春 諦められない気持ち 17
夏休みももう間近になった日。
ペリクレス貴族学院では、魔法で快適に室温や湿度が調節されているとはいえ、日差しがキツくなり、じんわりと汗をかくよう季節になった。
私は、学年代表であるメアリアに届出を出して、正式に図書係として、カシミール先生のいる図書室で係の仕事をするようになっていた。
親友のメアリアや、まぁ事故のような偶然だったとはいえ幼馴染のアロイスやクレイグに気持ちを話せたことで、私はフランツのことに気持ちの整理ができたのだ。
特に、自称神様からやり直しの機会をもらったなんて耳を疑うような話ですら、メアリア達がすんなりと受け入れてくれたことは予想外だったし、とても感謝しているのだ。
まぁ、とは言っても、フランツのことは、整理は出来たんだけど、いまだに好きな気持ちはある。
でも、もうそれは、私の中で割り切れて終わったことだ。
――フランツは、フランツだ。フランツの好きに生きてほしいと思う。
そして、私も今すぐにフランツ以外の人に好意を持てなくても、いずれは誰かと相思相愛になれたらいいな、と思えるようになった。
私が、前とは違う心境になれたのは、メアリア達のおかげだ。
やはり、自分1人だけで抱え込んでどうしようもない八方塞がりのときは、信頼できる幼馴染達の意見を聞けたのは心強かったのだ。
そんな風に、私が色んなことがあったなぁ、と思いながら作業をしていると、同じ図書係のカール=リベラが声をかけてきた。
「ナラノさ〜ん、僕も手伝いますよ〜」
「あ、いいの? あれ? もう、カール君は仕事が終わったんだね。 助かる〜」
「うん、まぁね。というか、ナラノさんの仕事を手伝いたくて、僕頑張っちゃった、というか、なんというか……」
ポッと、頬を染めるカール。
「え?」
「あ、いいの、いいの!独り言〜!……あ!それ、僕が持つよ!」
「わっ、いいの? ありがと〜、カール君」
「これくらい僕にだって……」と、ごにょごにょと言いながら、カールは私の運んでいた荷物を軽々と抱えて先を歩いた。
(カール君って、意外と力持ちだなぁ)
カール君は、前はマリアとペアで図書係をしていた。
そのときは、マリアが仕事をしないことや、相性も良くなかったみたいで、日替わりで図書係をするようにしていたらしい。
でもそのあと、マリアが図書係に来なくなってからも、カール君は自分の担当の係の日は真面目に図書係をやっていたらしい。
(うん、やり直しの前の世界では、アロイスと一緒に図書係をやっていたけど、カール君と一緒なら仕事はしっかりしてくれそうだし、安心だね)
カール君は、私とマリアが係を交代してから、図書係の先輩だからね、と言って私につきっきりで図書係の仕事を教えてくれている。
(やり直しの前の世界で、図書係をしていたから、私の方が本当はカール君より図書係では先輩なんだけどなぁ……)
と思いながらも、やっぱり幼馴染でもないカール君にそんな自称神様からやり直しの機会を与えられていることなんて言えるはずもないので、黙って教えを乞うことにしている。
「わぁ〜、カール君。君もとことん好きな女の子には尽くすタイプだよね〜」
私とカール君が協力して、図書係の仕事をしていると、後ろから呑気なカシミール先生が声をかけてきた。
「あ、カシミール先生、こんにちは」
「〜っ! か、カシミール先生! 余計なことは言わないでください〜!」
カール君がカシミール先生に顔を真っ赤にしながら突っかかっていた。
「いや〜、カール君。照れない照れない。恥ずかしいことじゃないよ?
これぞ、青春ってやつだよ〜」
「照れてません! うぅ、ナラノさんに余計な誤解をされてしまいそうですから、やめてください。」
(おや、私? 何を誤解するのだろう? はて、なんのことだろうか。)
「? カール君、私が何?」
「あ、あはは。こりゃたまらないね! カール君、残念だが、ナラノ君には、一欠片も君の気持ちは伝わってなさそうだよ〜?」
カシミール先生がカール君を揶揄うような、宥めるような口調で話した。
「くぅぅっ! 手ごわいっ!
か、カシミール先生っ! もう、僕をからかわないでください! 僕は諦めませんから」
「あは、あはははっ! うん、いいね! そのへこたれない根性は素晴らしいよ。僕も君のそういうところは好きだし、応援してるからね〜」
「…………笑っていればいいですよ。」
カール君の肩を慰めるようにポンポンと叩きながらも、おかしくてたまらないとお腹を抑えながら笑うカシミール先生。
その姿を、カール君は拗ねた瞳で睨みつけながら、目的の荷物を素早く本棚に戻していた。
なんだかんだ言いながら、仕事はできるようだ。
(うん、カール君は有能だよね。カシミール先生と話しながらでも、図書係としての仕事は滞りなくこなしているのは、ほんとにすごいと思う。
私だったら、ミスしてしまいそうだ。)
カシミール先生とカール君が話していることは、いまいち私にはわからなかったけど、私もカール君に負けてられない。
私だって、図書係だし、しかもやり直しの前の世界を含めたら、本当はカール君よりも先輩なのだ。
しっかりしないと!、だよね!!
「私だって、カール君に負けないように図書係のお仕事、頑張るぞ〜!」
私は拳を作りながら、気合いを入れた。
「ぷっ、はははっ! こりゃ、たまらない! ナラノ君、君は楽しいね〜。こりゃ、カール君のナラノ君への想いが伝わる日はまだまだだねぇ〜」
「な、ナラノさん……」
私は渾身の気合いを入れたつもりなのに、カシミール先生とカール君には、それぞれ予想と違う微妙な反応をされてしまった。
(うーん、なんでだろう?)
まぁ、でも、フランツのこと以外ではあまり悩まない私は、『まっいっか』、とそれ程深く考えることはしなかった。
「うん。じゃあ、2人とも、図書係としての作業もその辺にして、一緒にお茶でもどうだい?」
「わーい、やっとカシミール先生のお茶の時間なんですね!行きます、行きます。カシミール先生のお茶、楽しみです!」
(カシミール先生のお茶は美味しくて、やり直しの前の世界から大好きだ)
「おっ、ナラノ君の反応は僕としても嬉しいねぇ〜! 今日も美味しい、とっておきのお茶を淹れちゃうよっ?」
「はい、カシミール先生のお茶、大好きです! それに、図書係を頑張った後に飲む、カシミール先生のお茶は絶品です。」
「うんうん! 僕も僕のお茶は最高に美味しいって思うよ。
特に、ナラノ君が来てからは、余計な仕事も減ったし、図書係の活動が終わった後のお茶の時間が1番好きになったよね。」
「そんな、私なんてまだまだですけど、ありがとうございます。カシミール先生は本当にいつも優しいですね。魔法研究係では、役立たずだった私なんかにまでそんなことを言ってくれるなんて。」
「え、あ、いや……僕は、本気なんだけどね? お世辞じゃないよ?
……はは、ナラノ君は鈍感なところがあるからね〜。ま、そこも魅力ではあるけどね!
ま、……………僕もそんなナラノさんだから惹かれるとだけどね〜」
「え? 何か言いましたか?」
「いいや、なんでもない。」
カシミール先生はなんとなく微妙に困った顔をしたが、すぐに元に戻った。
(ん? なんだったんだろう? なんとなく、引っかかるような……?)
「そうですか?」
「あ、いいの、いいの。ナラノ君はそのままでいて。その方が魅力的だ。ささっ、お茶の準備をしよう!」
(そうなのだろうか? まぁ、そういうなら、いいのだろう。)
私は深く考えるのはやめた。
「……わかりました」
なんだかよくわからないが、カシミール先生がそういうなら、気にする必要はないのだろう。
「で、カール君も参加でいいよね?」
「はい、お願いします! 僕も、ナラノさんと一緒にいたいので!」
「ははっ、君はほんとまっすぐだよね〜」
「……はぁ。でも、全然本人には伝わってませんけどね。」
「よしよし。慰めてあげるから、さぁ、お茶を飲もうではないか!」
「カシミール先生に慰められても……」
なんだかわからないが、不満げな顔をしながらもカール君はカシミール先生のお茶会に参加するようだ。
―――――
――コンコン。
「カシミール先生、いいだろうか?」
3人で図書係後のお茶を楽しんでひと段落した頃に、フランツがやってきた。
(またフランツだ。また図書室まで足を運んできたんだ)
「あ、フランツ先生かな?どうぞ〜!」
カシミール先生が、フランツに部屋に入ってくるように返事をした。
私が魔法研究係を辞めて図書係になってから、どういう訳かフランツはカシミール先生のいる図書室によくやってくるようになった。
前までは、用事があれば魔法研究係か魔法道具で済ませていたのに、どんな心境の変化があったというのだろうか。
はたから見れば、それはフランツがナラノに会いにきていると一目瞭然だとカシミールは思うのだが、ナラノはなぜかフランツに嫌われていると思っているらしく、そうは思わないようだ。
「…………」
「…………」
(うわ、……ま、まずい。フランツと思いっきり目が合ってしまった。)
私は何も悪いことはしてないし、フランツのことももう割り切ったんだけど。
やっぱり、こうやってフランツに見つめられると、何を話していいのかわからないし、気まずいんだよね。
「――君は、またここでお茶をしているのか」
「え……?」
フランツは、私を見て思わずと言ったように呟いた。
(え、それってどういうこと? 魔法研究係で役立たずだった私が、図書係でもお茶を飲んでサボってるとでも、思ってるの……?)
「……図書係の仕事はどうだ?」
(やっぱり!フランツは、私が図書係でもミスをしてるんじゃないかって、聞いてきてるのかも)
「――順調です。魔法研究係では、たびたびフランツ先生にご心配をかけてしまって申し訳なかったのですが、図書係としてなんとかやっています。」
「そうか」
「はい。魔法研究係の時はフランツ先生の役に立たなくて、すみませんでした。
でも、もう図書係になって仕事も慣れましたし、フランツ先生とは関係ないので、定期的に気にかけてもらわなくて結構です。
……もうご迷惑をかけることもありませんので、ご安心ください」
私はフランツを安心させようとできる限り笑顔で微笑んだ。
「っ!」
なのに、なぜだろう? フランツは、衝撃を受けたような顔をしていた。
(……わざわざ、図書係まできて私が仕事のミスをしていないかを定期的にチェックしに来なくてもいいんだから、安心してほしい)
フランツは、私が図書係になってから、偵察のように定期的に図書室を訪れるようになった。
やり直しの前の世界でも、フランツが図書室に通っている姿なんて見たことがない。
(なんとなく、このままフランツといるのは気まずい。今日はこれで、帰ろうかな。)
「――カシミール先生、カール君、すみませんがこれで私は失礼します。お茶、ご馳走さまでした。
えぇっと、明日からは夏休みなので、次は夏休み後にまたお会いしましょうね」
「はーい、了解〜。ナラノ君、ご苦労様〜。」
「あっ、ナラノさん! 待ってください! 僕も! 僕も途中まで一緒に帰るよ!」
カール君はなぜか慌てて帰ると言って、私を追いかけてきた。
「うん、ありがとう。ベネット公爵家の迎えが来てると思うから、カール君、玄関までだけど一緒に帰ろっか。」
「うん。ナラノさんのことは僕に任せて! じゃ、じゃあ、先生達、失礼します。また、夏休みが明けたらよろしくお願いします。」
「はいは〜い。ナラノ君も、カール君も、良い夏休みをね〜」
「はい。では、フランツ先生、カシミール先生、失礼します。」
そう言って、私はフランツの顔を見ることなく、カール君ともに図書室を退室した。
そして、カール君に玄関まで送ってもらった後に、迎えに来てくれていたベネット公爵家の馬車で家に帰ったのだった。
カシミール先生は、自分の気持ちをナラノにも、他の誰かにも打ち明けるつもりはありません。
ナラノがカシミールを愛していたのなら話は別だったかもですが、カシミールとベネット公爵令嬢のナラノでは身分が違いすぎるため現実的じゃないですし、カシミールはナラノの迷惑になるような行動を今は自制しています。
結婚となると、恋愛だけでなく、国や家の利益も考えなくてはなりません。
なので、ナラノの場合はロバーツ公爵家のフランツや、マーティン公爵家のアロイス、ペリクレス王国の王族や他国の王族、(ベネット公爵家にかなりの旨味がある場合は格下の家も可能)が、ベネット公爵家として考えるナラノの結婚相手候補です。
ちなみに、アロイスはナラノとともに図書係に移動したかったですが、ナラノの前世の話を聞いたり、マリアの今までのナラノへの行動を聞いて、マリアがナラノに変なことをしないように同じ魔法研究係として残ることにした、という裏話があります。




