表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/42

深淵

「なに、この異常な気配……!」


 インクリウス学院地下。


 『対深淵学』の授業を終えたフロンは、学院内に満ちていく膨大な魔力、根源的恐怖カオス灰燼かいじんの現出を感じた。


 いつの間にか、足首まで、赤色の液体で満ちている。


 強烈に――引っ張り込まれる。


 くらりと、フロンは、気が遠ざかるのを感じた。


 足下に満ちている赤色の液体は、赤渇海レッド・クラーヴィに違いない。深淵生物、中でも異形は、獲物を己の境界に引っ張り込んで狩ることを好む。


 根源的恐怖カオス灰燼アッシュ赤渇海レッド・クラーヴィ落日月ジ・ルイン……灰から始まり、海が生じて、日と月が陰る。段階を経るごとに、人の精神に与える影響は段違いに大きい。


 眩む視界の中で、フロンは考える。


 赤渇海レッド・クラーヴィが生じるということは、黒粘獣イヴォルータを超える格上が現れたということだ。平時であれば、軍が動いても、不思議ではない事態。人死には、万を超えるだろう。


 案の定、生徒たちは、ぽかんと口を開けて乗っ取られていた。


 傀儡となった彼らは、口端から涎を垂れ流しながら、赤色の夢を視ている。深淵に心を奪われたのだ。


「焦らずに、魔力で、体表を覆え。学院内に、校長が敷いた境界のお陰で、赤渇海レッド・クラーヴィは足首までしか届かんから問題ない」


 ぽんと、クラウス先生に肩を叩かれる。


 言われたとおりに、フロンは、足首に集中して魔力で体表を覆う。根源的恐怖カオス灰燼アッシュを吸い込まないように、クラウス先生から手渡された黒色のマスクで、口元を覆い込んだ。


「どうやら、ベツヘレムの星が解放されたらしい」


 傀儡となった生徒たちを、魔力による膜で覆ってから失神させたクラウス先生は、静かにそうささやいた。


「ベツヘレムの星……!? なんで、そんなものが学院の地下に!? アレは、とっくの昔に封印されて、誰も知らない秘境に飛ばされたと聞いていましたが!?」


 ベツヘレムの星と言えば、伝承では、数万を超える魔術師を殺した星型の異形である。八芒星の形をしたその生物は、宿主とする魔術師の血液を通して顕現し、自分の世界に引っ張り込んだ者たちを夢で“吸血”する。


 寄生された人間たちは、幸福な夢を見せられながら、じわじわと魔力と血を吸われて干からびて死んでいく。


 その吸血範囲は、国ひとつに及ぶと言う。


「その秘境がココだよ」

「ココは、王都の第7区、生活区画の地下ですよ!? なんで、そんな危険な深淵生物を学院なんかに封印しておくんですかっ!?」

「逆に聞くがね、他に、どこに封印しておけばいいんだ?」


 問われて、フロンは声に詰まる。


「理論上、校長が存在しているココが最も安全なんだよ。歴史上、類を視ない程の力を持つ魔術師だからな。破壊が不可能な以上、ココに封印するのが最も適切だ。

 事実、校長が敷いた境界のお陰で、赤渇海レッド・クラーヴィの威力は大幅に減衰してる。力の弱まっていないベツヘレムの星が解放されてれば、学院どころか、第7区を中心として第13区あたりまで赤い海の底だよ」


 あくびをして、クラウス先生は頭の後ろを掻いた。


「学院の魔窟ダンジョンに封印されてるのは、ベツヘレムの星どころじゃあないんだなあコレが。

 あ、もちろん、ふつーの学生は、まかり間違っても目にすることもないから安心して」

「そんなこと、言ってる場合ですか……」

「まぁ、校長は、今、お留守なんだけどな……こんなことになるなら、有給消化しとけば良かったわ……まったく、中年ってのは、色々と悲しいことが巻き起こる時期なのかなぁ……というか、まかり間違っても、こんなこと起こるわけがないんだが……」


 再度、ぽんぽんと、肩を叩いて――クラウス先生は、上を見上げた。


「あぁ、なるほど、ヤバいのが来たな」

「え?」

「主席、ココ、任せた。俺は、上がるわ」

「いや、上がるって……ちょっと!?」


 魔術を発動させたクラウス先生は、一気に階段を駆け上がって、扉をぶち抜いてから飛び出していった。あそこまで、急いでいるということは異常事態だ。恐らく、学院に迫っている危機はベツヘレムの星どころではない。


 そうであれば、自分はただの一生徒、クラウス先生に任された以上は、ココにいる生徒たちを全力で守ることにしよう。


 フロンは、決心して、欠員がいないかを目で確認し――凍りついた。


「……グール」


 クラウス先生の手で、傀儡から解放されたグールは、頭を揺らしながら答える。


「うわー、頭、くらくらする……ん? なに?」

「ラウは?」

「え?」


 グールは、きょろきょろと辺りを見回してから絶句する。


「ラウはっ!?」


 思わず、肩を掴んで揺さぶると、硬直が解けたグールは口を開いた。


「わ、わからない……さ、さっきまで、そこにいたのに……もしかして、上に……ね、ねぇ!? どこ行くの!?」


 フロンは、勢い良く駆け出して、階段を駆け上がる。


「あの子、Eランクなのよ!? 上なんかにいたら、手遅れになる!! 私は、あの子のパートナーなの!! 行かなきゃ!!

 ファイッ!!」

「なに?」


 興味がなさそうに、静観していたもうひとりの主席に声を張り上げる。


「ココは、頼んだ!!」

「…………」


 返事も聞かずに、フロンは、階段を上り切って廊下に出る。


 そして、その気配に止まる。


 廊下――その最奥、金色の魔術衣ローブを着た魔術師が立っていた。


 赤色の海、白色の天井、その狭間で黄金は起立している。


 外套フードで、その顔は隠されている。ただ、相当な実力者であることはわかった。首からぶら下げている銀色の六芒星、黒色の干からびた腕が魔術衣ローブの上から伸びてきて、懐中時計を取り出した。


「御機嫌よう、アイシクル家のご令嬢」

「……退け」

「うむ、定刻通り。侵入も果たした。予想外の計画シナリオとはなったが、我が心晴れやかなり、アイシクル家の令嬢の身柄も拘束出来れば万事解決」

「……そこを退け」

「さて、どうするかな。口が開けば良いから、四肢は要らんか。出来れば、我が蒐集物コレクションに加えたい。

 少し、腿の辺りは色気に欠けるが、ヤスリにかければ多少はマシにな――」

「そこを」


 顔を上げて、フロンは、感情を露わにする。


「退けッ!!」


 吠えて――彼女は、魔力を解放した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ