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ベツヘレムの星

「おい」


 俺が、声をかけると、イロナは足を止めて振り返る。


魔窟ダンジョンから、なにをってきたんだ?」

ってませんよ」


 くすりと笑って、イロナは、八つの目玉を生やした星型の生物を放り投げる。


 恐らくは、深淵生物……全ての目は閉じられていたが、異様な気配を発している。黒粘獣イヴォルータなんぞ、眼にはならないくらいの危うさを感じる。


 俺の予兆を裏付けするかのように、その星型の異形には、不可視の術式錠が何重にも巻き付けられていた。


「クラウス・マクドネルが言っていたでしょう? インクリウス魔術学院の生徒は、勝手にあの魔窟ダンジョンに潜って良いし、魔窟ダンジョンで手に入れた物は、好きに持って帰っても良いと」

「教師か上級生の許可は得たのか?」

「さて、どうでしょうか」


 俺が、手を出さないとわかっているのか、イロナは余裕そうにみを浮かべる。


黒粘獣イヴォルータは、魔窟ダンジョンの底で封印されていたみたいだが、その封印を解いたのはお前だな?」

「正解」

「その星を手に入れるために、黒粘獣イヴォルータをクラウス教員に抑え込ませる必要性があった」

「それも正解」

黒粘獣イヴォルータの封印を解いたのは、前に、俺が返した紙袋の中身、銀の星から借り受けた復号術式ってところか……黒粘獣イヴォルータの封印解除は、銀の星からの命令だったが、お前はヤツらに復号術式の偽物を返却した。

 本物を返さなかったのは、これから、その星の封印を解いて何かをやらかすためか」

「Eランクとは、思えないくらいに優秀ですね。

 全問正解。花丸をあげましょう」

「要らん。とっとと、それを元の場所に返せ。今なら、まだ間に合う」

「昔から」


 唐突に、イロナは、ぼそりとささやいた。


「昔から……私は、この学院が嫌いでした……華やかな王城の隣に位置する第7区画で、我が物顔に振る舞う魔術師の卵たち……埒外の魔力と魔法陣を保有する貴族連中は、一般庶民の顔で靴裏を拭う……魔術を唱えられないというだけで、家畜にされた人間たちのことを知っていますか……」


 執念。


 彼女の顔には、執念が刻まれていた。


 人間の顔貌には、経年と共に、情動が刻まれる。


 たかだか、十数年しか生きていない筈のイロナ・アクチュエートの顔には、疲労と諦観が押し広がって、妄執とも言える程の強い情動が刻まれていた。引き返すつもりはないのだと、容易にわかるほどの。


「私の妹は、とある貴族の家畜でした」


 顔を歪めて、笑った彼女は、ゆっくりとつぶやいた。


「生まれつき、ひとつも魔術を唱えられなかったんです。火球ファイアボールすらも。

 そう言った人間の使い道は、ふたつにひとつ。

 廃棄か家畜か」


 イロナは、ゆっくりと、指を二本立てる。


 手のひらに食い込んだ三本の指、赤色の血液が垂れ流された。


「妹は、家畜を選んだ」


 ぽたぽたと、赤色の液体が、床に垂れ落ちる。


「一月に一度、帰宅が許されて帰ってくる度に、妹の様子はおかしくなっていった。徐々に、人相が変わってくる。性格も変わってくる。気配すらも変わってくる。魔術を目にするだけで悲鳴を上げて、夜中、闇の中で手を組んでこう言うんです。

 『ごめんなさい』」

「…………」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 ずっと、聞こえてくる。妹は、どんどん、歪んでいく。声をかけても、抱きしめても、どれだけ優しくしても無駄だった。

 一月後には、壊されて、帰ってくる。私が幾ら嘆願したところで、妹は、オルサレム家から解放されることはなかった」


 イロナは、静かに、自分の首を締める。


 赤――赤色の線が、首元に残って、彼女は笑った。


「半年後、あの子は、もう完全に壊れてしまった」


 泣きながら、彼女の顔は、綺麗に歪む。


「あの子は……あの子は、笑っていた……今まで、視たことがないくらいの笑顔で……もう、私のことなんて視えていない……あの子が、この世界になにをした……なにをしたんですか……どうして、奪われた……どうして……」


 顔を覆ったイロナは、何度も、悪夢を振り払うかのように首を振った。


 何度も。何度も、何度も、何度も。


「銀の星は、私の妹を飼っていた貴族ブタの首を持ってきてくれた……たったひとつの救い……私には、大いなる使命がある……これ以上、妹のような人間を増やすわけにはいかない……醜い魔術師を育て上げる学院など、この世界にあってはならない……あの御方の計画は、あまりにも迂遠的過ぎる……今、ココで、卵を潰すべきだ……」


 両手の隙間から、ぼそぼそとささやいていた彼女は――ふと、顔を上げてから、俺に笑顔を向ける。


「貴方は、私に言いましたね。変装時のキャラクターは、私に合っていないと」

「あぁ」

「妹は、とても天真爛漫な子で」


 彼女は、星型の生物に、己の血を塗り付ける。


「本来ならば、あんな風に、振る舞っていただろうなと思って……もちろん、貴族なんぞに色目は使わないでしょうが……私は、私が、この学院に通う想像なんて出来なかったから……楽しい学院生活なんて……」


 八つの目玉が――開く。


「私には、存在しない」


 膨大な魔力の渦が、一気に、学院中へと満ちていく。


 煌々と輝きながら、宙に浮き上がったベツヘレムの星は、見開いた目から黒色の煙を噴き出す。くるくると回転しながら、謎の言語で歌い始めた星型の生物は、イロナの血を啜りながら目で嘲笑わらった。


 肌に血管が浮き出たイロナは、自身に取り付いたベツヘレムの星を見上げる。


 自身の死を自覚したのか、大量の汗を掻いた彼女は、哀しそうに微笑む。


「リリー……お姉ちゃん、今から行くから……もう、寂しい思いなんてさせないから……謝ることなんて、しなくていいから……今度こそ……今度こそ、貴女のこと守るから……一緒に行こうね……」


 叫声。


 高らかに歌い上げられた呪いの歌が、廊下に響き渡って、学院中のガラス窓が破裂する。天蓋を覆っていく黒色の霧、あちこちから悲鳴が上がって、足首の先まで赤色の水が満ちていった。


「だから」


 俺は、ささやいて、腕を伸ばし――


子供ガキだと言うんだ」


 手のひらを構えた。

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