春 諦められない気持ち 11
気がついたら、習性のように勝手に足が動いて、ナラノはよく通っている図書室に来ていた。
「おやおや、ナラノ君ではないか。早速来てくれるとは、僕にもようやく春が来たってことかな?」
「……」
黙り込むナラノに、カシミール先生はナラノに向けて気さくに話しかけてきた。
でも、フランツとマリアのことで頭が混乱したままのナラノは、ぼーっとしたままで、カシミール先生の声が届いていなくて、返事を返さなかった。
「――ふむ……どうやらこれは、なかなか重症のようだね……」
考え込んだカシミール先生は独り言を呟いた。
「来たまえ、ナラノ君。君を僕のお茶会に招待しようではないか。」
「…………」
虚な瞳をしたナラノはふらふらとしており、やはり何も答えなかった。
でも、カシミール先生は、そんなことはどうでもいい様子で、ナラノの腰を強引に引き寄せて、エスコートするようにカシミール先生の部屋へとナラノを連れて行った。
その途中で、カシミール先生が女子生徒であるナラノの腰を引き寄せて連れて歩いている姿を見て、ギョッ!!と驚いていた少年がいた。
――教師と生徒というには近すぎる距離だ。
その少年は、「あ、あのっ、カシミール先生。僕も何か手伝えることがありますか?」と急いで声をかけた。
それは、マリアとペアで図書係をしている、カール=リベラだった。
「――いや、大丈夫だよ。ありがと、カール君。申し訳ないけど、この後カール君には図書室を任せてもいいかな?」
カールは、カシミール先生とナラノを見比べて、何かを察したように頷いた。
「……はい、お任せください。あの、それより、ナラノさんは大丈夫でしょうか?」
カールは、虚な瞳でカシミール先生にエスコートされたままのナラノへと視線を向けた。
カールのその瞳には、ナラノへの心配が見てとれた。
「あぁ、ナラノ君のことは僕に任せておいて――」
「……はい」
カシミール先生は、虚な瞳でぼんやりしたままのナラノを連れて図書室にあるカシミール先生の部屋へと連れて行った。
「――ナラノさん、大丈夫かな……?」
部屋へ入っていく2人をカールは心配そうな人で見送った。
――元々、ナラノが普段とは明らかに違う様子で、図書室の前に立っているのを最初に見つけたのは、カールだった。
普段のナラノなら、図書室の前で立ち止まっているなんてありえない。
カールも図書係になる前からよく図書室を利用していたが、楽しそうに本を読むナラノを見るのが好きで、陰からこっそりと眺めていたから知っているのだ。
(……ナラノさん、何かあったのかな? でも、僕は今までナラノさんを見つめていただけで話しかけたことがないから、いきなり話しかけたら変かもしれないし、驚かせちゃうかもしれない……
――あ、そうだ、カシミール先生なら、ナラノさんとも仲がいいみたいだから、きっとなんとかしてくれるはずだ……!)
そう思ったカールが、図書室でお茶を楽しんでいたカシミール先生にナラノの普段とは違う様子を話したのだった。
そして、今日はマリアではなくまともな図書係のカールが担当だということで、部屋で楽しくお茶をしていたカシミール先生は、やむなくお茶を中断してナラノの元へ行き、声をかけたのだった。
(……でも、思ったよりもカシミール先生のナラノさんへの距離感が近いようにも感じたけど、緊急事態だからだよね)
―――
――ナラノの腰を自分の身体に抱き寄せながら部屋に入たカシミール先生は、まず心ここにあらずな状態のナラノを気遣いながらソファに座らせた。
そして、緊張して張り詰めた雰囲気のカシミール先生は、自分の机の引き出しから伝達に使う手紙と封筒の魔法道具を取り出した。
ただし、その手紙と封筒にはベネット公爵家の家紋が入れられていた。
慣れた手つきで、手紙に何かをサラサラと書いたカシミール先生は、その手紙を封筒に入れて、魔法道具を起動させた。
その魔法道具は、一瞬で真っ赤な燃えるような赤い色の鳥の姿になって、ベネット公爵家の方へと飛んでいった。
飛んでいく赤い鳥を窓から眺めたカシミール先生は、ようやく
「ふぅ……」と、やや緊張を緩めて息を吐き出して緊張を緩めた。
そして、感情をなくして、とても精巧に作られた美しい人形のように呆然と座り込むナラノの方を見て、痛ましげな顔になった。
「――……誰が、ここまで君を傷つけたんだい……?」
ナラノの髪を手に取って口付けながら、カシミール先生は苦しそうな声で囁いた。
――だが、その声は誰にも届かなかった。
マリアとフランツのことで心を閉ざした今のナラノには、誰の声も届いていなかった。
ナラノとカシミール先生の2人だけの空間で、苦しそうな顔をしたカシミール先生はそっとナラノの身体を抱きしめたのだった。
その抱きしめ方は、ナラノを大切に思うカシミールの想いが表れていた。