爆発オチ
リエナ教員は、手に持った杖を宙に浮かせる。
「触媒とは、簡単に言えば、魔術の助けとなる補助具のことを指します。用途は様々。魔力の整流に使ったり、術式の構築を簡単にすることが出来ます。
言うなれば、身体の外に経路を一本増やすイメージ」
板書を行っている俺の隣で、フロンは、真面目にノートを取っている。昨日まで、あんなにも怒っていたにも関わらず、一晩寝て覚めれば元通りになったようだ。
「ただ、触媒に頼った魔術の行使は危険です。外部に魔力を通す経路を用いた状態に慣れると、身体内部で魔力を通す感覚を忘れやすい。下手をすれば、暴発や不発に陥ることも少なからずあります。
なので、歴史に名を残すような魔術師には、触媒を用いない者も数多い」
「リエナ先生は、触媒を使うんですか?」
男子学生の質問に、リエナ教員はYESともNOとも取れる反応を返した。
「場合によりますね……触媒は、飽くまでも、外部に設ける経路。外部にあるということは、魔術の影響を受けやすいということです。自分の身体とは違って、防御魔術で護る範囲にも限界がある。
火球を唱えている最中に触媒を破壊されて、自分の魔術で燃え死んだ魔術師もいます」
触媒と言えば、俺が火球を撃ち始めた時期には、もう村で流行り出していた。あの頃は、聖水で育てた樫の杖が主流だったが、先が曲がった杖を用いて事故死したヤツの数が異様に多かった気がする。
「では、フロン」
「はい」
返事をして、フロンは立ち上がる。リエナ教員は、彼女に杖を投げ渡し、受け取ったフロンは不審気に顔をしかめる。
「触媒を用いた場合と用いなかった場合、それぞれで火球を唱えてください。
貴女には、詠唱は必要ないかもしれませんが、きちんと唱えて」
「……教室の中ですが?」
「円盾を張るので、問題ありませんよ。どうぞ」
「いや、待て」
俺は、思わず、立ち上がる。
「火球なら……俺だろ」
「火球と言えば、ラウなんですか?」
リエナ教員が教室の連中に尋ねるが、くすくすと、小馬鹿にするような笑い声が上がる。後方の席で、組んだ足を机に乗せているゼンが「そいつ、Eランクで、火球しか唱えられねーんだよ」と笑う。
「雑魚が、粋がってねーで座れや。殺すぞ」
前回、俺に火球で撃ち落とされたゼンは、マリー教員になにを聞かれても『知らねぇ!! Sランクにやられたに決まってんだろ!! Eランクの火球なんぞ効くか!!』と言っていた。
庇ってくれるなんて、とても良いヤツである。
「……では、フロン、杖を渡して」
「えぇ……良いんですか?」
見るからに、心配そうな顔で、フロンは俺に杖を渡してくる。
そして、そっと、俺に寄り添った。
「杖の持ち方、わかる? 先端に対して、そう。あまり、先を持ったらダメ。あんまり、全力で撃たないようにね」
「うん」
「おいおい、Eランクのママは座っ――」
振り向きざま、フロンの手のひらから、氷塊が放たれる。
それは、真っ直ぐに、ゼンの顔面へと向かっ――蒼色の円盾が現れて、氷塊が掻き消える。
唖然としているゼンは、反応できなかったのが悔しかったのか、ぎりぎりと歯噛みした。
「フロン・ユアート・アイシクル……うっかり、同級生を殺しかねないように」
「すみません」
「ですが、当たる直前で、術式を分解したので不問とします。脅し目的だとしても、指示もないのに魔術を撃つのはやめなさい」
「え?」
不思議そうに、フロンは、自分の手を見つめる。
リエナ教員が円盾を出すなら、俺が、反転場で掻き消す必要はなかったかもしれない。
「では、ラウ、火球を撃ってください」
「おう」
「軽くね、ラウ、軽くでいいから。アホの挑発にはノらないでいいから。落ち着いて、冷静に、ほんのちょっとの魔力をノセて」
まぁ、学院で目立つと退学になるしなぁ……俺は、なるべく、力を抑えてから、ゆっくりと詠唱を始める。
「『来い』」
「……短略詠唱?」
俺の周囲に魔力が満ち渡り――リエナ教員は、目を見開いて――叫んだ。
「全員、伏せなさいッ!!」
「『火球』」
教室中の全員を覆うようにして、一瞬で、幾重にも重なった紋章盾が開かれる。
と同時に、俺の手元で、杖が爆発した。
「あれ?」
「ラウッ!!」
悲鳴を上げたフロンは、紋章盾を押しのけて俺に駆け寄ってくる。騒ぎになっている教室の中で、彼女は、俺の手をとって念入りに調べ上げる。
「良かった……ただの不発……ラウ、なんで、詠唱を略したの!?」
凄まじい怒りを吹き付けられ、俺は、折ってしまった杖を片手に応える。
「え? いつも、やってるから?」
「バカッ!! 魔術は、慣れた時が一番怖いのっ!! 詠唱は、大魔術師たちが、長い時を経て完成させた技術体系!! 素人が、格好つけて略したら、暴発か不発が席の山なの!! 腕を失っててもおかしくなかったんだから!!」
怒りながら泣いているフロンを視て、俺は、ぎょっとする。
「す、すまん、フロン……いや、でも、いつもやってるから……」
「謝るなら……最初から、やらないでよ……怪我してなくてよかった……」
呆然としていたリエナ教員は、慌てて、俺に寄ってくる。
「ラウ、怪我はないですか?
申し訳ありません。杖が不良品だったようですね。まともな杖であれば、それこそ大地が割れる程の魔力を籠めない限りでも、壊れるなんてことはありえませんから。謝罪します。この件は、私自身で、校長に報告させてください。
Eランクの貴方に、試しにと、やらせてみた私のミスだった」
そう言ってから、ぼそりと、リエナ教員はささやく。
「……でも、私が感じた尋常じゃない魔力は? 気のせい?」
授業どころではなくなった教室の中で。
イロナ・アクチュエートだけは――静かに、俺を見つめていた。




