030 早朝の侵入者
「バルバトスさま、キョーコちゃん、おはようございます」
アルエルの声で目を覚ます。
「もしかして一晩中作業してらっしゃったのですか?」
「あぁ……エルか。おはよう……いつの間にか寝てしまっていたようだ」
「うわぁ、魔導石が2、4、6……20個も出来上がってます!」
「冒険者用とお前たち用だ。それだけあれば当分大丈夫かな、エル?」
「私たちがミミちゃんに、ボンくんロックくん、それにダークネス3で6個。昨日の冒険者さんが4人パーティが3組でしたから、ほぼちょうどくらいですね」
「あーそうか……もっと冒険者が増えたら足りないかもな。後で、もう少しだけ量産しておくよ」
顔を洗って、DSQの皆さんが作ってくれた朝食を頂く。
「ごめんなさい、バルバトスさまとキョーコちゃんにだけ無理をさせてしまいました」
「気にするな、アルエル。お前たちは今日、実際にこれを使って冒険者たちの相手をしてもらうんだからな。しっかり休んでもらっていないと」
「あたしたちはあとで仮眠を取らせてもらうから……ふぁぁぁ」
「はいっ、ダンジョンは私たちにお任せなんです!」
「なんだろう、凄く心配になってきた……」
「それは失礼なんですー! ダークネス3に不可能はないのです!」
「ボクタチモ ガンバルヨー!」
「うむ。ワシも見ておるから、ゆっくり休むがよいぞ」
「俺もスタンバイしておくからな」
「ありがとう、ランドルフさん、サキドエル。それにみんなもな。お言葉に甘えて食べたら少し寝ることにするよ」
朝食もそこそこに自室に戻る。頭がぼーっとしていた。お昼くらいまで寝ておくか……ベッドに潜り込む。季節は移り変わりお昼などは暑かったりする日もあるが、それでも朝の時間帯は気持ちの良いことも多い。
少し開けておいた窓からふわりと優しい風が吹いて、徐々に夢の世界へと誘って……。
パタン……ペタペタ……ゴソゴソっ……。
こら……アルエル……私の布団に入ってくるんじゃ……ありませ……ん…………て、あれ……最近はそういうの……なかった気がする……えっ!
背中に当たる感触で、一気に目が覚める。
「きょ、キョーコ!?」
「んーん……」
振り返るとキョーコが私の隣で寝息を立てていた。小さな肩が呼吸に合わせゆっくりと動いている。いつもとは違い、髪を下ろしたキョーコはなんだかとても新鮮に思えた。
「寝ぼけて部屋を間違えたのか……」
さっきも相当眠そうだったからな。私とキョーコの部屋は対面なので、うっかりしてたんだろう。起こそうか、と思うが余りに気持ちよさそうな寝顔を見ていると、それもかわいそうな気がしてくる。
仕方ない。私はリビング辺りで寝ることにするか……。半身を起こそうとする……が、突然キョーコの腕が伸びてきて……両手で私の腰をギュッと掴む。
ちょっ、ちょっと!? キョーコさん、待って!! 我、まだ心の準備が……って、そんな冗談言ってる場合じゃない! 慌ててキョーコの腕を掴み解こうとする……が、石のように固くて……動かっ……って、いででででで! これ、いつもの展開のやつだよ! 腰、折れちゃう折れちゃうってば!!
一瞬死を覚悟したが、幸運なことにすぐに力は緩み、腰骨骨折の危機は回避。だが、彼女の腕は私を掴んだまま離そうとはしない。困ったな……。やっぱり一度起こして……と思ってたときのこと。キョーコの唇が小さく動くのが見えた。
「……さま……うさま……」
ん……? 耳を澄ます。
「お……さま、お父さま……」
父親の夢でも見ているのだろうか?
キョーコと出会ってそろそろ1ヶ月が経とうとしているが、彼女自身のことは話したことがない。プライベートに関わることはなにも話したことがないし、こちらから訊いたこともないと言った方が正確だろう。
それは彼女が話そうとしないこともあったのだが、一番最初に出会った日、彼女が自己紹介をしたとき、自分の経歴をスラッと言えなかったことに、私は引っかかりを覚えていた。
もちろんそれにウソはなかったし、実際冒険者ギルドにも登録されていた。しかしあのとき私は「本当の彼女は、冒険者などではないのでは?」という疑問を感じた。根拠はない。あくまでも勘だ。
だからキョーコが自分で話すまで待とうと思っていた。彼女自身の性格から、なにもないのに過去を隠したいというわけではないはず。きっとなにか理由があるのだろう。それならば無理に聞き出す必要もない。
過去のことよりも、今彼女がこうして私たちと共にいてくれる、それだけで十分だと思うからだ。キョーコは信用に足る人物だし、昨晩のように身を粉にして私たちに貢献してくれる。だから信じることに決めたんだ。
……などという回想をしていないと、とても正気を保っていられなかった。だってさ、私の胸に顔をつけて気持ちよさそうに女の子が寝てるんだぞ。これで平然とできる方がおかしい。
自分の心臓の音が耳の奥で鳴り響いている。それでキョーコが目を覚ますのではないかと、少しでも落ち着こうと呼吸を整えてみる。すーはーすーはー……ダメだ。目を閉じる。息を深く吸って……吐く……吸って……吐く……吸って……。
「バル……バトス……!?」
「あっ……うむ、起こしちゃったかな?」
「うん………………って、え、へ、どどどどうしてバルバトスが私のベッドに……?」
「違っ、これは……そうじゃなくてだな」
「え、なに、これってその……あれ……なの?」
「だーかーらー! 逆だって、お前が私のベッドに入ってきたんだ」
「え……あ、ほんとだ」
胸の前にくしゃくしゃに集められたシーツの色を見て、ようやくキョーコがそれに気づいた。はぁ……よかった、と思ったのも束の間――
「なんかすごい音がしたけど、大丈夫ぅ?」
絶妙のタイミングでリーンが扉を開ける。
「あらぁ……あらあらぁ……なーんかごめんなさーい、お邪魔だったわね」
「ちょっ、リーン違うんだっ!」
「いいっていいって、バルバトス。ええっとキョーコちゃんって確か16歳だったっけ? ちょっと歳が離れているけど、まぁ王国の法律的には問題ないし。うん、年の差も気になるのは若いときだけだしね」
「だから、私の話を聞けって」
「はいはい。おじゃま虫は消えますから。あ、大丈夫。私こう見えても口は固い方だから!」
言いたいことを言うだけ言って、バタンと扉が閉められる。
「あの……なんかごめん」
「いや、私はなんとも……」
「バル……バルバトスは……こういうの平気なの?」
「平気……なわけないだろ……」
いい年したおっさんが言うセリフじゃない気もするが。
「あ、あたしは……普段からこういうのしないから……ちょっと気が緩んでたって言うか……ほら、ここって家みたいなものだし」
「うむ、分かってる」
その言葉はちょっとうれしい。
「だから……全然平気じゃないって……あ、やっ、イヤって言ってるんじゃないよ。どちらかって言うとそんなに――」
キョーコの唇に指を当て『それ以上言うな』の合図を送る。ゆっくりと立ち上がり、足音を忍ばせながら扉に向かい……一気に開ける。
「あっ……」
「なにやってんだ?」
扉に耳をつけた格好のリーンが、気まずそうな顔を見せる。
「いやぁ、やっぱりお姉さんとしては年下の女の子が、どんなふうにオジサンの毒牙にかかっていくのか気になるじゃない?」
「人聞きの悪いことを言うな! それじゃまるで私が誰彼構わず手を出してるみたいじゃないか!?」
「……違うの? 『夜夜中の魔王』ってあだ名じゃなかった?」
「違ーっう! ってなんだよ、その二つ名。ちょっとカッコイイじゃない」
「あはは、そう言うと思った」
「てかお前はそこそこ付き合い長いんだから、私がそういう人間じゃないってことくらい分かってるだろ」
「ほら、お前は受付の仕事をちゃんとやれ」と、リーンを追い返した。まったくもう……。扉を閉め改めてキョーコと目が合う。なんとなく気まずい……。
キョーコはアルエルに選んでもらった丈の短いパジャマを着ていた。裾から伸びる白い足、身体を隠すようにシーツを抱えているいつにない女の子らしいポーズ、少し赤くなっている頬。
ほんとこうしていると可愛い女の子って感じなんだがなぁ……あ、そうだ。
「そう言えば、昨日の約束覚えているか?」
「昨日……あ、あれは……」
「ふっふっふ……忘れたとは言わせないぞ」
「え、でも、でもぉ……」
シーツをぎゅーっと抱えて、少し涙目になっているキョーコ。
「いい……けど……その……」
なんだか勘違いされている気がしないでもない。
「いや、前にアルエルと話してた看板娘の話……なんだけど」
「はい?」
「ほら、服を買ったときに言ってたじゃない? アルエルとふたりでウチの看板娘になって冒険者向けにアイドル的なことをって」
「あー……その話……ね」
なんだか微妙な顔をしてる。「別にいいけど。バルバトスがしたいって言うんなら!」と言い残して部屋を出ていってしまう。恐ろしい音を立てながら扉が閉められ、その勢いで少しだけ扉が傾く。
怒らせちゃった……のか?




