18話
がっくりとうなだれる私を見て、アドラス様が慌てて慰めようとしてくれた。
「か、勘違いしないでくれ。あなたに責任を求めるつもりは一切ない。偶然やめぐり合わせというものも大きいし、誰が悪いかを挙げるならば狼藉を働くコネルだ」
「いえ、その……あきらかに此方がわるいので……」
アドラス様に手を握られて「全力で守る」と言われたときはお姉様が家出したことを感謝の念すら抱いてしまったが、やっぱりあの人ダメだ。
ともあれ理由はわかった。コネルの奴はフィデルという冒険者がいないことにつけこんでこちらに攻め込みたいのだ。奴が攻め込んでくるとなるとアドラス様が戦うしか無い。そしてアドラス様と決闘をして勝利し、名誉や財を奪えるだけ奪うつもりなのだろう。コネルの父のジェイムソン様も同じ企みをしているのか、それともジェイムソン様の目の届かないところでコネルが暴走しているかはわからないが、奴がウェリング領を獲物とみなしていることは確かだ。
となると私に縁談を持ち掛けてきたのも、カーライル家を味方をつけるか、味方につけないまでも中立的な立場にさせておくための方便かもしれない。なめてくれる。
……そんな様々な事情から察するに、あいつは行動を緩めないだろう。時間が経てば私とアドラス様の婚姻が成立して家同士の縁が深まり、ウェリング家の守りは堅くなる。それはあいつにとってのチャンスが無くなることを意味する。さきほどの安い挑発は焦っている証拠だ。
「その……フィデルの代わりに誰かを雇うということはしないのですか?」
「雇うつもりだが見つからない。冒険者ギルドに斡旋を要求してはいるのだが、すぐにここに来て長く滞在できる者となると限られてくるだろうしの……」
「ではこの屋敷や領地を守る者はやはり……」
「まず、私だ」
アドラス様がそう言った。
「有事のときはダンジョンで見たような装備でなされるのですか」
「いや……ダンジョンでは安全を考えて魔道具主体の装備を付けていたが、本来は魔術師に近い。ダンジョンで伴った部下達もそうだ」
「となると、魔術師が5人というわけですね」
「ああ。それと他に工房で働く者が20人ほど、近隣の農村の若者を集めれば合計50人くらいにはなるが……ダンジョンに連れて行った者ほどの腕はないな」
アドラス様が悩ましげに呟き、そしてブルック様が話を引き継いだ。
「アイラ殿、正直に言おう。我が領地は弱兵ばかりなのだ。儂は魔道具の商いで出世したから商売のことはわかる。しかし領地を守るとなると素人なのじゃ」
「今まで一度も戦の経験はないのですか? 戦争でなくても、こういう小さい諍いなどは」
「儂は一切無い。そもそもここの領地に来て数年じゃからの。流行病で以前のここの領主一族が亡くなってな……同じ頃に儂が子爵の位を授かったため、陛下よりこの土地をあてがわれた」
「あっ、なるほど……」
「だからカーライル家と縁を結び、そちらの領地の冒険者や戦士に来てもらって訓練を見てもらったり、この先陛下が軍を招集なされたときの立ち回りなどを教えてもらいたかった」
そうか……それが、姉の不倫があってもカーライル家を見限らなかった理由の一つだったのかと腑に落ちた。いつぞやお父様が話していたが、ここウェリング家は先々代までは庶民だったと聞いている。おそらく一代限りの爵位を貰った後にブルック様が功績を上げ、子爵位へと出世したのだろう。そして元平民であり金勘定に強く、商いや税といった経済的な面では他の貴族よりも上手に統治できるとしても、「守る」、「戦う」、「平定する」という点において彼らはまだまだ未熟なのだ。
「雇いの冒険者が来るまでの短い間で良い。冒険者や戦士をこちらに寄越してもらうよう、お父上にお願いしてはくださらぬか」
と、ブルック様が正直に切り出した。
私は、しかと頷いた。
「ブルック様、頭をお上げ下さい。新たな傭兵が来るまでの間、私と当家が責任を持って防衛致します。見返りも要りません」
「おお……すまぬ……」
姉のしたことを考えれば私がこの家の力になるのは当然だ。否も応もない。
それが無いにしても、嫁をいたぶっておきながら他人を嫁泥棒だと罵る連中や、その尻馬に乗って人の財を掠め取ろうとする連中は成敗すべきだと思った。それならば襲われる方に助太刀するのが私にとっての義だ。
そう、そこまでは義によって動くことはできる。
だがそこから先は、義だけでは駄目だ。
「ですがこの先もずっと……となると、ダンジョンの探索や魔物の討伐で協力することとは話が違います。魔物を倒すことは領地を治め人の益をもたらす、人にとっての善です。ですが他の領地との諍いに助力するとなれば、人の恨みを買うこともあります。ウェリング家に非の無い戦だとしても、です」
そして私は言葉を切り、アドラス様の方に向き直った。
「それゆえアドラス様にひとつお願いしたいことがあります」
「なんなりと」
アドラス様は居住まいを正した。
いつも生真面目な人だな。私も人から堅苦しいと言われる方だが、親しい人にはどうも油断してしまう。この人は誰かに油断したりするのだろうか。一度見てみたいなと思った。
「私には弟が居ます。二つ下で、東の国境沿いを守備する鶏鳴騎士団に属しております。母は既に亡く父も再婚しておらず、男子は弟だけです」
「うむ」
「父の年を考えれば、領主として働けるのはあと十年といったところでしょう。そうなれば、弟は若い内から家督を継がねばなりません」
「そうだな」
「でも弟はアホなのです」
アドラス様の頬が軽くぴくりと震えた。あ、笑いそうになったのを我慢したのだな。私の言葉遣いが悪かった。ごめんなさい。
「なんというか子供の頃から騙されやすいしケンカには負けてかえってくるし、心配になる子でした。素直で善良ではあるのですが私から見るとどうも危なっかしくて……騎士団で成長してると良いのだけど」
「鶏鳴騎士団と言えば、身分の分け隔てなく鍛え抜かれた精兵の集う場所と聞いています」
その通りだ。弟は立身出世や自分に箔をつけるためではなく、強くなりたくて騎士団に入ることを願った。手紙のやり取りや漏れ聞こえてくる鶏鳴騎士団の評判を聞く限り、弟も強く成長しているはずだ。
でも、強いだけじゃ困るんですよね……。
ただ腕が立つだけでは騎士の職務などは勤まらないが、それでもなお弟が勉学に励んでいるかどうかは不安があった。
「はい。……ただ、もし弟が父の家督を継ぐとなれば二十歳そこそこくらいでしょう。そのときに領主らしく振る舞えるか心配なのです。もし弟が道を過ちそうなときや危機に陥ったとき、弟を助けてやってほしいのです」
「わかった、約束しよう。カーライル家の代が代わったとき、私は……そしてウェリング家は、必ず君の実家を助けると」
どちらともなく立ち上がり、そして互いの手を握った。
そしてアドラス様は、
「互いに、互いの大事なものを守ろう」
と言い、強く頷いた。
「はい……!」




