば死ぬ積なんですから」
「死ぬなんて。――よし死ぬにしたつて、是から先 何の位間があるか――又そんな危険がある位なら、なんで平岡君に僕から話すもんですか」
三千代は又泣き出した。
「ぢや能く詫ります」
代助は日の傾くのを待つて三千代を帰した。然し此前の時の様に送つては行かなかつた。一時間程書斎の中で蝉の声を聞いて暮した。三千代に逢つて自分の未来を打ち明けてから、気分が薩張りした。平岡へ手紙を書いて、会見の都合を聞き合せ様として、筆を持つて見たが、急に責任の重いのが苦になつて、拝啓以後を書き続ける勇気が出なかつた。卒然、襯衣一枚になつて素足で庭へ飛び出した。三千代が帰る時は正体なく午睡をしてゐた門野が、
「まだ早いぢやありませんか。日が当つてゐますぜ」と云ひながら、坊主頭を両手で抑えて椽端にあらはれた。代助は返事もせずに、庭の隅へ潜り込んで竹の落葉を前の方へ掃き出した。門野も已を得ず着物を脱いで下りて来た。
狭い庭だけれども、土が乾いてゐるので、たつぷり濡らすには大分骨が折れた。代助は腕が痛いと云つて、好加減(いゝかげん)にして足を拭いて上がつた。烟草を吹いて、椽側に休んでゐると、門野が其姿を見て、
「先生心臓の鼓動が少々狂やしませんか」と下から調戯つた。
晩には門野を連れて、神楽坂の縁日へ出掛けて、秋草を二鉢三鉢買つて来て、露の下りる軒の外へ並べて置いた。夜は深く空は高かつた。星の色は濃く繁く光つた。
代助は其晩わざと雨戸を引かずに寐た。無用心と云ふ恐れが彼の頭には全く無かつた。彼は洋燈を消して、蚊帳の中に独り寐転びながら、暗い所から暗い空を透かして見た。頭の中には昼の事が鮮やかに輝いた。もう二三日のうちには最後の解決が出来ると思つて幾度か胸を躍らせた。が、そのうち大いなる空と、大いなる夢のうちに、吾知らず吸収された。
翌日の朝彼は思ひ切つて平岡へ手紙を出した。たゞ、内々で少し話したい事があるが、君の都合を知らせて貰ひたい。此方は何時でも差支ない。と書いた丈だが、彼はわざとそれを封書にした。状袋の糊を湿して、赤い切手をとんと張つた時には、愈クライシスに証券を与へた様な気がした。彼は門野に云ひ付けて、此運命の使ひを郵便 函に投げ込ました。手渡しにする時、少し手先が顫へたが、渡したあとでは却つて茫然として自失した。三年前三千代と平岡の間に立つて斡旋の労を取つた事を追想すると丸で夢の様であつた。 (青空文庫より)
◇評論
「一仕切経つと、発作は次第に収まつた」とは、前話の「三千代はヒステリの発作に襲はれた様に思ひ切つて泣いた」を承けた表現。
「静かな、しとやかな、奥行のある、美しい女になつた。眉のあたりが殊に晴ばれしく見えた」。
Copilotに生成してもらいました。参考まで。
画像
指示文「静かで、しとやかな、奥行のある、目元が晴れやかで美しい、明治時代の女の画像を描いて」
ひとしきり泣いて感情を爆発させた三千代は、落ち着きを取り戻す。「眉のあたりが殊に晴ばれしく見えた」からは、さまざまな困難がある上での代助への愛の満足がうかがわれる。好きな人がすぐそばにいる。それだけで彼女は幸せなのだ。
「「僕が自分で平岡君に逢つて解決を付けても宜う御座んすか」と聞いた」。この尋ね方が多少引っかかる。「僕は平岡君に逢つて解決を付けたいと考えている。それについてあなたの考えを聞きたい」、というのとは、少しニュアンスが異なっている。つまり、「宜う御座んすか」と三千代の意向をうかがうことは、相手を気遣っているようで、実は相手に方針をゆだねることになる。これでは「あなたが決めてください」ということだ。ここでは代助の主体性が欲しいし、三千代もそれを望むのではないか。
「「そんな事が出来て」と三千代は驚ろいた様であつた」。これまで後ろ向きの言葉しか代助からは発せられなかったため、急に積極的に問題を解決しようとする代助のセリフに、三千代は少し驚いたのだ。
これに対する、「代助は、「出来る積つもりです」と確解答へた」という語り手の表現は、まるで子供が何かを「しっかり」やる様子をあらわしたようだ。
代助は急に覚悟を示し始める。やや自分を飾っているように見える。
「さうしませう。二人が平岡君を欺いて事をするのは可くない様だ。無論事実を能く納得出来る様に話す丈です。さうして、僕の悪い所はちやんと詫る覚悟です。其結果は僕の思ふ様に行かないかも知れない。けれども何う間違つたつて、そんな無暗な事は起らない様にする積りです。斯う中途半端にしてゐては、御互も苦痛だし、平岡君に対しても悪い」。
「無論事実を能く納得出来る様に話す丈です」と言い切るが、そううまくいくかどうかは代助自身分からない。また、「さうして、僕の悪い所はちやんと詫る覚悟です」と言っても、平岡が許すかどうかは難しいところだ。「其結果は僕の思ふ様に行かない」だろう。すべては相手の平岡次第。自己の不正を顧みず、「平岡君に対しても悪い」というのはおこがましい言い方だ。ここには「申し訳ない」とか、「謝罪しなければならない」という表現が来るべきだ。そういう意味で言っているのだろうが、現代の語句の感覚で言うとそうなる。
「たゞ僕が思ひ切つて左様さう)すると、あなたが、嘸ぞ平岡君に面目なからうと思つてね。其所が御気の毒なんだが、然し面目ないと云へば、僕だつて面目ないんだから」。
「御気の毒」は「申し訳ない」と言うべきだ。さらに、三千代に対して気遣いをしていたかと思えばすぐに「然し面目ないと云へば、僕だつて面目ないんだから」と自分に話題が移るのは、結局自分がかわいいのだろうと思われるだろう。だからこの言葉は言わない方がいい。代助は実際、こう思っている。「あなたもかわいそうだが、自分もかわいそう」というのは、相手を気遣うふりをして、実は自分がかわいそうだと思っているのだ。情けない男。
「自分の所為に対しては、如何に面目なくつても、徳義上の責任を負ふのが当然だとすれば、外に何等の利益がないとしても、御互の間に有つた事丈は平岡君に話さなければならないでせう」。
「だとすれば」が気になる。彼は当然だと思っていないのか。また、【自分の不正が面目ない=徳義上の責任を負う】→【告白に何の利益もない=自分たちの関係を平岡に話す】のつながり・関係性がよくわからない。従ってここで代助は、何とか三千代を納得させようと言辞を弄じている。
これに対し三千代はここでも、「能く解りましたわ」と代助に合わせる答えをし、「何うせ間違へば死ぬ積なんですから」と自分の覚悟を示す。
「「能く解りましたわ。何うせ間違へば死ぬ積なんですから」
「死ぬなんて。――よし死ぬにしたつて、是から先 何の位間があるか――又そんな危険がある位なら、なんで平岡君に僕から話すもんですか」
三千代は又泣き出した」。
「よし死ぬにしたつて、是から先 何の位間があるか」には、代助の覚悟の無さが明確に現れている。彼に心中する気は1%も無い。
さらに、「そんな危険がある位なら、なんで平岡君に僕から話すもんですか」は、論理がねじれている。
三千代は代助との愛ある暮らしを望んでいる。
→そのためには平岡と別れなければならない。
→その事情説明を代助が行おうと申し出た。
→話し合いが不調に終われば自分は死んでもいい
この流れにあるのに代助は、
あなたに死なれるなら平岡に事情説明はしない、と答える。
まとめると、
三千代は代助との暮らしを望んでおり、その成就のためにはぜひとも平岡に事情を話さなければならない。話すことが必要だ。
となっているのに、
三千代に死なれる恐れがあるなら話さないというのでは、順序が逆になってしまっている。そもそも話さなければ、ふたりの暮らしにはたどり着けないのだから。話すことが前提だ。前提を否定したら、物事は先に進まなくなってしまう。
従って、最近の三千代との会話における代助の論理はところどころ矛盾しており、彼はその場の感情で話しているとしか言えない。
だから「三千代は又泣き出した」のだ。三千代の論理の方が客観的、冷静、論理的だ。
代助はとにかく働きたくない一心なのだ。三千代の恋を獲得した喜びに浮かれる気持ちもありつつ、どうしてもこのことが頭を占有してしまう。
「代助は日の傾くのを待つて三千代を帰した。然し此前の時の様に送つては行かなかつた」。彼自身、自分の気持ちの整理がつかず、今後の方針が決まっていないからだ。
従って、それらを考えるために「一時間程書斎の中で蝉の声を聞いて暮した」。確かに、「三千代に逢つて自分の未来を打ち明けてから、気分が薩張りした」。しかし「平岡へ手紙を書いて、会見の都合を聞き合せ様として、筆を持つて見たが、急に責任の重いのが苦になつて、拝啓以後を書き続ける勇気が出なかつた」。ここにも恐れる男・代助が姿を現す。彼は、「責任の重」さを感じ、「勇気が出な」い。
そうして何をするかといえば、「卒然、襯衣一枚になつて素足で庭へ飛び出し」、「庭の隅へ潜り込んで竹の落葉を前の方へ掃き出した」。彼は黙って座っていられないのだ。いろいろ考えると、暗い未来に心臓がドキドキしてくる。門野に「先生心臓の鼓動が少々狂やしませんか」と「調戯」われる。
さらに代助は、意味もなく動く。「晩には門野を連れて、神楽坂の縁日へ出掛けて、秋草を二鉢三鉢買つて来て、露の下りる軒の外へ並べて置いた」。「夜は深く空は高」い。「星の色は濃く繁く光つた」。「洋燈を消して、蚊帳の中に独り寐転びながら、暗い所から暗い空を透かして見た。頭の中には昼の事が鮮やかに輝いた」。そうして彼は考える。「もう二三日のうちには最後の解決が出来る」という思いが、「幾度か胸を躍らせた」。「そのうち大いなる空と、大いなる夢のうちに、吾知らず吸収され」、代助は寝入る。
「翌日の朝彼は」いよいよ「思ひ切つて平岡へ手紙を出した」。そうして、「愈クライシスに証券を与へた様な気がした」。それを門野に「手渡しにする時、少し手先が顫へたが、渡したあとでは却つて茫然として自失した」。平岡への手紙は必ず「クライシス」をもたらすという予感。「証券を与へた」とは、「クライシス」を起こすかどうかが、平岡の手にゆだねられたということ。自らの手でその作業を進めていることを認識する代助。
「クライシス」…危機。恐慌。
「茫然」…意外な出来事に会い、なす術を失ってぼんやりしている様子だ。
「自失」…(意外な出来事に出会って)気が抜けたようになること。(三省堂「新明解国語辞典」)
いま、自分たちは「クライシス」へ進もうとしていることの自覚は、「三年前三千代と平岡の間に立つて斡旋の労を取つた事」を想起させる。あの時は甘い青春時代を過ごしていたはずだった。自分は「義侠心」(16-9)から三千代を平岡に譲り、何も考えずにそれを誇っていた。それらは「丸で夢の様であつた」ということ。
「夢」はやがてはかなく消えるものだ。
クライシスを明瞭に自覚した代助は、茫然自失する。頭が真っ白になり、その後どうするかの考えも消えた状態。自己の意志を喪失した彼はこの後なりゆき任せにならないか、読者は心配になるだろう。恐れる男の今後は、そのまま三千代の人生に関わってくる。




