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幻想のカラディシア  作者: 空港ヨハンナ
Oic Adults

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84/84

1 ですわ

『幻想のカラディシア』が、純文学〔文芸〕ランキングで第2位となりました。


お読みくださった皆様、評価や応援をくださった皆様に、心より感謝申し上げます。


この作品では、ひとつの世界で生きる人々の、何気ない日常や営みを大切に描いていきたいと考えています。


これからも、カラディシアという世界を少しずつ広げてまいります。


引き続き、お楽しみいただけましたら幸いです。


よければブックマークと評価もお願いいたします。


モチベーションになります。

「ふっふっふ、また待ってるよぉ」


「ごちそう様でした〜」


「っした〜」


 お会計を終えたヴィルテは、預けていたコートを受け取り、ウィルヴェルとともに店を出た。


 からんころん。


 背後でベルが鳴る。


 途端に、冷たい風が頬を撫でた。


「さむっ」


「ねー」


 ヴィルテはコートの前を合わせた。


 時刻はすでに夕刻。


 空にはまだ明るさが残っていたが、街には夜の気配が漂い始めていた。


 建物の窓には次々と明かりが灯り、通りに面したカフェでは、店員がテラス席の椅子を片付けている。向かいのベーカリーからは焼きたてのライ麦パンの香りが漂い、通りを歩く若者が、紙袋から取り出したパンをちぎって友人に渡していた。


 ちらほらと雪が降っている。


 歩道の端には、昼間に降った雪が薄く残っていた。


 ヴィルテは息を吐いた。


 白かった。


「美味しかったですねぇ」


「ねー。ししょーの料理結構美味しいんだよね」


「また来たいです」


「来よ来よ」


 ウィルヴェルはコートのポケットに手を入れ、肩をすくめた。


 通りの向こうでは、キックボードを押して歩く若者たちが、何やら笑い合っていた。


 建物の外壁に沿って設けられたムーヴァーには、買い物袋を提げた女性や、仕事帰りらしい人々が乗っている。


 その隣を、毛糸の帽子をかぶった少年が小走りに追い抜いていった。


 どこからか、温かいスープの匂いがした。


 ヴィルテは鼻を鳴らした。


 お腹はいっぱいだった。


 それでも、美味しそうな匂いは美味しそうだった。


 そのときだった。


「……」


 ヴィルテは足を止めた。


 店の少し先に、一人の女の子が立っていた。


 十三歳くらいだろうか。


 スウェーデン人らしい、整った顔立ちの少女だった。


 灰色の瞳。


 その虹彩には藍色の光輪が浮かび、さらに外側を琥珀色の光輪が取り囲んでいる。


 魔法族だ。


 少女は、こちらを見ていた。


 いや。


 睨みつけていた。


「……?」


 ヴィルテは思わず、自分の後ろを振り返った。


 通行人が二人、談笑しながら通り過ぎていった。


 ほかには誰もいない。


 もう一度、少女を見る。


 やはり、こちらを睨んでいる。


「……」


 ヴィルテは、とりあえず会釈をした。


「……ですわっ」


 少女は何かを吐き捨てるように言うと、ぷい、と身を翻した。


 そして、どこかへ歩いていった。


「……?」


 ヴィルテは首をかしげた。


 何だったのだろう。


 見ると、少女は少し先で、一人の男性と手をつないでいた。


 三十歳くらいだろうか。


 人間の男性だった。


 黒っぽいコートを着て、落ち着いた足取りで歩いている。


 少女はその隣を歩きながら、何やら話しかけていた。


 男性が顔を向ける。


 少女が何か言う。


 男性は少し笑った。


 二人はそのまま、人の流れに紛れていった。


「……なんだろうね」


 ウィルヴェルが言った。


「……ウィルヴェルさん」


「うん?」


「危なくないですか?」


「何が?」


「変ですよ。人間と魔法族、親子ってことはないでしょう」


「あー」


 ウィルヴェルは、なるほど、という顔をした。


「リトアニアだもんね、ヴィルテちゃん」


「はい?」


「そんなことないよ。魔法族の遺伝子は優勢だから、両親のどっちかが魔法族でも、子どもは魔法族になる。ほぼ百パー」


「でも、あの子スウェーデン人ですよ」


「だね」


「あの男性はバスク系ですよ」


「うん」


「似てないじゃないですか」


「確かに」


 ウィルヴェルはあっさり頷いた。


 その間にも、二人の姿は遠ざかっていく。


 街灯がひとつ、またひとつと灯り始めていた。


 通りの角では、焼き菓子を売る屋台の店員が、小さな紙袋を客に手渡している。


「ありがとー」


「またねぇ」


 甘い香りが、冷たい風に乗って流れてきた。


 ヴィルテは、少女たちの背中を目で追った。


「ちょっと、後をつけましょう。事件の臭いがします」


「そう?」


「ぷんぷんします」


「ヴィルテちゃんって、ちょっと思い込み激しいよね」


「わたしの思い込みなら良いじゃないですか。万が一ってこともあります」


 ウィルヴェルは、しばらくヴィルテを見た。


 それから、小さく息を吐いた。


「……その考え方は、刑事になるわけじゃないなら捨てたほうが良いよ。正気を失うから」


「でも」


「何でもかんでも疑ってたら、きりがないって」


「そうですけど……」


 ヴィルテは口を尖らせた。


 ウィルヴェルはコートの襟を直した。


 横を、買い物帰りらしい親子が通り過ぎていく。


 母親が持っている袋から、長いネギが一本飛び出していた。


 小さな男の子が、それを引っ張ろうとしている。


「だめだってば」


「ちょっとだけ」


「折れちゃうでしょ」


 そんなやり取りが聞こえた。


 ヴィルテは、その親子をちらりと見た。


 それから、もう一度、遠ざかる少女たちを見る。


「……やっぱり、気になります」


「んー」


 ウィルヴェルは、少し考えた。


「わかったわかった。じゃあ、後をつけてみよう。どうせ何もないから」


「本当ですか?」


「うん」


「早く行きましょう」


 ヴィルテは歩き出した。


 ウィルヴェルも、その後に続く。


 雪が、また少し強くなっていた。


 街灯の下を通るたびに、小さな雪片が橙色に浮かび上がる。


 通りの向こうから、仕事を終えたらしい若者たちの笑い声が聞こえてきた。


 店先では、エプロン姿の女性が黒板のメニューを書き換えている。


 温かい料理の匂いと、濡れた石畳の匂いが混ざり合っていた。


 ヴィルテは足を速めた。


 しかし。


「……あれ?」


「ん?」


「あの二人、どこですか?」


 女の子と男性の影は、かなり遠くになってしまっていた。


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