彼らの結末
「ゔゔゔっ、ゔゔーーっ!!!!」
フランツが眺める魔法道具の中では、手のひらサイズの球体から音が聞こえていた。
「ゔゔゔっ、ゔゔゔ!」
断続的に聞こえてくる音は、まるでその球体に意志があるかのようだ。
――まさに、異様な空間だった。
「泣くほど苦しいか、マリア=リバース。」
室内は、フランツとその球体だけがポツンとあるだけで、他に人はいない。
「ああ、もはやリバース男爵家は取り潰されてなくなったので、ただのマリア、なのだったな。」
まるで、球体に語りかけているようでいて、フランツの表情はかたい。
「お前が私の愛するナラノを傷つけて苦しめ、殺そうとしたことに比べれば、今の私がしていることなど、ぬるい罰なのだろうな。
前世のことも、ナラノから聞いたぞ? お前はどこまでいってもお前なのだな。
前世の私もお前同様ナラノを傷つけてしまった愚か者だったが、私は今世では何がなんでもナラノを傷つけるわけにはいかないのだ。
その元凶であるお前には、ナラノが味わった苦しさを、その身をもって償ってもらわなければならない」
球体からは、フランツが話している間も、悲鳴にも似た音が聞こえ続けている。
「その中にいるのは、さぞ辛いだろう? 殺してほしいほど苦しいのに決して死ぬことは許されず、人間が味わう苦しみや痛みの中で、最大限感じることができる、私が開発した中で最高の魔法道具なのだ。
私はな、ナラノを蝕んだ元凶を見つけたら、その者には必ず報いを受けさせねば気がすまないと思っていてな。
殺す、なんて簡単なものではだめだ。ナラノが受けた苦しみを何倍にもして味わわせたいし、その者には自分のやったことがいかに悪いことだったのか、悔い改めて反省してほしい、と思ったのだ。」
「ゔゔゔ〜っ! ゔゔっ!」
「お前の自慢の身体はもう原型を留めていない。もはや、魔法道具に成り果てたお前は、人間ですらないのだ。
お前のしてきたことを、考えれば私としては当然だと思うのだが……私の愛したナラノは優しいので、悪逆非道を尽くしたお前にも慈悲を与えるべきだと言うだろうな。
だから、お前にも慈悲を与えることにした。
お前が本当の意味で自分のしてきたことを省みて、心の底から反省したのならば、その苦しみから解放されるだろう。」
フランツは球体を持つと、冷めた目で「はぁ」とため息を吐いた。
「……その様子では、まだまだ反省する気はないようだが、それでは苦しみが続くだけだぞ?
この慈悲は、知らされて、表面上だけ反省しても無駄なのだ。
仮にもあの神と名のる者から今回限りで使用するようにと渡された物も使用したのでな、判定は不正などはもちろんなく厳密に行われているのだ。
お前がその苦しみから解放されたいのならば、心の底から反省して悔い改めることを勧める。」
そう言いながら、フランツは球体を小さな箱の中に入れた。
「……だが、今のお前に私の声は届いていないだろうがな」
そのまま、いまだに反省すらしていない様子の球体を入れた箱を閉じた。
「ナラノにはお前のことは知らせていない。だから、さんざん苦しめたナラノにまた都合良く助け出してもらえるなどと、おこがましい希望は抱かないことだ。」
そう言って、フランツは箱がポツンと置かれた寂しい部屋を鍵を閉めて出て行った。
この部屋は、フランツ以外の誰も存在を知らない場所だ。誰かが誤って来る、なんてことも絶対にありえない。
マリアやリバース男爵家がした罪はナラノに知らせていないだけで他にもたくさん出てきている。
その中には、地位が低く大事にはされていないが、命を奪われた者もいた。
その者達の無念を思えば、せめてリバース男爵家の者達にはそれぞれに反省して悔い改めてほしいものである。
フランツが意図的にマリアに伝えなかったことがある。
それは、優しいナラノを思ってフランツが施してある慈悲は反省したら解放されること、だけではなく、マリアが本来の寿命まできたら魔法道具の球体からは解放になる、ということだ。
ただし、寿命まで反省できずに解放されたマリアの魂は、そのあと無条件でそのまま輪廻転生ができるわけではない。
今回の魔法道具には、神ジェラルドから使用するようにといわれた裁きも加わっているだ。
その裁きにクリア出来ずにたましいを解放されたから、といって輪廻転生がすぐにできるわけがないのだ。
寿命まで反省できずに解放されたマリアの魂は、再び神ジェラルドの何らかの裁きを受けて、輪廻転生か、又は、何らかの処罰が下されることになるらしい。
だが、マリアの魂のその後のことまではフランツには興味もないので、聞かなかったから把握してはいないが。
――――
メアリアはナラノの事件が無事に終わり、ほっとしたように微笑みを浮かべていた。
「メアリア様、嬉しそうですね?」
「えぇ、もちろんですわ! ナラノが無事で安心しましたもの」
ナラノの親友のメアリアは安心したようだ。
「…………ですが、それだけではないでしょう?」
「どういうことです?」
クレイグの纏う雰囲気が変わったので、メアリアはクレイグの様子をうかがった。
「メアリア様、あなたがナラノ様の無事を喜ばれているのは本心でしょう。けれど、……それだけではない。」
「ですから、何が言いたいのです?」
メアリアとクレイグの間の空気は張り詰めていた。
「わかっておられるでしょうに、私に言わせようとするとはあなたもお人が悪い」
「……」
「ナラノ様が三代公爵の1つであるロバーツ公爵家のフランツ様と上手くいかれて良かった、と思われているのでは?」
「当たり前ですわ! わたくしはナラノの親友なのですのよ。」
「ははは、親友ね!」
「な、なにがおかしいのです! わたくしとナラノは親友です。あなたとアロイスだって、そうですわよ。」
口数の多いクレイグに、メアリアは訝しそうな顔をした。
「そうですね。でも、そうじゃないでしょう、メアリア王女? あなたは、単に親友としてだけではなく、ペリクレス王国のためにも動いていたはずです」
「……ナラノを親友だと思っているのは本心ですわ」
「ペリクレス王国にとって、王族の血族である三代公爵の存在は大きい。国力の上でも、国防の上でも、三代公爵のどれが1つでも欠けてしまえば、ペリクレス王国にとっては大きすぎる痛手になりうる。」
「ええ、そうですわね」
「あなたには、次代のペリクレス王国の女王として、『三代公爵の安定を図るように』、という王命があったはずです。
つまり、現状のベネット公爵、ロバーツ公爵、マーティン公爵のように、ペリクレス王国に忠誠を誓い、王族を支える基盤を作る必要があった。
そのあなたの望みに、ナラノ=ベネットは欠かせない駒、いや親友でしたかな?」
「…………ですから、わたくしがナラノを好きなのは本当ですわ」
「ふふ。
1番うまく纏まるのが、ナラノ=ベネットがフランツ=ロバーツと婚姻を結ぶことでした。このやり方ならば、ナラノ=ベネットが1番幸せになり、アロイス=マーティンの賛同も得られる。そして、三代公爵の安定も図れる。
ですが、ナラノ=ベネットがフランツ=ロバーツ以外のアロイス=マーティンなどの他の人と結びつく方法では、表面上は婚姻が進んだとしても、三代公爵の関係に亀裂が生まれてしまうでしょう。
メアリア王女、あなたはそれを、何としてでも阻止したかったのでしょう?
望み通り、うまくことが運んで良かったですね。おめでとうございます。」
クレイグは、メアリアに皮肉げに祝いの言葉を述べた。
「…………クレイグ、あなた今日は饒舌なのね?」
メアリアはクレイグをじっとりと睨みつけた。
「おや? あなたはこの私の本性など把握済みでしょう? そして、あなたはそんな私のことが好きなのでは?」
「!! ……えぇ、そうね、あなたが私の前でだけ本性を出して、本当はそんな男だってことは随分前から知ってますわ!」
腹立たしげにメアリアは横に顔をそむけた。
(なぜわたくしはこんな本性を隠すのがうまい性悪な男にほれたのかしら)
「それでも、あなたは私を愛している。ならば、王族の権限を行使して、無理矢理私と婚姻を結ぶように王命を出しますか?」
クレイグはまるで冗談のように揶揄うようでいて、メアリアの様子を伺うように質問した。
「馬鹿にしないでちょうだい。わたくしはペリクレス王国の王族なの。恋愛と婚姻は別なのよ! わたくしは、そこまで落ちぶれちゃいませんわ!」
「そうですか? ですが、あなたが国王に頼めば可能ですよ? それとも、あなたがペリクレス王国の女王に即位してから、ご自分で王命を出すことも可能ですが?」
揶揄うようでいて、なおもメアリアの様子を厳しく見つめたクレイグが問いかけていた。
それは、まるでクレイグからメアリアが見極められているような鋭い視線だった。2人の空間には、緊迫した空気が張り詰めていた。
「しないわよ。」
「本当に? いいんですか、あなたならできますよ?」
惑わせるような、メアリアが望むようなことをクレイグはさらに囁く。
「ありえないわ。わたくしがあなたを選ぶことはありません。
なにより、わたくしはペリクレス王国の次期女王として責務を果たします。
わたくしはわたくし個人ではなく、国民のために、恋愛とは区別して婚姻の選択をしますわ!」
「ほぅ」
「わたくしは、これまでも、今も、ペリクレス王国の王族、王女だからと、国民の税金や支えのおかげで、優遇されて生きてきました。
それは、当たり前なことではなく、感謝すべきことなのです!
ですから、わたくしは、高貴な財産や権力、社会的地位を享受し、これからも保持していくために、『ノブレス・オブリージュ』を全うするのですわ!」
メアリアは、毅然とした態度で、次期ペリクレス王国の女王としての威厳を見せた顔つきでクレイグを見つめた。
「――――合格です、メアリア王女。我が忠誠は、メアリア王女のもとに。」
騎士として、クレイグはこうべを垂れた。
「ありがとう、クレイグ。けれど、あなた…………わたくしが権力を行使して、ペリクレス王国や国民よりもあなたを選んでいたら、わたくしを処分するつもりだったのでしょう?」
「ははは、ご冗談を」
「嘘はいいわ。わたくしだって、過去の歴史は知っているし、横暴な王族のせいで起きた過去の悲劇は知っているのよ。
そういった悲劇を防ぐために、王族の1番そばにいる護衛として幼い頃から、見守り、そして危険な存在だと思った時には切り捨てる存在はこれからも必要だと思うもの。」
メアリアは恋に溺れる女の子の瞳ではなく、真理を掴んだ次期女王の顔で、クレイグに尋ねているわけではなく、確信があることをただ呟くように言った。
「…………素晴らしいです、メアリア王女。その通りです。
我がハネス侯爵家は、代々王族の方々の護衛として付きながら、必要とあれば、その処分も任されてきた、ペリクレス王国の影の存在です。
今までにも、傲慢で、国わ国民を顧みない王族は我がハネス一族により、闇に葬られてきました。そして、王族がすべて腐り切った考えで使い物にならない時は、王族の血筋の三代公爵の選ばれた者を王として仰いできました。
おかげで、ペリクレス王国の歴史上には暗君は現れず、繁栄を築いてきたのです。
私はメアリア王女の担当で、もしメアリア王女が王族としてふさわしくない、と判断できた時は闇に葬り去るつもりでした。」
「そう」
「こんなことを知らされて、私を処分したいとお思いですか?」
「いいえ、思わないわ。」
クレイグの質問にメアリアは間髪入れることなく答えた。
「迷わないのですね。なぜです?」
「わたくしも、ハネス一族はこれからも必要だと思うからだわ!」
「ご自分やご子孫が危険に晒されますよ?」
不思議そうにクレイグは尋ねた。
「あら? それなら、それで良いのよ。」
「?」
「それは、その王族に器がなかったという、だけのことだもの。」
「あっさりしているのですね」
意外だと言うように、クレイグは呟いた。
「そりゃあね、わたくしだって怖いことをされるのは嫌よ? でも、何よりもわたくし自身が歯止めなく権力を振り翳して、国や国民に怖い思いや苦しい思いをさせる方がいやなのよ。
――――そんな王族が誕生するくらいなら、どうやって闇に葬られるのかは知らないし、知りたくもないけれど、…………ハネス一族のような歯止めをかけてくれる存在がいた方が良いと思うだけだわ!
少なくとも、わたくしが王族じゃなくて、ただの権力も何もない平民だったら、そんな横暴で独りだけ好き勝手する王族なんて『クソくらえ!』と思うでしょうからね!」
「ふふ、クソくらえ、ですか。それは、なんとも良い言葉ですね」
メアリアにしてはありえない汚い言葉に、思わずクレイグは苦笑し、2人の雰囲気は和らいだ。
「だから、クレイグ。あなたをわたくしの護衛から外すことはないし、これからもあなたがわたくしの『歯止め役』でいてちょうだいね?
そして、――――いざというときは遠慮なくわたくしのことも処分してちょうだいね。」
「はっ!」
決意を決めたメアリアの瞳はブレることなく未来を見据えていた。
その言葉を聞いて覚悟を悟ったクレイグは、恭しくメアリアに頭を下げた。
メアリアには言わなかったが、ハネス一族の闇の葬り去り方は多様だ。
歴史上では、死んだことになるが、暗君になりうる王族を暗殺や毒殺をせずに、秘密裏に何の権力も地位もない平民や他国の平民生かした例外もないこともないのだ。
だが、そのあとに結局反乱を起こそうとしたりした事例があるので、今では特例は認めらることはなく、基本的には『処分』と判断された王族は死ぬことになっている。
ハネス一族の者は、王族を闇を葬り去る処分をしたときは、その後に王族を殺して処分した担当のハネス一族の者も後を追って死を賜ることになっている。
つまり、『好き嫌いだけで判断するのではなく、自分の命をかけて、その担当の王族の処分を判断しろ!』、ということなのだ。
だから、今回もクレイグはハネス一族の者として、いざという時はメアリアを処分して殺した後に、クレイグ自身も死を賜る覚悟を持っていたのだ。
そして、それは今後もメアリアに処分を下した後は、クレイグ自身が死を賜る予定だ。
もし、メアリアに護衛を外されたり、処分をしないでくれと頼まれたとしても手は緩めない。
メアリアが王女であり、クレイグがハネス一族として生まれたからには、その責務を放棄する気はなかった。
これからも、クレイグは、そしてハネス一族は、ペリクレス王国の影として王族を支え、そして必要とあれば処分の決断を下し続ける、のだ。
――――
マリアが処罰されていなくなったあと、ナラノは図書係と魔法研究係の両方を兼任することになった。
ある意味ナラノにだけ過保護なフランツが反対するかと思ったが、ナラノが前世で図書係だったことや、魔法研究係ではフランツが担当教師としてフォローをしていくことで、可能だろう、という判断になった。
ペリクレス貴族学院や周りからも公認の婚約者として、ナラノとフランツは過ごした後に、お互いの家族や、メアリアやクレイグ、アロイスといった幼馴染達や多くの人からの祝福をあびた結婚式を執り行った。
ナラノは、フランツのロバーツ公爵家に歓迎されて嫁いだのだった。
――10年後の未来
「お父様、お母様〜!」
「ベアトリス、走ったら危ないよ。」
「お兄様と手を繋いで行こうね」
「はーい、バルトサールお兄様、エドヴァルドお兄様。」
可愛い子ども達の声がロバーツ公爵家に響き渡る。
明るい日差しが降り注ぎ、優しい風が通り過ぎる緑豊かな庭で、小さくて可愛らしい末っ子のベアトリスと、その兄のバルトサールとエドヴァルドが心配そうに手を繋いで歩いてくる。
美男美女の子ども達は、マリアの事件が落ち着いて、ナラノがペリクレス貴族学院を卒業して結婚して、フランツの間に生まれた3人の子ども達だ。
しっかり者の長男のバルトサールと、悪戯好きの次男のエドヴァルド、愛らしい笑顔が可愛い末っ子のベアトリスだ。
「ナリィ」
「なに、フランツィ?」
隣に座るフランツに抱きしめられたナラノは首を傾げながらフランツを見上げる。
「君といられる私は幸せ者だな」
「ふふふ、それは私も同じだよ。フランツィと、バルトサールとエドヴァルドとベアトリス、といられて、これ以上ないほど幸せだもん。」
「ああ、私もだ。君と、子ども達と、こうして過ごせている私は幸せ者だ。これからも、ずっと君と離れたくない。」
「うん、私も」
不安そうな声で痛いくらいぎゅうっと、抱きしめられて、ナラノは優しくフランツの背中を撫でた。
「あの神ジェラルドという者の元で思い出した前世の世界は、悪夢以外の何者でもなかった」
「そうだね」
「そうならないように、私はこれからもナリィを愛し、家族を、そして国を守るためにするよ。
ナリィ、これからも愛している。」
「フランツィ、私も愛してる。」
フランツはナラノを抱き寄せ、口づけを落とした。
「あ〜! またお父様とお母様が仲良ししてるぅ〜!」
「そうだな、お父様はお母様を愛しているんだ。もちろん、君達のことも愛しているがな。」
「父上が惚気てる」
「僕たちの方が母上のことは愛してますよ」
「もう、あなたたちったら。ほんとに、私は幸せ者ね。」
明るい日差しの中で、幸せそうに微笑み合う家族の姿がそこにはあった。
――――
ナラノとフランツは、マリアの事件の直前に、神ジェラルドの元に辿り着いていた。
ペリクレス貴族学院の裏にある花畑にあって、噂だっていわれているけど、願いが叶うっていう伝説のペリクレス貴族学院の秘密の花を見たくなって、フランツと探すことにしたのだ。
そこで、カシミール先生から借りたことがある古びた本、『ペリクレス物語』にあった物語の通りの道筋で歩くと、確かにそこに見たことがない輝く花が存在したのだ。
「うわぁあ! あ、あった! あったよ、フランツィ!」
「ふむ、……まさか本当に存在するとはな」
何かを考え込むフランツの横で、ナラノは輝く笑顔を浮かべて興味深そうに花を触ってみた。
花に触れる前に、思考の海から戻ってきたフランツが焦った声で、「待て、ナリィ! むやみに触れてはならない……っ!」と叫んでいたが、その時すでに遅し。
ナラノは花に触れてしまっていた。
気がついたら、ナラノはよくわからない空間にいたのだ。
「ここって、……前に来た場所、だよね?」
淡い黄色やピンク、青、赤、と言った具合に様々な色で大きさの何か大きくて丸いシャボン玉のような物が浮かんでいる幻想的な空間には、見覚えがある。
前に、神ジェラルドに会った時にも来たことがあるからだ。
「…………なんだ、ここは」
その声で、ナラノはフランツに抱きしめられていることに気がついた。
フランツはナラノが花に触れて、この場所に転移させられる瞬間に咄嗟にナラノを抱きしめていたのだ。
「え、フランツィも一緒に来ちゃったんだ。えっと、ほら、ここは前に話した神ジェラルドっていう人に会った時に来た場所でね」
(やばっ。触るな、って言われたのにフランツまでこんな場所に連れてきちゃったし、怒られそう〜っ!)
ナラノはフランツに注意を受ける前に、この場所の説明をして難を逃れようと、早口気味で説明をした。
「ああ、そうか。説明をありがとう、ナリィ。
――だが、得体の知れないものには触っては危険だろう?」
「うっ……つい、触っちゃったの。ごめんなさい。」
「いや、もう良い。君の迂闊なところを知っていて、止められなかった私も悪いのだ。」
そう言うと、眉間に皺を寄せながら、仕方がない、といった様子でフランツはこれからどうするか考えこんだ。
「やぁやぁ! 僕の家へようこそ〜っ! 正規ルートを通ってやってきたのは、ひっさしぶりだよ〜っ!」
場違いな呑気な声が空間に響いた。姿は見えず、声だけが響き渡る様はとても不気味だ。
(あ、でもこの声って……)
前に会って話したことがあるナラノは気がついた。
――神ジェラルドじゃない?
「誰だっ!」
ナラノがわかっても、フランツにとっては正体不明の声だ。ナラノを後ろに庇いながら、懐から攻撃系の魔法道具を取り出して、慎重に辺りを見渡した。
「うへぇ〜、ナラノ=ベネット以外にも余計なのがくっついて来てるじゃないか〜。僕が招いたのは、ナラノだけの予定だったんだけどなぁ。」
空間が歪むと、空中に重力など無視して浮かんでいる神ジェラルドがぷかぷかと浮かんでナラノとフランツを見つめていた。
「な……っ!」
咄嗟に、フランツがナラノを背に庇ったまま、神ジェラルドから距離を取った。
「うわぁ、僕ったら警戒されてるの〜? いや〜んっ、えっちぃっ!」
「…………何を訳のわからないことを言っているのだ」
気持ち悪い仕草でクネクネと体をよじらず神ジェラルドにフランツが冷静につっこんだ。
「わ、わわっ! フランツィ、本音でもそんな言い方はだめだよっ! 傷つけちゃうよ? それに、この人が前に話した、神ジェラルド様だよ?」
「うんうん、ナラノ、ひっさしぶり〜っ! そうだよ、僕こそが神ジェラルドだよ〜。どどーんっ! どうだー、すごいだろ〜!」
焦るナラノをよそに、意外と機嫌が良さげに神ジェラルドは空中でクルクルと回転していた。
「ほぉ、貴様が神ジェラルド様か。はじめまして、私はフランツ=ロバーツだ。その節は、ナラノが世話になったな。」
「うわぁ……何この男。なんでこんなに偉そうな態度なのさ〜。ナラノ、ほんとにこんな男がタイプなのぉ?」
「はい! フランツィが1番好きです!」
「貴様、ナリィに余計なことを……っ!」と神ジェラルドに叫ぶフランツの声よりも、ナラノは即答で答えた。
「ふぅ〜ん。まぁ、君が良いなら、問題はないんだけどねっ! これで、ナラノはゲームクリアをらしたんだし、何かプレゼントをあげなくっちゃだよね〜」
「ゲームクリア? 私、ゲームオーバーじゃないんですか?」
「んん? そうだよ〜! 途中、危うかったって報告は受けてるけど、見事フランツ=ロバーツと結ばれたでしょ?」
「え? あ、はい、そうですね」
顔を赤らめながら、ナラノは頷いた。照れるナラノを見て、フランツも愛おしげに頬を緩めた。
「うん、そっ! だから、君の勝ち! ……う〜ん、そうだな〜、景品景品〜。ゲームクリアのプレゼントだもんねぇ?」
明るい雰囲気で神ジェラルドは微笑みながら腕を組んで考えている様子だった。
「あ、そうだ! これがいい!」
ポン、っと手を打つと神ジェラルドは、両手に輝く光の球を2つ取り出した。
「ナラノ、君へのプレゼントは今世で一人きりじゃなくなるように、前世の記憶をフランツ=ロバーツに与えることに決めたよ。
そして、フランツ=ロバーツ。正規ルートを通ってやってきた君にもおまけでプレゼントをあげよう。」
「え、プレゼント?! いいんですか?」と純粋に嬉しそうにはしゃぐナラノの横で、フランツが疑り深く神ジェラルドの提案を思案しているようだった。
「…………君がずっと行き詰まってた魔法道具、それの手助けになるものを授けてあげるよ。一度だけ使えるように、使い方も書いといたから、君なら読めばわかるだろう。」
神ジェラルドは、フランツだけに聞こえるように耳元でこっそりと耳打ちをした。
それは、ナラノを蝕んだものを使ってきた元凶を懲らしめるためにフランツが欲していたものだった。
なぜ私が欲しがっているものがわかったのだ、と言いかけたフランツは以前にナラノが心の中も神ジェラルドには読めるみたい、と言っていた言葉を思い出し、押し黙った。
そして、その時、フランツの頭の中に前世の自分の膨大な記憶が入ってきた。
「っ!」
「大丈夫、フランツィ?」
「っ……問題ない。すべて思い出した。
――そうか、やはり前世の私も、君を愛していたのだな。」
フランツは突然入ってきた膨大な記憶を整理して、前世の自分もナラノだけを愛していたことを知ってほっと安心した。
「! ほんと? けど、……マリアと結婚してたじゃない」
ナラノが喜びも束の間に、口を尖らせて拗ねたように呟いた。
「いや、あれは私がマリアを愛していたわけではない。ただ脅されていただけだ。
ナリィが私を好きではないと思っていても、私はナリィを愛していた。ナラノを蝕むものを一時的に抑えるものだとしても、マリアと婚姻を結ばなければ渡さない、と言われれば従うしかなかったのだ。」
「で、でもっ! マリアと結婚式でエスコートしたり、誓いのキスをしたり、その晩のと、床入り、とかしてたんでしょっ?」
ナラノは、恥ずかしそうしながらも拗ねたようにフランツを睨んだ。
「すまない。だが、エスコートはしたが、誓いのキスはしてるように見せただけで実際にはしていないし、初夜の床入りも別々の部屋で寝たので行っていない。
私が愛しているのは、前世も今世も、ナリィだけだ。許してくれ、ナリィ。」
フランツは誤解されたくないという、真剣な顔でナラノに謝り、ナラノを愛していると伝えた。
「うん、わかった。フランツィが私を愛してくれて大切にしてくれてるのはわかったから、もう良いよ。」
ナラノがフランツを許して受け入れたことで、ナラノとフランツは前世でのわだかまりもなくなり、本当の意味で分かりあえて、2人揃って微笑みあった。
「どう? 僕のプレゼント、喜んでくれた〜?」
「あ、はいっ! とっても素敵なプレゼントをありがとうございました!」
「私からも感謝する」
「ははは、僕は神様だからねぇ。これくらい、なんってことないよ。
それじゃあ、君たちは幸せになりなよね〜。」
神ジェラルドはナラノとフランツに優しく微笑んだ。
その笑顔が今までのふざけた態度と違って、あまりにも慈愛に満ちた神々しさに溢れていたので、ナラノとフランツは目を疑った。
だが、2人が次に瞬きをした時、景色は変わっていた。
神ジェラルドのいる空間ではなく、ペリクレス貴族学院の裏の花畑に戻っていた。
あの輝く見たことがない花も、見渡したが、もうどこにも見当たらなかった。
ナラノとフランツがいなくなった空間に1人の男が立っていた。
「最後にナラノに会わなくて良かったのかい? お前は、ナラノに惹かれていたのだろう、………………カール君?」
「ジェラルド様もお人が悪い。ナラノ=ベネットが愛しているのは、フランツ=ロバーツですよ。」
「ハハッ、それもそうだね。お前の勝ち目はもとよりないねぇ!」
「…………」
ジェラルドのそばに控えるカールは不満そうな顔をしていたが、何も言わずに押し黙った。
「今回、僕が望んだものは得られなかった。だけど、あの子の愛したナラノ=ベネットは幸せにできたようだ。」
「そうですね。ジェラルド様にしてはナラノ=ベネットにかなり優遇を効かせていましたので、驚きましたがね。」
「それをお前が言うのか? お前の方が、あからさまにナラノ=ベネットを贔屓して助けていたじゃないか。まぁ、惹かれて腑抜けになっていたようだから、仕方がないか。」
「惹かれていたのは事実ですが、人間とも違う、神に造られたぼくのような存在は神に惹かれやすいのですよ。
特に僕を造ったあなたが惹かれているあのお方の気配の強いナラノ=ベネットのような存在は、僕には魅力が強すぎます。」
「ああ、まぁそうだろうねぇ。お前は僕の影響を受けやすいだろうからさっ。」
ナラノ達がいなくなった後、ピンク色のシャボン玉は以前よりもキラキラと輝いていた。
それは、その世界に住む人々が生き生きと生きている証だ。
ナラノとフランツ、そしてその子孫達も輝いて豊かになったピンクのシャボン玉の中で幸せに暮らしているだろう。
それを見て、ジェラルドは「うん、まぁいっか。これはこれで僕は満足さ〜っ!」と笑いながら伸びをした。
そして、そんなジェラルドを見つめるカールも、「そうですね」と、ほんのりと目元を緩めて微笑んでいた。
「ん〜〜っ! よぉ〜〜しっ! それじゃあ、あの子に近づくために、僕は僕で次のゲームをはじめよっか〜っ!!」
空中を元気に飛び上がると、ジェラルドは気合充分とばかりに次のゲームに胸を膨らませたのだった。
神ジェラルドのゲームはまだまだ当分続きそうだ。
だが、ひとまずこの物語のナラノとフランツは、ゲームをクリアして、ハッピーエンドを掴んだようだ。
おわり
更新が滞ってしまった時期もありましたが、読んでくださっている方のおかげで、なんとか完結まで書ききることができました。
ありがとうございます。
この作品を最後まで読んでくださった方は、よろしければ、ブックマークや、下↓の星(⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎)のところをクリックして(★★★★★)評価、感想、いいね!などを頂けると、とても嬉しいです。
もし良ければ次回作の物語、
『龍の寵姫 〜浮気現場を目撃したので離縁したいのですが、今さら好きだとかふざけないでください〜』でもお付き合いして下さると幸いです。




