食堂の密事
触媒学の授業の後、みっちりと怒られてから、俺はフロンに解放された。
今日は、フロンは、Aランクの友人たちと一緒に昼食を取るらしい。フロンには、しつこく誘われたが、たまには上位ランクの食堂で食べた方が良いと断った。
そんなこんなで、俺は、下位ランク用の食堂にやって来る。
ラインとグールを求めて、きょろきょろしていると――急に、横合いから抱きつかれた。
「おはよっ!」
俺の腕を抱き込んでいるイロナを見下ろし、ポケットに両手を突っ込む。
「もう昼だが」
「だれ、探してんの? フロン・ユアート・アイシクル?」
「いや、フロンは、今日は上位ランクの食堂だ……なにか用か?」
俺の右手を両手で握ったイロナは、ぶんぶんと俺の腕を振る。
「なにそれ、冷たいじゃん。この間、いっしょにデートしたのに。もう、飽きて、次の女に走ったの? さいてー」
「火球を撃ってないから、アレはデートじゃないだろ」
「いや、意味わかんない。
辞書で、デートの意味、調べてきて?」
ラインとグールは、もう昼を食べ終えているのか、見つけられなかった俺は適当な席に腰を下ろす。当然のように、イロナは、俺の隣に座った。
俺の前には、巨大な銀蓋で閉じられている料理皿があった。本日の主食なのか、視界を塞ぐくらいに大きい。
「食べさせてあげよっか?」
「別に要らん。失せろ」
「は~? なにそれ、萎えるんだけど~? 急に、なんなの~? 冷たいじゃ~ん? 前まで、あたしのこと追っかけてた癖に~?」
イロナは、目を細めて、俺の肩に頭を載せる。
「ほんとは、あたしのこと好きなんでしょ?」
「初耳だな」
「キスしてあげよっか?」
「要らん」
俺の首に、両腕を回したイロナは、ゆっくりと顔を近づけてくる。そのタイミングで、視界を塞いでいた巨大な料理皿が、宙に浮いて、調理場へと戻っていった。
目の前の視界が、開けて、ふたりの姿が目に入る。
「「…………」」
大口を空けて、料理を口に運んでいたラインとグールが、あんぐりとこちらを見つめていた。
「「…………」」
ぽとりと、彼らのスプーンから料理が落ちる。
「「…………」」
「違うぞ?」
「「…………」」
「違うからな?」
「「…………」」
「なんで、口を開けたまま立ち上がるんだ?」
「「…………」」
「どうして、口を開けたまま中指を立てるんだ?」
「「…………」」
口を開けて、立てた中指を俺に向けたまま、ふたりは教室へと戻っていった。
「……おい」
「あっ! 怒ってる~! かわい~!」
「こんなことで、誰が怒るか。いいから、とっとと退け。昼飯を食べ損ねたら、俺の腹が怒るだろ」
俺とイロナが、イチャついているように映ったのか。忌避感を覚えた同級生たちは、周囲からいなくなっていて、すっと、イロナの顔から表情が消える。
「貴方と話がしたい」
「最初からそう言え。飯が冷めるだろ」
ナイフを手にとったイロナは、その先端に肉片を刺して、俺へと差し出した。
「私は、出来れば、学院内で死者を出したくありません」
「で?」
俺が、肉片に食いつくと、彼女は微笑を浮かべる。
「協力してください」
「まずは、お前がなにをしようとしてるのか言え」
「言えません」
俺は、料理皿をもって立ち上がる。
「話にならんな。交渉術を学んでから出直せ」
背後からの殺気――振り向き、二本指で、投擲されたナイフを受け止める。
「やはり、只者じゃありませんね」
「俺も大概だが、テーブルマナーも学んで来い」
魔力で弾き飛ばして、イロナの眼前にナイフを投げつける。テーブルへと突き刺さって、先端が小刻みに振動した。
「私を殺せば、計画を阻止できますよ?」
俺は、近づいて、イロナの頭をぐしぐしと撫で付ける。
「……なんですか」
「構って欲しいんだろ? ほら、もっと甘えていいぞ」
そのまま、俺は、顔を近づけて――彼女の頬に、キスをした。
バッと、頬を押さえて、顔を真っ赤にしたイロナは仰け反る。
「…………!」
「幾ら、気を張ってても、子供は子供だな。贄の娘たちだって、そこまで、恥ずかしがらないぞ。
頬へのキスなんて、とある国では挨拶だ。知ってたか。俺は教えてもらった」
がたん、と、音を立ててイロナは立ち上がる。まだ、昼食を食べていた生徒たちは、彼女を見つめて、頬を染めたイロナは静かに座る。
「まぁ、フロンよりはマシだが。昨日なんか、幽霊を怖がって、俺と一緒に寝たがってた。
どうだ、俺のパートナーは、可愛いだろ?」
「初心な貴族娘と一緒にしないでくれますか?」
「なら、経験あるのか?」
「…………」
俺が、鼻で笑うと、足を組んだイロナはそっぽを向く。
「言っておきますが、私には崇高なる使命があるんです。そんな雑事なんかに、かかずらっている暇はない」
「よく、お前、あのキャラクターで学院に潜入しようなんて思ったな……どう考えても、ミスチョイスだろ……」
「………………うるさい」
苦笑して、俺は、料理皿を持ったまま教室へと向かう。
「まぁ、言いたくなったら、いつでも言え。今のお前なら、いつでも、相談にのってやるから。
後悔がないようにな」
「……今日、この後、対深淵学の授業がありますが」
「ん?」
ぼそりと、イロナはつぶやいて、おずおずと顔を上げる。
「出ないで……ください……というか、学院から離れてください……危ないので……」
「やめとけ」
「いや……です……」
俺はため息を吐き、イロナを食堂に残して、次の授業の教室へと向かう。
「やれやれ、困ったもんだな」
俺は、微笑してから、席に腰を下ろし――
「ラウ君、料理皿を食堂に戻して来なさい。今直ぐ」
食堂に戻ってきて、こちらを凝視しているイロナに、笑顔でフォークを渡した。
「食わせてくれ」
「……貴方は、本当に、なんなんですか」
丁寧な手付きで、イロナは、俺にご飯を食べさせてくれた。




