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清洲の簒奪者

三河国境での勝利は、俺の経営資源を劇的に増大させた。領地と評判という名のブランドイメージを手に入れたことで、俺の元に集う兵は二千を超えた。もはや、ただの「うつけの私兵」ではない。織田弾正忠家でも最大派閥の一角と呼べる、強力な事業部だ。

資産は、有効活用してこそ意味がある。俺は、次のターゲットを定めた。

(親父は、もう長くない)

史実を知る俺には、父・信秀の寿命が尽きかけていることが分かっている。親父の死後、この「株式会社・織田」が骨肉の跡目争いでガタガタになるのは目に見えている。ならば、やるべきことは一つ。

親父が生きているうちに、この尾張を実質的に統一してしまう。親父という「会長」の威光を最後の隠れ蓑に、俺が次期社長として、競合他社を全て叩き潰す。

その最大の標的が、清洲城に居を構える尾張守護代、織田大和守信友。

血筋の上では、俺たち弾正忠家よりも格上。そして何より、尾張守護である斯波しば氏を傀儡として抱え、「尾張の正統な支配者」という大義名分を握っているのが厄介だった。

こいつを潰せば、尾張統一の九割は完了する。だが、問題は、攻め込むための「口実」がないことだ。

(口実がないなら、作ればいい)

俺は、那古野城の自室に、俺の誇る経営チームを招集した。

「さて、皆。これから清洲の織田信友を潰す。だが、ただ攻め滅ぼすのでは芸がない。我々が正義のヒーローとして、奴を悪役として断罪する。そんな完璧なシナリオが必要だ」

俺が提示した計画に、片目の軍師・山本勘助はにやりと笑い、藤林長門守は静かに頷いた。猪武者の柴田権六は「また、そのような策謀を…」と顔をしかめていたが、島左近は「面白そうだ!」と目を輝かせている。それでいい。役割分担だ。

作戦名は、「 ವಿಷವನ್ನು ಬಾವಿಗೆ ಹಾಕುವುದು」(Doku wo I ni ireru - Poisoning the Well)。

まず、月影衆を清洲の城下町に大量に潜入させた。彼らは、酒場や市場で、それとなく噂を流し始める。

「守護の斯波様は、信友様を見限り、那古野の若様(俺のことだ)に乗り換えようとしているらしいぞ」

「信長様から斯波様への密使が、頻繁に清洲に出入りしているとか…」

次に、決定的な一手を打つ。俺が書いた斯波義統しば よしむね宛の、体裁だけは丁寧な密書を、わざと警備の甘い道で「落とさせる」。もちろん、それを拾うのは信友の家臣だ。

『斯波様、ご決断の時は近づいております。信友の圧政、もはや看過できませぬ。我が兵二千、いつでも清洲へ駆けつける準備はできております故、合図をお待ちしております』

内容は、真っ赤な嘘っぱちだ。俺は斯波義統と一度も会ったことすらない。

だが、効果は絶大だった。

藤林長門守からの報告によれば、織田信友は俺の仕掛けた情報戦に、面白いようにかき乱されているらしい。

(小物のトップあるあるだな。実力がないから、自分の地位を脅かす存在に常に怯えている。猜疑心という毒は、そういう人間の心で最もよく育つ)

そして、ついにその日が来た。

追い詰められ、正気を失った織田信友は、自らの主君であるはずの斯波義統を、その息子共々攻め滅ぼしたのだ。

「…かかったな」

報せを聞いた俺の口元に、冷たい笑みが浮かんだ。完璧なシナリオだ。

俺は即座に、那古野の全軍に出陣を命じた。兵は、この日のために「大規模演習」と称して、いつでも動けるように準備させていた。

俺は兵たちの前に立ち、声を張り上げた。

「聞け! 尾張の正統なる守護・斯波様が、逆臣・織田信友の手によって殺害された! 主君を殺すなど、人の道に非ず! 我らこそが、斯波様の無念を晴らす義の軍勢である!」

「「「オオオオオオッ!!」」」

兵たちの士気は最高潮だ。大義名分ほど、兵を動かすのに有効な燃料はない。

清洲への進軍は、電撃的だった。

主君殺しの罪悪感と、まさか俺が即座に動くとは思っていなかった油断。清洲城の守りは、脆いにもほどがあった。

先陣を任せた島左近と柴田権六が、まるで競争するように城門を打ち破る。

「権六! 遅いぞ!」

「やかましいわ、小僧! 手柄は俺がいただく!」

あの柴田権六ですら、一度戦になれば頼もしい駒だ。

戦いは、半日で終わった。

織田信友は捕らえられ、俺の前に引きずり出された。

「なぜだ…なぜ、斯波様が裏切らぬと分かってくれなかった…」

「お前を信じなかったのは、お前の家臣だ。そして、お前自身だ」

俺は、そう言い捨てると、奴の首を刎ねるよう命じた。

こうして俺は、親父・信秀が生きているうちに、尾張の政治的中心地である清洲城と、守護代・織田大和守家の領地を、そっくり手に入れることに成功した。

これは、武力による征服ではない。情報と心理を支配して、敵に自滅の引き金を引かせた、完璧な「M&A(合併・買収)」だった。

古渡城の親父は、俺のやったことの全てを知って、激怒するだろうか。それとも、その手腕に戦慄するだろうか。

どちらでもいい。

俺は、尾張統一というプロジェクトの、最終段階への道筋をつけた。

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