018 久しぶりの冒険者ギルド
「バルバトスさま。できるだけ急ぎますから、無理だけはしないで下さいね!」
「心配するなって言ったろ。なにも問題ない。上手く行くさ」
私が合図すると、馬車は音を立てながら出発する。馬車の後ろに開いた窓に、アルエルがべたーっと貼り付いている。その顔は少し心配そうで泣きそうなものになっていた。
商人からエルとラエを開放した私たちは、すぐに王都中心部へと戻ってきた。
「えぐ……えぐ……バルバトスさま、アルエルちゃん……巻き込んでしまってごめんなさい……」
泣きじゃくるエルにラエがそっと寄り添っている。そのラエも「こんなことになるなんて」と困惑した表情を隠そうともしない。アルエルは彼女たちが開放されたことに喜んでいたが、大金を返さないといけないことに、どうしていいのか分からずオロオロしていた。
そんな彼女たちに私は声をかける。
「心配するな。お前たちはなにも悪くないし、なにも心配する必要はない。私に任せておけ」
「でもっでもっ……バルバトスさまは私たちとは関係ないお人なのに、どうしてこんなことを……?」
「関係なくはないだろう。エルはアルエルの友達なんだし、ラエはその侍従なんだからな」
「それにしても友達というだけで、あんな大金を肩代わりしてもらうわけには……」
「アルエルが泣いて私に頼んだからだ」
「えっ……」
私にとってアルエルは唯一の大切な家族。そのアルエルがあんなに必死であんなに泣きながら私に「なんとかならないか」と頼んだ。それを無下にできることなど私にはできない。
「バルバトスさまっ!!」
泣きながらアルエルが飛びついてくる。
「おいおい、アルエル……って、こらこら。鼻水をローブで拭かない!」
「あはは、ごめんなさい」
「モー……。それはいいとして、これからのことだ」
「あっ、そうですよね。どうするんです? 500万ゴルって簡単には用意できないと思うん……まさか、本当にダンジョンを?」
「そんなわけないだろ。私に任せておけ、と言ったろ。ちゃんと考えがある」
「考え?」
「まずはお前にやってもらうことがある。まずはダンジョンに戻って――」
既に夜が更けていたため、宿屋に一泊し皆に計画を説明する。翌朝、接収されていた馬車を取り戻し、それに3人を乗せるとすぐに出立させた。馬車であれば半日もかからず、昼前にはダンジョンに到着するはず。
彼女があのとき言っていたことが本当なら、お昼過ぎには……それならギリギリ間に合うはずだ。もう一度計算をし直しながら、今後の計画を考えているとあっという間にお昼になる。宿屋の1階に降りて主人に軽食を注文し、席に着いたときのことだった。
宿屋の扉が、大きな音を立てて開く。
「おいおい……ちょっと早すぎないか?」
「はぁ……はぁ……ちょっと本気出しちゃったかも」
「やっぱ凄いなお前……まぁ座れ。食べながら話そう、キョーコ」
テーブルの向かいにキョーコを座らせ、主人に食事の追加を注文する。水をぐいっと飲んだキョーコが身を乗り出してきた。
「簡単に話は聞いたけど……要はその商人ってやつをぶっ飛ばせばいいってこと?」
「全っ然違うっ!! 一体なにを聞いてきたんだ!?」
「は? そうなの? なんかアルエルが『悪い人たちがいて――友達が捕まって――バルバトスさまもダンジョンを失いそうなんです!』って言ってたからてっきり」
「まぁ、間違ってはないんだが……」
もう一度キチンと説明し直す。いくら彼らが悪どい商売をしていたとしても、一応合法の上でやっていることであり、それを力でねじ伏せればこちらの方が犯罪者になってしまうこともあわせて伝えておく。
「あーなるほどね。じゃ、話は簡単じゃん」
「だろ?」
「うん。稼げばいい、だよね」
「そういうことだ。お前が前にやってくれたことが、こんなところで生きたわけだな。本当にありがとう」
「ちょっ、急になに言ってんの、バルバトス!?」
「いや本当にお前には感謝してるんだぞ?」
「あーうん、まぁ……」
「どうした、顔が凄い赤いが?」
「走ってきたからだよ! もういいでしょ!!」
もちろん彼女が照れていることは分かっている。ちょっとからかってやっただけだ。感謝しているのは本当のことだが、こんなふうにオロオロするキョーコを見られるのは珍しいことだからな。
「で、前に1日で60万ゴルと魔導器を買えるほどのお金を、お前が稼いで来てくれただろ? あれってもう一度可能か?」
「可能じゃない……って、あたしが言ったらどうするつもりだったのよ」
「まぁそのときはそのときかなぁって」
「はぁ……まぁ多少大変だけど、十分可能だとは思うよ。ただいつも高額なクエストがあるわけじゃないから、多少は運の要素もあると言えばあるけど」
「マジで……?」
昼食を済ませると、早速冒険者ギルドへ向かう。
「でも既に1日経っちゃってるから、あと6日しかないんだよね?」
「そうなるな」
「前は魔導器込みだったから……1日70万ゴルくらいかな? それだけ稼いだとしても500万ゴルには届かなくない?」
「計画通りに行ったとして420万ゴル。あとは私とアルエルが貯めておいた100万ゴルがあるから、ギリギリなんとかなるだろう」
「……あたしの入れたお金は計算に入ってないんだ?」
「そりゃまぁ……流石にそれは悪いかなって」
「……ふーん」
あれ、なんかちょっと不機嫌になってしまった。私としては『ダンジョンのために』とキョーコが稼いでくれたお金を計算に入れることは間違っていると思ったのだが……。むぅ、なかなか難しいものだな。
それでも冒険者ギルドに着く頃にはキョーコの機嫌も直りつつあった。こういう後腐れないところは、彼女のよいところだろう。
「ところでバルバトスって、前は冒険者だったんでしょ? だったら冒険者ギルドに入ってるの?」
「いや、ギルドは二股ができないからな。1年ほど前にダンジョンギルドに入るとき、冒険者ギルドの方は脱退した」
「そっか。ならあたしがクエストを受けるってことにしようか」
キョーコを呼んだのは、彼女の力を当てにしている部分もあるが、これが主な理由だった。自分が言い出したことにキョーコを巻き込むのはどうかと思ったのだが、彼女の持つライセンスがないとクエスト自体を受けることすらできないからだ。
冒険者ギルドは城下町の中心地にある。石造りの大きな建物で、旧ダンジョンギルドのものとは比べ物にならないほど立派なものだ。通りの少し先に、同じくらいの大きさの見慣れない建物が見えた。
あれが新しいダンジョンギルドか。あの老人、冒険者ギルドに対抗してるつもりなんだろか……?
建物同様、巨大な扉を開いて室内へ入る。広いフロアにはいくつかの掲示板が置かれており、それぞれランクによって分けられている。初級ランクのクエストには多くの若い冒険者たちが群がっていて、上級の方には豪華な装備に身を包んだ者がチラホラしていた。
久しぶりに訪れたわけだが、前とあんまり雰囲気は変わっていないな。キョーコがフロアの奥にあるカウンターに向かうと、周囲の冒険者からどよめきが起こる。
「おい……あいつ、例のやつだぞ」
「……したって聞いたが本当か?」
「ちょっと話しかけてこようかな……?」
「止めとけ、命が惜しくないのか?」
キョーコ。お前一体、なにしたのよ? 初級ランクの冒険者たちが、近づいて来たキョーコを避けるように、ぱぁぁっと波のように二手に分かれていく。その後ろを「あ、どもども〜」と申し訳なさそうに歩く私。なんだかなぁ……。
「きょっ、キョーコさんじゃないですかっ!?」
キョーコがカウンターに着くなり、受付の若い女性がキャーっと声を上げた。
「どうしてたんですか!? あの日以来、お顔を見かけませんでしたけど」
「いやぁ、ちょっとお仕事することになってさ」
「はぁ? キョーコさんがお仕事です……か? それ一体どんなところ……」
「いやいや、一応ちゃんとしたところだよ?」
「キョーコさんほどの冒険者さんなら、クエストやっていくだけで十分稼げると思うんですけど?」
「まー、アンテイシタセイカツってやつ? そういうのもいいかなぁって」
「むむっ!? あっ、でも今日来て下さったってことは、またクエストやって頂けけるんですよね?」
「あ、うん。そうそう、前みたいにいい話ある?」
「まっかせて下さいっ! ええっと……その前に、その後ろに立っていらっしゃる方は……お付の方……って、あれ? どこかで?」
あ、えっ、私のこと?




