国境のゲーム
俺の周りには、俺が自らスカウトした最高の経営チームが集結しつつあった。
軍師に山本勘助、実戦部隊長に島左近、CFO(最高財務責任者)兼COO(最高執行責任者)に内藤昌豊、そして諜報・特殊作戦担当に藤林長門守。
だが、親父(信秀)や織田家の古参の家臣どもから見れば、彼らはただの「素性の知れぬうつけの遊び仲間」だ。このチームの実力を、そして俺自身の経営手腕を、連中に認めさせるための分かりやすい「実績」が必要だった。
(デモンストレーションと行こうか。手始めに、株式会社・今川の支店でも乗っ取ってやる)
俺がターゲットに定めたのは、三河と尾張の国境で睨み合う、今川方の城塞群。特に、安祥城を本城とする支城ネットワークは、親父も長年手を焼いている厄介な存在だった。
「勘助、プランを立てろ。テーマは電撃戦だ。複数の城を、同時に、一日で落とす」
俺が無茶な要求を告げると、片目の軍師は不気味に笑った。
「承知。若様の考えることは、いつも常軌を逸していて面白い」
藤林長門守率いる月影衆が、数日のうちに目標となる全ての城の内部構造から兵の数、城主の性格まで完璧なレポートを提出。内藤昌豊が、その作戦行動に必要な全ての物資を完璧に揃えた。
あとは、最高の役者である島左近と、俺が鍛え上げた私兵たちが、舞台で踊るだけだ。
表向きは「鷹狩りじゃ!」と触れ回って那古野を出立。うつけの格好は最高のカモフラージュになる。
作戦前夜、月影衆が各城に潜入し、静かなる破壊工作を始めた。井戸に下剤を撒き、伝令の馬の蹄鉄を抜き、武器庫の前に障害物を積み上げる。地味だが、効果は絶大だ。
夜明け。俺の合図と共に、島左近率いる精鋭部隊が、霧の中から現れるように複数の城に同時に襲いかかった。
腹痛でトイレから出られない兵士、機能しない伝令、取り出せない武器。敵は内部からの静かなパニックと、外部からの嵐のような強襲で、なすすべもなく崩壊していった。
戦闘と呼ぶのもおこがましい。それは、完璧に計画された、一方的な蹂躙だった。
日が中天に昇る頃には、今川方の四つの城が、俺の手に落ちていた。
◇
「この、大うつけがぁ!」
親父の怒声が、古渡城の広間に響き渡った。まあ、当然の反応だ。独断で大々的な軍事行動を起こしたのだからな。
家臣たちの前で詰問される俺は、いつものように鼻をほじりながら、悪びれもせずに答えた。
「いやー、鷹狩りしてたら、目の前に城があったもんで。遊びで獲ってきましたわ」
俺が戦利品のリストと、捕虜にした城主たちの首を差し出すと、親父は絶句していた。その顔には怒りよりも、我が子の底知れなさに対する畏怖のような色が浮かんでいる。
その隙を、俺は見逃さない。ここからが、本番の交渉だ。
「親父、お願いがあります」
「…何じゃ」
「この度の褒美として、柴田権六殿を、俺の与力(配下)としてください」
広間がどよめいた。柴田勝家本人が、一番驚いた顔をしている。
俺が織田家随一の猛将を欲しがったのには、明確な理由がある。
第一に、島左近とは違う、猪武者タイプの猛将は、戦の駒として非常に有用だ。
第二に、織田家譜代の重臣である権六を俺の配下に置けば、勘助や左近といった新参者への家中の風当たりを和らげる緩衝材になる。
そして何より、いずれ俺の弟・信勝に付く可能性が最も高いこの男を、今のうちに俺の手元に引き込んでおく。来るべき家督争いに向けた、戦略的な人事異動だ。
親父はしばらく唸っていたが、俺の立てた功績を無視はできず、渋々「…許す」と呟いた。権六は不満そうだったが、主君の命令には逆らえない。
俺は、さらにもう一つ、交渉を仕掛けた。
「親父、今回獲った国境の土地ですが、那古野からは遠い飛び地で、どうにも治めにくい。つきましては、俺の那古野周辺にある親父の直轄地と、交換していただけませんか?」
これも、俺の領地経営戦略の一環だ。飛び地は防衛コストも統治コストも高い。那古野を中心に領地を一体化させれば、より効率的な支配が可能になる。
親父はもはや考えるのをやめたかのように、「好きにせい」とだけ言った。
こうして俺は、今川から奪った領地と柴田勝家を手に入れ、さらに自分の領地をより強固な一枚岩にすることに成功した。最高のディールだった。
那古野に凱旋すると、俺は早速、不満顔の権六を、勘助や左近たちに引き合わせた。
「権六、今日からお前も俺のチームの一員だ。よろしくな」
旧体制の代表格である権六と、俺が集めた新時代のプロフェッショナルたち。互いに睨み合う彼らの間に、火花が散るのが見えた。面白い。この化学反応が、織田家をさらに強くする。
俺は、まだ何も分かっていない猛将の肩を叩き、ニヤリと笑った。
「まあ、せいぜい俺のやり方に、ついてくるがいいさ」
親父の命が、もう長くないことを俺は知っている。
事業承継の日は、近い。そのための布石は、また一つ、着実に打たれた。




