19話
約束は成った。
私と彼の間の、大事な約束だ。守るために体を張る価値があると思った。
粛々と、胸を張って履行しようじゃないか。
アドラス様の生真面目そうな顔に微笑みが差した。
私も、微笑みを返した。
「それではアイラ殿、申し訳ないが急ぎ自領に戻っては頂けぬか」
私がアドラス様の手を名残惜しく離したとき、ブルック様がやや気まずそうに声をかけた。
ごめんなさい、ブルック様の存在をちょっと忘れてました。
……というか、どうして二人きりになるタイミングが無いのだろう。
大体二人きりで話したいと思ったときがダンジョンの最下層だったり村の集会場の寝起き直後だったりヤクザまがいの貴族に襲われた直後だったり、なんか、こう、浪漫とは程遠くて納得がいかない。
ともかくブルック様の言うとおり、今はここは自分の屋敷に戻って……って、え?
「え、戻る? 戻って良いんですか?」
「うん? まずいか?」
あー、そっか、この人は戦慣れしていないのか。
「いえ、屋敷の方には文を出します。紙と筆をお借りしてよろしいですか? それと書き終えたら使いの者を出してほしいのです」
「では、アイラ殿は? 戻られた方がよいのでは……」
うーん……。
人の悪いことを考えるならば、ここは私を人質として家に帰さず援軍を求めた方が良いにきまっているのだ。お父様は、身内の人間関係についてはダメダメだが職務の上では割と公正な領主であり、こういう事態になれば「非はターナー家にある」と判断するはずだ。ターナー家と縁深く向こうの領主とは親しいが、いざというときにそれを切り捨てる非情さと紙一重の判断力をちゃんと持っている。
だが、万が一は常にありうる。何か私にはわからない理由があってターナー家の味方をする可能性は決してゼロとは言えない。ならば私の身柄をおさえてその万が一を潰したほうが良い。
……というか、個人の力量としてはこの場では私が一番だろう。
この人は私に「戦え」と命じるだけで良いのだ。
と、ブルック様に正直に言ってしまうとドン引きされそうなので言わない。
「いえ、許嫁の家ともなれば実家も同然。向こうの屋敷に行くわけには行きませんし……それに腕に覚えはあります」
「しかし……」
ブルック様はなおも逡巡しているが、私はこのまま帰るつもりはない。
「……やはり、奴は来るか?」
私の危惧を察したのか、アドラス様がそう尋ねてきた。
「はい」
「いつ?」
「今晩にでも。向こうはきっと既に準備しています。それを考えると私の方は、今から帰って手勢を纏めてる時間はありません」
恐らくコネルは私が居るのを見て一度引き下がりはしたが、攻撃する相手としては格好の獲物に見えたことだろう。雇いの冒険者はおらず、使用人達は怯え、前に出て来るのは私とアドラス様だけ。確かな勝算を見出したはずだ。もし仮に私が奴なら絶対にその日の内に仕掛ける。とても嫌な仮定だが。
「嫁入り前の身でこんなことを言うのははばかられるのですが、決着が付くまでこちらでご厄介になりたいと存じます」
◆◇◆
私とアドラス様でブルック様を説得し、滞在を認められた。
そしてウェリング家の使用人に部屋を用意してもらうこととなった。
「こちらになります」
使用人に案内されて部屋に入った。簡素な板張りの部屋で少し埃っぽい。
ブルック様達は私をもっと良い部屋を案内したがっていたようだが、そうなると玄関から遠すぎる。いつでも飛び出せる部屋を希望したため、使用人のための空き部屋を利用することとなった。今晩コネルが来ると踏んでいるが、もし来なかったら使用人と交代して不寝番も考えなければならない。
「ありがとう。ええと、ゴードンと言いましたっけ?」
「はい。……あの、アイラ様……本当に今晩、コネルが襲いに来るんですか?」
ゴードンという使用人が心配そうに尋ねてきた。
「来ます。そもそも昼間に来たのだって向こうは偵察のつもりです。たぶん。フィデルの他に強い冒険者が居ないかを確認して、勝てると踏んだはずですから」
「その……貴族同士の戦は、重い罪では……?」
「ああ、そういえばあなた、王都出身でしたっけ?」
確か二つ星のレストランで働いていたという話だ。それならばこういう田舎の事情に疎いのは仕方ないだろう。そういえばブルック様もその気配がある。この土地の者としての考え方に、今ひとつピンと来ていないと思う。
……あれ、もしかしてこの人の方が育ちが良いのでは。な、なんか自分ってここの家にふさわしいんだろうかと引け目を感じてしまう。
ま、まあそれは今は関係ないから深く考えるのはよそう。
「ええ、勤めていた料理店が王族のご不況を買ってしまって潰れちまいまして……。それでブルック様に拾って頂きました」
「なるほど……ところで、なんで貴族同士の戦が重い罪かわかりますか?」
「いえ、そういうのは疎いもんで」
「単純な話なんだけど……よくあることだから重罪なんです」
「よくあるんですか」
ごくり、とゴードンが生唾を飲んだ。
「このあたりは田舎で陛下の威光もあんまり届きませんから……誤魔化せるって高をくくってるんです。中央の方も田舎貴族どうしが適度に潰し合ってくれると出ていく金が減るので、見逃すことは割とあります」
「蛮族じゃないすか」
あ、意外と口が悪いぞこやつ。
「というか王都か陛下の直轄領くらいのものですよ、こういうケンカや抗争が無い土地なんて。田舎の貴族はだいたい従軍経験があるから、表向き陛下や王室に忠誠は誓ってても心の何処かで『戦で国を守ったのは王様じゃなくて俺達だ』って意識がありますから」
「そ、そうですか……」
だから王都出身の人間と田舎出身の人間の間で意識の差は大きい。魔術学校や貴族学校ではそれが顕著に現れて軋轢やケンカの原因となるのをよく見かけたものだ。また過去から続く軋轢や摩擦のせいで互いに不倶戴天の敵どうしという間柄の土地もあったりして、見知らぬ人間がどこの出身かを確かめるのはとても大事なことだった。
「まあでも、大勢で詰めかけて火矢を撃ってくるとか、魔術をばかすか撃って屋敷をぶち壊すとか、そういうことはしないはずです」
「なんでそう言えるんです?」
「それをやったら本物の戦争ですから。自分がやられても仕方ないってことになって今度はターナー家が他の貴族から狙われます。ウェリング家のための報復って大義名分もできますし」
「まさしく蛮族っすね」
私にそんなことをしみじみ言われても困る。
料理の腕は良いがお調子者だなぁ……。
「ま、貴族なんてそんなものよ。ともかくそういうわけで、コネルは決闘って形にこだわるはずです。衆目を集めて、一対一で勝ったっていうケチの付けられない結果が必要になるから」
ただし、自分に有利な条件を付けるだろうな。
「そ、その……闘いは、避けられないので……?」
「避けられないですね。でも」
「でも?」
「避けることはできなくても、勝ったり追い払ったりはできます」
ゴードンが、呆気にとられたような顔をしていた。
そんなに意外だっただろうか?
「あ、ところでアドラス様はいまどちらに?」
「工房の方に行っているかと。あちらに武具などがございますので」
「わかったわ、ありがとう」




