020 ダンジョンを開いた理由
「はい。冒険者ギルドから派遣されてきました。私はバルバトス、こちらはキョーコと申します」
「おぉ、前回も助けてくれたお嬢さんじゃないか」
「お久しぶり、町長さん」
「すまんのう、何度も何度も」
「こっちは依頼料をもらう立場なんだから気にしないで」
町長が言うにはキョーコがオークを追い払った次の日からリザードマンが町に姿を現すようになったらしい。最初はそれほど攻撃的ではなかったが、段々要求が過激になり今では町の売り物を勝手に持っていったりするほど狼藉を働くようになったとのこと。
「町の若いもんでも手がつけられないほどになってしまって、ほとほと困っておる」
「任せておいて。リザードマンがどこにいるか分かる?」
「ここから西に少し行ったところに、大きな洞窟がある。恐らくそこが拠点じゃないかと思うのだが」
「了解。今からすぐに行ってくるよ」
町の西には大きな森があり、獣道を少し歩くと町長の言っていた通り小高い岸壁に開いた大きな洞窟があった。慎重に周囲の様子を伺うが、辺りにはリザードマンどころか動物一匹すら見当たらない。
「どうする?」
「そりゃ決まってるでしょ」
キョーコがニヤリと笑う。おい、ちょっと待て。
「バルバトスはここで待機してて」
そう言い残すと、キョーコは洞窟の中へ突進していく。暗闇の中からリザードマン特有の甲高い怒声が聞こえてきた。思わず加勢に向かおうと立ち上がるが、続いて聞こえてきたのは、なにかを殴るような音、金属の折れるような音……そして「きゅぅ」というリザードマンのものらしき絶命の声。
5分としない内に洞窟内から聞こえてくる音は消え、周囲は再び静寂に包まれる。更に5分が経過すると、キョーコが満面の笑みを浮かべながら洞窟から現れてきた。その後ろには、キョーコの2倍ほどの背丈のリザードマンが1匹。まるで王都の商人のように両手を手前で組んで、申し訳無さそうな表情でキョーコにペコペコしていた……。
「じゃ、お前らもう町に迷惑かけるんじゃないよ」
「はいっ、姉御!」
「だから、それやめてって」
「はいっ、姉御!!」
「はぁ……あ、バルバトス。終わったよ」
キョーコによるとこのリザードマンは群れのリーダーらしい。この辺りに引っ越してきたものの、周囲の動植物を食い尽くしてしまい、家族のために仕方なく町で食料を調達していたらしい。
根っからの悪いヤツ……というわけでもなさそうだが、人間で言うと少しやんちゃな性格の者が多いようだ。
「リザードマンの文化だと『脅されて屈服した方が悪い』ってことらしいんだけど、人間はそうじゃないからね」
「ウッス……反省してます!」
「町長さんにお仕事回してもらえるように頼んでみるから、ちゃんと働くんだよ」
「オッス、姉御!」
見送りに出てきたリザードマンは総勢30匹ほど。その内20匹ほどのリザードマンが顔から血を流してたり、目の周りにアザをつくったりしていた。20対1を5分ほどで片付けちゃったのかよ……。
これもう、キョーコひとりでクエストやった方が早いんじゃね?
という思いは一旦胸の奥にしまっておいて、私たちは町へと帰ってきた。リザードマンのリーダーから受け取っていた一枚の紙を、キョーコが町長へと手渡す。
「オークのときと同じになっちゃったけど、一応念書ね」
「おぉ、もう帰ってきたのか。相変わらず仕事が早いな」
「それと、彼らを働かせてやる余裕って町にある? 20匹くらい元気のいいのがいるんだけど」
「うーむ。町の皆は少し怖がっておるからのぉ……森の奥で木材などの伐採をしてくれるのなら、こちらとしては助かるんだが」
「今度リーダーが訪ねて来ると思うから、一度話してみてくれない? もしゴネるようなら……今度こそあたしがケリをつけるから」
おい、町長までブルって震えてるぞ。
町長から依頼完了の証明書をもらい、それを魔導通信器でテレーゼに送信する。すぐに返信があり、画面にテレーゼの顔が映し出された。
『えっ!? もう終わったんですか?』
「あぁ……キョーコがな」
『はぁぁぁん……キョーコさまぁ……はっ! すみません、ちょっとよだれが』
ほんと大丈夫か、この人。
『それで次のクエストなんですが、少し離れたところになります。そこから東へ徒歩で4時間ほどのところに――』
このような感じで、私たちは次々にクエストをクリアしていく。3つ目のクエストを完了したところで、完全に日が暮れてしまったので今日は終了とする。
『お疲れさまでした。初日、それも半日で3件のクエスト完了は冒険者ギルドの新記録ですよ!』
「ありがとうテレーゼ。流石に疲れちゃったけどね」
『キョーコさまぁ……』
よだれよだれ。
『すみません……。それで次のクエストは明日朝までにまとめておきますね。できるだけ効率よく移動できるように、これから練ってみますので』
「悪いね。あんまり無理しないようにね」
『もったいないお言葉です……で、キョーコさま、今晩は王都には帰って来られないんですか?』
「うーん、随分離れたところまで来ちゃったからね。ここら辺で野宿でもするよ」
『……バルバトスさまとお二人で?』
「まぁ……そうなるけど」
『気をつけて下さいね。男は皆、獣ですから』
隣で私も聞いてるのだが。いや、キョーコまで、なんでそんな目で私を見てるんだ?
私たちは王都から北西にある森の中にいた。木々の間からこぼれてくる月明かりを頼りにキョーコが枯れ木などを集めている間に、私は探知魔法『千里眼』を使って周囲を探索しておく。どうやら辺りには小動物くらいしかおらず、危険はなさそうだ。
「それにしてもバルバトスの魔法の名前って、特殊だよね」
魔法で火をおこした焚き木を囲みながらキョーコが言う。
「魔法自体はありふれたものなのだがな。名前は別だ」
「え、それ自分で付けてんの?」
「だって『時間遅延魔法』とかって、今ひとつのネーミングだと思わないか? 『時間の支配者』の方がかっこいいし」
「そうかなぁ……」
この辺りは女の子には分からないみたいだ。アルエルも呆れていたしな。いいんだ、男の浪漫とはそういうものだから。
テレーゼが魔導収納器に入れておいてくれたパンや果物を頂き、一緒に入っていた毛布に包まる。明日も大変だろうからな、早めに寝よう。
パチパチと木が燃える音に、遠くで何かの動物が吠えている声が聞こえてくる以外には何も聞こえない。満天の星空を見上げているとキョーコがポツリと語りかけてきた。
「バルバトスはどうしてダンジョンを開こうと思ったの?」
そう言えば、その話はまだしていなかったな。
「あれは、そう……。私がまだ物心つかない年頃の――」
「そこから!?」
「コホン……まぁかい摘んで言うとだな、若いころ冒険者をしていたとき、あるダンジョンに行ったことがあるんだ」
「へぇぇ。さっきも言ってたけど、バルバトスが冒険者ってなんかイメージが合わないね」
「むぅ……当時はまだ冒険者と言えば今のように『なんでも屋家業』などではなく、文字通りモンスターなどと命のやり取りをする危険な職業だった」
「そういや、そんな話を聞いたことがあるよ」
「うむ。そのダンジョンで私は、かつてないほどの危険に晒されることになった。なんとか命だけは助かり脱出することに成功したのだが、それ以来私はどんな危険な冒険すらも、心躍らされることはなくなってしまったんだ」
「危険なことが楽しかったってこと?」
「楽しかったとは少し違うかな? 生きている実感、生きていることへの感謝。そういうものを味わえたのはあのダンジョンだけだったってことだな」
「ふーん……あ、でもちょっとだけその気持分かるかも」
「だから民間ダンジョンができて、ダンジョンが安全に気軽に楽しめるようになったとき、私が味わったことを違う形であれ皆に知ってもらいたい。そう思うようになったってわけだ。それがダンジョンを開こうと思ってた理由」
「結構しっかりした理由なんだね」
「むぅ、一体なんだと思ってたんだ?」
「魔王って響きがかっこいいから?」
「ま、確かにそれもある」
「あるんだ……」
「それにアルエルと暮らすことになって、自分だけじゃない彼女の人生も背負うことが大きな転機だったのかも。危険な冒険者ってのは、いつ帰って来られなくなるか分からないからな」
ある日、冒険から戻ってくると、小さなアルエルが泣きそうな表情で私を見上げていた。どうやらボロボロになった私の姿を見て、心配になったらしい。その顔を見たとき、怖いもの知らずだった自分の中に、恐怖の感情が初めて生まれるのを感じた。
『彼女をひとり、残してはいけない』
やはりそれが一番大きな理由かもしれないな。
「私の話はそんなところだ。今度はキョーコの話を――」
「スー……スー……」
「って、寝ちゃってるのか」
ま、今日は大活躍だったからな。疲れているんだろう。頭上に輝く星々を見ていると私もいつの間にか夢の世界へ旅立っていた。




