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3. 魔法少女、卒業する



「――色んなことがあったなあ……。襲い来る八万の怪人の軍勢……それをばったばったとなぎ倒す私……そして現れる六大悪魔……。そして最後の敵、マジキャット。まさか語尾が伏線だったとは……。しかしマジキャットも傀儡に過ぎなかった。全ての敵を倒した時、正体を表した真の敵、オペ子。今、最後の戦いが始まる……」

「一体何の話をしてるんです? ししょー」

「今朝見た夢の話」

「全くマホはひどいマジ。この語尾はただのキャラ付けマジ」

「キャラ付けだったの!?」


 他愛のない会話をしながらだらだらと歩みを進める。

 時は夕方。赤みを帯び始めた空から差す光が、影を長く伸ばしている。

 周りには大勢の人、人、人。アニメのキャラクターらしきお面を付けた子ども。浴衣を着たカップルらしき二人連れ。軒を連ねる屋台から、威勢の良い呼び込みの声が聞こえてくる。

 ここ、影野神社では、今まさにお祭りが行われている最中だ。

 私がでし子とマジキャットを連れてここにいる理由は、お祭りを楽しむためではなく悪魔の反応があったため。

 でも――


「……何にもいないね……」

「いませんね……」


 ここについてから小一時間ほど見回りをしているけれど、悪魔も怪人の姿もない。それどころか人々には活気と笑顔が溢れていた。


「気を抜いてはいけないマジよ。まだ反応は消えてないマジ」

「分かった」


 あまりの平和さに抜けかけていた気を入れ直して見回りを続けると、しばらくして唐突にでし子が声を上げた。


「――あっ!?」

「何!? 出たの!?」

「魔法少女ミラクリンのお面!!」

「…………」


 魔法少女ミラクリン……現在再放送中のアニメだ。

 たまたまテレビを付けた時に映ったものを、懐かしさとともに眺めていたら、横で見ていたでし子が大ハマリしてしまった。


「ししょー! 買って買って!」

「でし子……私たち、ここに何しに来たと思ってるの?」

「お祭りに参加するため!」

「仕事よ仕事!」


 うう……胃薬飲みたい……。


「まあ、いいんじゃないマジか? もしかしたらそれがきっかけで覚醒するかもしれないマジ」


 そんなことあるかなあ……。

 しかし、いつになったらでし子は魔法少女の力に目覚めるのか。色々やったんだけど……。


「わ、やったー!」


 魔法少女のお面をつけてはしゃぐでし子。

 ……ま、いいか。今の所は。何か動きがあった時に、私が対処できるようにしとけば……。


「お祭り終わっちゃったよ!」


 祭りの間中ずーっと警戒してたのに、悪魔どころかその影すら見つからなかった。

 既に周りに人はいない。

 残ったのは私たち三人と、祭りの後の寂寥感だけだった。


「妙な気配は常にあるマジが……」

「それ、この神社に元々あった何らかの力を勘違いしただけじゃないの?」

「……そうかもしれないマジ。悪魔が干渉するのは人の心。人がいなくなった時点でまだ気配があるということは、それは悪魔によるものじゃないと考えていいと思うマジ」

「何だ……損しちゃった……」


(それなら私も、でし子みたいにお祭り楽しめば良かった……)


 お面を頭にのせ、左右の手には綿飴とりんご飴を持つでし子を眺めながら思う。


「一応この神社を調査して、それから帰るマジ」

「そうだね」

「はい!」


 という訳で、参道を奥に向かって進む。


「……ところでこの神社ってどんな効能があるんですか?」


 効能て。一気に俗っぽくなるな。


「ここは長寿祈願で有名な所マジ。若さを保つということで、特に女性に人気マジ。ちょうど拝殿についたことだし、マホもついでにお参りしていくマジか?」

「どういう意味?」


 拝殿に着いた私たちは詳しく辺りを調査してみたものの、特に変わったところは見られなかった。


「まあ、メインは本殿マジ」

「本殿って……仕方ないか」


 普通は入れない所だろうけど、そんなこと言ってる場合じゃない。

 許可は上がとってくれるだろうし。


 私たちは一般人の利用する参道から逸れ、本殿へ進み始めた。


 ――変化は、すぐに訪れる。


「気配が濃くなったマジ……」


 それは、私にも感じ取れるレベルだった。

 いつもの、悪魔の気配……。


「ということは、悪魔ないしは怪人が本殿に隠れてる?」

「……まあ、すぐに分かるマジ」


 でし子に警戒を促しつつ、本殿へと近づいてゆく……。


「うわあ」


 なんか……黒い。

 実際にそう見える訳ではないけれど、そう表現するのが適切なくらい、その本殿は怪しい気配に包まれていた。


「マホ、変身を――」


 ドガァッ!!


「――ッ!?」


 マジキャットの言葉が終わらない内に、それは起きた。

 突然の破砕音。

 飛び散る木材の破片。

 本殿の扉を突き破って出てきたのは――


(――手?)


 人間の手のような、黒い影。しかも、それが何本も飛び出してくる。


(速いっ!!)


 変身する間もなく、無数の手によって拘束されてしまう。


(油断した――)


 もがいてはみたものの、鋼鉄の檻に閉じ込められたが如くピクリとも動かない。

 私はその手に拘束されたまま、本殿の中へと連れ去られた。


(な――)


 中にいるのは影手を操る怪人――その私の予想は裏切られる。

 中にあったのは、予想外のモノ。

 それは、こぶし大の歪な球形をした石だった。無数の手はその石から伸びていた。


「マホ!!」


 砕かれた扉の隙間から、マジキャットが入ってくる。


「マジキャット!! これは一体!?」

「分からないマジが……恐らくこの神社の御神体に、人々の思いが蓄積されていたマジ……それを悪魔に利用された……そんな所マジか。それよりも、早く変身するマジ!!」

「それが……」


 さっきから、ずっと変身は試みていた。しかし、どういう訳か何の反応もないのだ。


「まさか、変身できないマジか!?」


 マジキャットには珍しい、本気の驚愕。その一瞬の隙を、影手は見逃さなかった。


「危ないマジキャット!!」


 警告虚しく、マジキャットも手に囚われてしまう。


「これは……ピンチマジね……」

「この怪人……いや、怪神社? は一体どんな能力を……」

「力を感じるマジ……心と身体の時を進める力……老化の力を……」


 老化――


 そっか。そういうことか。

 私が魔法を使えない理由……それは、この敵の力の源泉たる恐怖が、私の内にもあるから……。


 魔法少女でなくなる恐怖――

 魔法を使えなくなる恐怖――


 私の願い。私の夢。

 悪魔の恐怖からみんなを守ること。魔法少女のいらない平和な世界――

 けれど、実際は……。


 時を重ねるにつれて、無意識の内に降り積もる疑念。


『悪魔の脅威は、永遠になくならないのでは?』


 倒しても倒しても、減るどころか増える悪魔の被害。

 それは、人の世に負の感情がなくなることはないから。豊かな国では太ることは悪いこと。でも貧しい国ではそれは善いことだ。


 人の世界が変わるのに合わせて、善悪の価値基準も変わっていく――


 悪魔を退けるための完全なる平和――

 その存在にたいする疑念――


 私自身が「善きもの」の象徴でなくちゃいけないのに、その自信を失ってゆく――


 大人になるにつれ現実が幻想を侵食し、子どもの頃のような、幻想で現実を塗り替える力――魔法の力――が少しずつ、けれど確実に弱まるのを感じていた。

 最初は理屈はいらなかった。私の力は細かいことを抜きに幻想を現出させた。

 しかし最近は、魔法を成立させるために、形だけとはいえ理屈が必要になった。しかもそうやって労力を割いたにも関わらず、生まれる力は全盛期には到底及ばない。

 だからあの時、でし子の肥満は完全には戻らなかった……。


「ししょー!!」


 でし子が、やって来る。

 でし子……私の希望が。


「何やってるんです!? 早く倒してください!!」

「それが……ちょっと、無理かも……」

「そんな訳ないでしょう! 師匠が負ける気なんて全くしません!」


 でし子の目が、昔の私と重なる。

 疑うことを知らない、キラキラと純粋に輝く瞳――

 私は、そんな信頼を寄せられるほどの強さは持っていない。師匠として強い人間のように振る舞ってはいたものの、実際は結構無理をしていたのだ。


(負ける気がしない、か……。あれ――?)


 その言葉――

 そして、最近お世話になっている薬――


 その二つが合わさった時、閃きが脳を揺さぶる!


「――あっ!?」

「何か気付いたマジ!?」

「『負ける気せぇへん地元やし』と『大正漢○胃腸薬』はリズムが同じだ!!」

「この状況でソレとかマホは本当に天才マジね!?」


 ――と、ふざけてはみたものの……。


「……ダメだ。欠片も魔力が出せない」


 影手の「老い」が侵食する乾いた心は、そんなおふざけ程度では潤せなかった。既に、心が敗北を認めてしまっている。


「いよいよ、お終いマジか……」

「ごめん、マジキャット……」

「良いマジ。むしろ、良く戦ったマジよ……。本当に長い間、一緒に過ごしたマジね……。最初に出会った頃は、こんな風になるなんて想像もできなかったマジが……ま、悪くないマジ」


 そう語るマジキャットは見て分かるほどの速度で老いてゆく。伸びる毛の根本は白く染まり、しなやかな身体はしなびていった。

 そして、私も――


「え? え? ししょー、嘘ですよね? いつもの冗談ですよね?」

「だったら良かったんだけどね」


 しわがれ始めた声ででし子に語る。

 託す。

 希望を――


「でし子……結局、師匠として何もしてやれなかったけど……あなたが立派な魔法少女になれるって信じてる。私にはできなかったけど、あなたなら……。だから、今は、逃げて。夢を、希望を、ここで終わらせないで!」

「い、いや……」


 今は、全ての影は私たちを抑えるのに全力を使っている。しかし、私たちの力が弱まれば、影はその魔手を速やかにでし子に伸ばすだろう。


 そして、その時はもうすぐそこまで迫っている。


「早く!!」


 影手が私から離れる――すなわち、私の命が尽きる――それを感じ取った、その時。


「い、いやああああっ! ししょーを、離せえええええっ!!」


 光――

 圧倒的な光の奔流が、でし子から放たれた。

 私たちを拘束していた影はあっという間に呑み込まれ、体が自由を取り戻す。


「な――っ!?」

「す、凄い魔力マジ!? でし子はこんな力を持っていたマジか!?」

「で、でも何で今になって……?」

「さっぱりマジ!!」

「――あっ!?」

「何か気付いたマジ!?」

「魔法少女ミラクリンのお面!!」

「なるほどやっぱりあれがきっかけになったマジね!!」


 光の奔流によって影を纏った石が浄化され、ただの石ころと化した頃。

 弱まった光の中から、でし子が現れる。


「あ……」


 その姿は――

 フリルを多用した服。ツインテールの髪型。宝石をあしらったステッキ。

 それは紛れもなく魔法少女の姿。私が、でし子が、皆が憧れた魔法少女の――


「師匠。マジキャット。ありがとう……」

「「???」」

「私、魔法少女にとって一番大切なものが何か分かっていなかった……忘れていた……。そう。それは、誰かを守りたいという想い。その想いこそが、少女を魔法少女に変身させる。二人は自らの身を危険に晒してまで、それを私に教えてくれたんですね。おかげでようやく目覚めることができました」


 …………。


「うんうん、よく気付いたマジね」

「その通り。それを理解したでし子はもう一人前よ。……これからは一人でやって行けるね?」

「……はい。寂しいですけど」

「そっか……。それじゃあ、でし子! 今、この場で、あなたの卒業を言い渡します!」

「はい!」


 そう言って笑うでし子は、心なしか一回り大きく見えたのだった。






エピローグ


「ふう……」

「どうしたマジ?」

「いや、何だか静かになったな……と思って」


 高級マンションの広い部屋。帰ってきてから、やけに部屋が広くなった気がする……。

 つい最近住人が三人になったかと思えば、また二人になった。三人だった期間は短いはずなのに、なぜだかそんな気がしない。


「そうマジね……騒がしい子だったマジから」

「ところでマジキャットは……まだここにいるんだよね?」

「でし子担当の新しいマジキャットが来るまでマジね。ま、すぐだと思うマジが……」


 そっか。

 もうすぐ、一人になるのか……。


「……念願の退職が叶った訳だし、これからは遊び暮らすかな~」

「良いマジね。故郷に帰ったら、たくさん遊ぶことにするマジ」


 何となく、何もする気になれずにゴロゴロしながらマジキャットと話していると――


 ドッガアアアアアアアン!!


 ――突然。

 あまりにも突然に、爆音とともにマンションの壁が砕け、そして――


「待てええええっ!!」

「た、助けてくださ~い!!」


 その穴から、怪人とおぼしき男とでし子の姿が!!


「ちょ――え――何!?」

「あれから魔法少女としてお仕事をこなそうとしたんですけど……。ししょーがピンチになってないと、上手く力が発揮できないみたいで……。だから、ししょーにピンチになってもらおうと!!」

「はあ!?」


 フザケンナ!!

 でし子には説教かましたいところだけど、今はそんな暇がない!!


「マジキャット!」


 みすみすピンチになる訳にはいかない。だから、変身を――


 どくん。


 私は、もう――


「大丈夫ですよ」

「――でし子?」

「ししょーちゃんとマジキャットちゃんなら、大丈夫です!」


 本当に?

 確かに、何故かそんな気がするけど――

 って、


「「何ちゃん付けしてる(の/マジ)!!」」

「だって、ほら」


 そう言って、でし子が鏡をこちらに向けた。

 ――――。


「「若返ってる――――!!!」」


 まさか、でし子の魔法で!?

 元に戻すだけじゃなく、若返りまで!? いくら何でも常識外れすぎる!!


「てか何で気づかないのマジキャット!? 私の姿を見て!!」

「ヒューマンの老若なんて分からないマジ!!」


 あ、そういうことか……そしてそれは私も同じか。

 猫なら分かるけど、魔法猫はなあ……。


 それにしても――


「……はあ、こんな奇跡を見せつけられちゃあ」

「信じない訳にはいかないマジね」


 希望を――

 私たち自身の力を――


 ざっ。

 距離をとって怪人と対峙する。


「やれやれ、でし子の卒業はまだまだ先になりそうね」

「マホ。顔がにやけてるマジよ」

「そういうマジキャットこそ」


 どちらからともなく笑いが起こる。

 一つ息を入れて、私は叫んだ。


「いくよ、マジキャット!」

「了解マジ!」


 ――結局。

 ドタバタな日々は、この先もまだまだ続きそうです。




おしまい





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