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春 諦められない気持ち 10

 


 カシミール先生と話した後、そのまままっすぐベネット公爵家へ帰った私は、カロルに温かいお茶を淹れてもらって、それを堪能した。



(――よしっ! 明日からも頑張るぞ!)



 私は、片手を腰に当て、もう片手で握り拳を作って、空に突き出すようなポーズをとった。


「まぁまぁっ。お嬢様、またおかしなことをしているようですが、今度は何をなさるつもりなんですの?」


「うふふ、秘密よ! すべてうまくいったら、カロルにも伝えるから、期待して待っていてちょうだいね!」




 ――――カシミール先生と話して無駄に元気になっていた私は、明日どん底に凹むことになるとも知らずに、自身ありげに微笑んだ。




「まぁっ!それは、楽しみですわっ」


 優しいカロルは、意味のわからない発言をする私を問い詰めるでもなく、そう言って微笑んでくれていた。






 ―――――






「――すまん、ナラノ!」


「ん? アロイスどうしたの?」


 いつものように、魔法研究係の私とアロイスが魔法研究室に向かおうというときに、アロイスは私に謝ってきた。



(私、何もアロイスに謝られるようなことされてないんだけどなぁ)



 ――――このアロイスの言葉によって、この先の私にどんなことが待っているかも知らずに、私はそんなことを思っていた。




「俺、魔法研究室に行くの、ちょっと遅れそうなんだ。だから、先に魔法研究室に行っておいてほしいんだよ。」


「あ、うん、わかった。」


「え……わかったって、お前……。俺がいなくて、寂しいぃ〜、とかないのかよ」



(何を言っているのだ、アロイスは。そんなこと、あるわけがないだろう。)



「うん、ないね」


 私は即答した。



(だって、アロイスとは同じ教室で、いつも一緒にいるじゃないか。


 まぁ、フランツとも、魔法研究の科目の授業で会えるけど、その時は明らかな『教師』と『学生』って感じで、線を引かれている気がするんだよね……。で

 も、そんなフランツも魔法研究室で会った時は、なんとなく感じる雰囲気が柔らかい、というか、なんとなく授業で会う時とは違う気がするんだよね。)





 ――それに、大好きなフランツに会えるなら、私はそれで満足なんだよ。





「がーーーんッ!!


 ナラノッ、それはそれで、ひでぇぞ! もっとさ、こうっ! 『うあぁ〜ん、アロイスぅ。アロイスがいなきゃ、私生きていけないわぁ〜』って、ぐらい嘆いてくれてもいいじゃないか〜」



(……誰だ、その気持ち悪い奴は……間違っても私じゃないだろう、それは。)



 言っておくが、私は一度だってそんな風なことをアロイスに言ったことはないはずなんだけどね……


「ばかアロイス……私がそんなこと、言うわけないでしょ?」


「あぁ、わかってる。怒んなって、冗談、冗談だって〜っ!」


 アロイスはけらけらと笑って言った。


「はぁ、もうわかったから、気にしないで。 それより、魔法研究係に遅れるなんてアロイスにしちゃ珍しいよね? 何かあったの?」


 そう、こう見えてアロイスは魔法研究係に遅れたことなんて今まで一度もないんだよね。



(……何かあったのかな?)



「お、ナラノ、俺のこと心配してくれてんのかぁ? きゃっ、俺ってば、照れちゃうぜ〜」


「ば、ばかっ!そ、そんなんじゃ、ないったらっ!

 それより、気持ち悪いから、くねくねと気持ち悪い動きはやめてちょうだいよね。私まで、気持ち悪い子だって思われちゃう。」


「ちぇ〜っ。ナラノ、つれねーぞぉ〜。」


 そう言いながらも、アロイスは腰をくねくねと動かす、視覚的にダメージを受けそうな動きを止めてくれた。

 まぁ、口を尖らせていたけどね。


「……もう、ふざけないで、アロイス。何かあったの?

 ……その、もしアロイスが困ってるなら、私だって力になりたいと思ってるし、その、ね?……わかるでしょ?」


 心配で、アロイスの顔を覗き込んだ。


「うっ…………‼︎」


(は?……『うっ』? え、なんで? 私はただ、アロイスを助けようと言っただけなのに、吐き気をもよおすくらい気持ち悪かったってこと……⁉︎ )


 アロイスは、顔を押さえてしゃがみこんでいた。

 わずかに見えるアロイスの耳は真っ赤に染まっていた。


「あ、アロイス、あなた赤いよ。ごめんなさい、そんなに苦しむなんて、思わなかったの。大丈夫?……無理そうなら、保健室に――――」


「い、いや、そんなんじゃない!平気だ。保健室は必要ない。」


 まだ赤い顔をしているアロイスにそんなことを言われても、私は心配になるだけなんだけど、アロイスは保健室は必要ないと言い切った。


「……え、けど……」


「大丈夫。――……今のは、予想外だったって言うか、不意打ちにお前が可愛いこと言うのが悪い」


「え、なんて? 最後の方、声が小さくて聞こえなかった。もっかい、言って?」


「ば、ばかっ、……覗き込んでくるなって!」


「?」


 私はただ顔が赤いアロイスを心配しただけだったんだけど……



(まぁ、ここまで元気なら、大丈夫そうだね)



「そ、そう? まぁ、アロイスが大丈夫なら良いんだけどね」


「あ、あぁ、俺は元気だぜっ。で、魔法研究室に行くのが遅れる理由は相談を受けてるからだよ。」


「相談?アロイスに?……その人、相談する人を間違えてるんじゃないの?」


「お、おまっ……お前、失礼だぞ。この、イケメンの俺様以外に誰に相談するって言うんだよ?」


 アロイスは心外だとばかりに、俺だってかなりモテるんだぞ〜!、と言って憤っていた。



(でも、相談を受けるアロイスなんて想像できないよ。)



「え、だから、アロイス以外の人に、だよね?

 ……ほんとに、間違えられてるんじゃないの?


 ――あ、なんなら、もう一度確認をした方がいいんじゃないの?」


「ナ〜ラ〜ノぉ〜! こら、もうお前、黙れっ。」


「ん、んんっ……!」


 アロイスは、私を抱きしめながら、私の口を手で塞いだ。


(え、なに? これって、私、アロイスに抱きしめられてるの⁉︎)


「ふぅ〜。……やっと、大人しくなったか」


「んっ!んんっ……ん……」



(でも、ちょっと、待って……! これって、鼻も押さえてるじゃない!え、待ってよ、これじゃ私、……息ができないっ‼︎ 


 ――ば、ばかアロイス! 苦しいわよ! ……手を、手を早く離しなさいよっ……‼︎)



 私は、アロイスに抱きしめられながら、ジタバタと暴れた。


「ん? ……ナラノ?」


 アロイスは私のおかしい様子にやっと気づいたのか、不思議そうにしながら抱き締めるのをやめて、私から手を離してくれた。


「んぁっ……ゼェゼェ!」


 私は、やっと入ってきた空気を公爵令嬢としての対面も考えずに、ゼェゼェと息を吐きながら必死で何度も吸って、息を整えた。


「どしたん? ナラノ?」


「――アロイス、私、死んじゃうかと思ったわ!何が、『どしたん?』よ!……ばかっ!アロイスのおばかっ!!」


「う、うぇぇ! ちょ、ごめん、ナラノ! 許してくれぇ〜‼︎」


 青褪めたアロイスは私に向かって必死に謝っていた。


 でも、手を合わせて、

「ご、ごめん、ってナラノ!俺、ほんとにそんなことする気はなくってさ。だから、許してくれ!」と必死に謝るアロイスを見てたら、なんだか怒ってるのも馬鹿らしくて、おかしくなってきた。


「……ふ、ふふふっ! やだっ、おかしいわ。もう、怒ってないから、そんなに謝らなくていいわ」


「ナラノ……ほんとごめんな?」


 捨てられた子犬のような悲しそうな目で私を見つめてくるアロイス。


「もうっ、アロイスったら仕方がないわね。もう、許してあげるから、きにしないで?」


「おぉ〜!! ありがとう、ナラノ!」


「うふふ。これくらい、なんてことないわよ。それに、私だって、だてに何年もアロイスの幼馴染やってないのよ。 悪気がないのはわかってるし、これくらい、どうってことないわ。」


「ナラノぉおおおおお〜‼︎」


 なぜか感動したアロイスに見送られながら、私はその日、初めて1人で魔法研究室に向かったのだった。








 ――でも、今なら、思う。

 あの時、私はアロイスを待ってから、2人で魔法研究室に行くべきだったんだと――

 そしたら、私はあんな光景を目撃しなくてすんだだろう……






 ――私が、フランツのいる魔法研究室に行くと、マリアを抱きしめたフランツがいた。



(うそ……なにこれ……)



 そして、マリアは、

「……フランツ先生。 私、フランツ先生が好きなんです!」と、

 フランツに抱きしめられながら、告白していたのだった。



「っ!」

 私には耐えられなかった。


 そのあとの私の記憶は曖昧で、ただ言えるのは、私は2人のいる魔法研究室には入らずに、フランツに抱きしめられながら告白するマリアからそのまま一目散に逃げ出したということだけだった――






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