表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/42

食堂の密事

 触媒学の授業の後、みっちりと怒られてから、俺はフロンに解放された。


 今日は、フロンは、Aランクの友人たちと一緒に昼食を取るらしい。フロンには、しつこく誘われたが、たまには上位ランクの食堂で食べた方が良いと断った。


 そんなこんなで、俺は、下位ランク用の食堂にやって来る。


 ラインとグールを求めて、きょろきょろしていると――急に、横合いから抱きつかれた。


「おはよっ!」


 俺の腕を抱き込んでいるイロナを見下ろし、ポケットに両手を突っ込む。


「もう昼だが」

「だれ、探してんの? フロン・ユアート・アイシクル?」

「いや、フロンは、今日は上位ランクの食堂だ……なにか用か?」


 俺の右手を両手で握ったイロナは、ぶんぶんと俺の腕を振る。


「なにそれ、冷たいじゃん。この間、いっしょにデートしたのに。もう、飽きて、次の女に走ったの? さいてー」

火球ファイアボールを撃ってないから、アレはデートじゃないだろ」

「いや、意味わかんない。

 辞書で、デートの意味、調べてきて?」


 ラインとグールは、もう昼を食べ終えているのか、見つけられなかった俺は適当な席に腰を下ろす。当然のように、イロナは、俺の隣に座った。


 俺の前には、巨大な銀蓋で閉じられている料理皿があった。本日の主食メインディッシュなのか、視界を塞ぐくらいに大きい。


「食べさせてあげよっか?」

「別に要らん。失せろ」

「は~? なにそれ、萎えるんだけど~? 急に、なんなの~? 冷たいじゃ~ん? 前まで、あたしのこと追っかけてた癖に~?」


 イロナは、目を細めて、俺の肩に頭をせる。


「ほんとは、あたしのこと好きなんでしょ?」

「初耳だな」

「キスしてあげよっか?」

「要らん」


 俺の首に、両腕を回したイロナは、ゆっくりと顔を近づけてくる。そのタイミングで、視界を塞いでいた巨大な料理皿が、宙に浮いて、調理場へと戻っていった。


 目の前の視界が、開けて、ふたりの姿が目に入る。


「「…………」」


 大口を空けて、料理を口に運んでいたラインとグールが、あんぐりとこちらを見つめていた。


「「…………」」


 ぽとりと、彼らのスプーンから料理が落ちる。


「「…………」」

「違うぞ?」

「「…………」」

「違うからな?」

「「…………」」

「なんで、口を開けたまま立ち上がるんだ?」

「「…………」」

「どうして、口を開けたまま中指を立てるんだ?」

「「…………」」


 口を開けて、立てた中指を俺に向けたまま、ふたりは教室へと戻っていった。


「……おい」

「あっ! 怒ってる~! かわい~!」

「こんなことで、誰が怒るか。いいから、とっとと退け。昼飯を食べ損ねたら、俺の腹が怒るだろ」


 俺とイロナが、イチャついているように映ったのか。忌避感を覚えた同級生たちは、周囲からいなくなっていて、すっと、イロナの顔から表情が消える。


「貴方と話がしたい」

「最初からそう言え。飯が冷めるだろ」


 ナイフを手にとったイロナは、その先端に肉片を刺して、俺へと差し出した。


「私は、出来れば、学院内で死者を出したくありません」

「で?」


 俺が、肉片に食いつくと、彼女は微笑を浮かべる。


「協力してください」

「まずは、お前がなにをしようとしてるのか言え」

「言えません」


 俺は、料理皿をもって立ち上がる。


「話にならんな。交渉術を学んでから出直せ」


 背後からの殺気――振り向き、二本指で、投擲とうてきされたナイフを受け止める。


「やはり、只者じゃありませんね」

「俺も大概だが、テーブルマナーも学んで来い」


 魔力で弾き飛ばして、イロナの眼前にナイフを投げつける。テーブルへと突き刺さって、先端が小刻みに振動した。


「私を殺せば、計画を阻止できますよ?」


 俺は、近づいて、イロナの頭をぐしぐしと撫で付ける。


「……なんですか」

「構って欲しいんだろ? ほら、もっと甘えていいぞ」


 そのまま、俺は、顔を近づけて――彼女の頬に、キスをした。


 バッと、頬を押さえて、顔を真っ赤にしたイロナは仰け反る。


「…………!」

「幾ら、気を張ってても、子供は子供だな。贄の娘たちだって、そこまで、恥ずかしがらないぞ。

 頬へのキスなんて、とある国では挨拶だ。知ってたか。俺は教えてもらった」


 がたん、と、音を立ててイロナは立ち上がる。まだ、昼食を食べていた生徒たちは、彼女を見つめて、頬を染めたイロナは静かに座る。


「まぁ、フロンよりはマシだが。昨日なんか、幽霊を怖がって、俺と一緒に寝たがってた。

 どうだ、俺のパートナーは、可愛いだろ?」

初心うぶな貴族娘と一緒にしないでくれますか?」

「なら、経験あるのか?」

「…………」


 俺が、鼻で笑うと、足を組んだイロナはそっぽを向く。


「言っておきますが、私には崇高なる使命があるんです。そんな雑事なんかに、かかずらっている暇はない」

「よく、お前、あのキャラクターで学院に潜入しようなんて思ったな……どう考えても、ミスチョイスだろ……」

「………………うるさい」


 苦笑して、俺は、料理皿を持ったまま教室へと向かう。


「まぁ、言いたくなったら、いつでも言え。今のお前なら、いつでも、相談にのってやるから。

 後悔がないようにな」

「……今日、この後、対深淵学の授業がありますが」

「ん?」


 ぼそりと、イロナはつぶやいて、おずおずと顔を上げる。


「出ないで……ください……というか、学院から離れてください……危ないので……」

「やめとけ」

「いや……です……」


 俺はため息を吐き、イロナを食堂に残して、次の授業の教室へと向かう。


「やれやれ、困ったもんだな」


 俺は、微笑してから、席に腰を下ろし――


「ラウ君、料理皿を食堂に戻して来なさい。今直ぐ」


 食堂に戻ってきて、こちらを凝視しているイロナに、笑顔でフォークを渡した。


「食わせてくれ」

「……貴方は、本当に、なんなんですか」


 丁寧な手付きで、イロナは、俺にご飯を食べさせてくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ