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IRIS  作者: mono
第一章 Eustoma―花嫁の感傷―
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「環那さん!わたしと城下に参りましょう。」



◇ ◇ ◇



翌日、環那はカルトとともに氷晶の風景の中を散策していた。

改めて間近で見ると人間世界の自然の原理からは、何もかもが外れている。

正にジエロ領は、絵本の中の御伽噺に出てくる様な幻想的な世界だった。

まるで氷の女王が治めていそうな印象を受ける。


何故、環那が城の外にいるかというと、時は少し遡ること二時間前。

何をすることもなく、自室でグレイシアが揃えた古今東西の本に目を通していた。

そんな環那に冒頭の言葉が掛けられたのが今朝のことだった。



「カルト様はどうして私をお誘いになったんですか?」


環那はふと、疑問に思ったことを口にした。

そんな環那の疑問にカルトは一瞬呆けた表情を零したが、ふわりとどこか勝気な微笑みを浮かべる。


「わたし、貴女と仲良くなりたいんですの。」

「……私と?」

「ええ。少しはランスロット卿に対するあてつけもありますけど、純粋に貴女と仲良くなりたいと思ってますわ。」


そう言ってカルトは環那の手を取り、導く様に歩き出した。

その足取りには全く迷いはない。

元から今日は環那を連れ出すつもりだったのだろう。


「さあ、取り敢えずは環那さんの服を揃えますわよ。」


少し歩き、カルトが足を止めたのは一つの氷の屋敷の前だった。

雲で僅かに遮られた太陽の淡い光を浴びて、その氷の城は七色の光りを放つ。


「あの、ですがカルト様、私の部屋には既に服があったのですが。」

「ああ、それはランスロット卿が環那さんのために揃えたものですわ。」

「私のため?」


その環那の問い掛けにカルトは何でもないように頷く。

少しばかり驚きを浮かべる環那に対して、寧ろそれが当然であるかのように。

興味本位で覗いた部屋のクローゼットの中には、人目で高級なものであると分かるドレスや、品の溢れる日常着、そして環那の出身地である東の地、ジパングの民族衣装など、様々な和洋折衷な衣服が掛けてあったのだ。

それに驚き、何事もなかったかのようにクローゼットを閉めたのは、まだ記憶に新しい。

確かに環那はほんんど身一つで嫁いで来たようなもので、衣服すら満足に持って来れていないが、さすがにあれはやりすぎだろう。

そもそも、何故グレイシアが環那の出身地を知っているのだろうか。

ふと気になった環那は隣を歩くカルトを見た。



「カルト様、聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」


唐突な環那のその言葉に、カルトは一瞬呆けたような表情を零したが、次の瞬間にはすぐに美しい貌は綻んだ。

その先の言葉を続けるようにと、カルトの瞳が環那に向けられる。


「部屋のクローゼットには、私の母国の衣装があったのですが、何故でしょう?グレイシア様には私が極東の島国出身であることは伝えていないのですが」


困惑を湛えた声音が、カルトの鼓膜を揺らす。

そんな環那に、カルトは控えめに笑い声を漏らした。

更に環那は首を傾げる。


「貴女は伝えていないでしょうが、あの方は知っていますわ。そんなこと。」

「何故、ですか?」

「当たり前でしょう。この世の何よりも大切な唯一の伴侶ですわよ。生まれたその時から、見守ってきたに決まっていますわ。」

「見守ってきた?」


カルトの言葉を確かめるように反復する環那に、カルトは頷いた。


「あの方は貴女が生まれる前から貴女を見初め、生まれた時から貴女の成長を見守ってきたのですわよ。貴女の出身地を知らないなんて、有り得ないでしょう?」


クスクスと鈴が鳴るような声で笑うカルトに、環那は驚いた眼差しを向ける。

―――それは初耳だ。

今まで全て、彼に見られていたなんて聞いていない。

赤子の時も、母国で過ごした幼少期も、伯爵家に引き取られた後の生活も、何から何に至るまで全てを見られていたなんて。



「ですが、あの方には、どうしても耐えられないことがあったそうですのよ。」

「?」

「それはね、貴女が他の男の婚約候補者になったことですって。」


環那は更に目を見開いた。

そんなことまで知っていたのか、彼は。

環那がカテドラル公爵家の嫡男であるシエルの婚約候補者の一人であることは、貴族達の中でも余り知られていないことだ。

それはリッツェベルト伯爵に頼んでもらって、秘密裏にしてもらったからだ。

カテドラル公爵家は皇帝の次に権力を持つ。

そんなカテドラル公爵家の嫡男ということは、近い未来、彼は当主としてその権限を振るうということになる。

それ故に環那を始め、複数の婚約候補者が彼には用意されているのだ。

彼が見初めた者が妻に、その他にも気に入った女がいるのであれば、側妻や愛人にでもと。


しかし、環那はシエルとの婚約など望んでいなかった。

自分は彼には釣り合わないと思うのも事実であるし、何よりこの国の重要貴族とは縁を結びたくなかったのである。



「環那さんはそんなに彼を相手にはしていなかったようですが、彼の方は多くの女性の中でも、貴女を贔屓していたようですわね。」

「―――!」

「そのことが余計に、あの方を腹立たせたようですわ。」


その言葉とは裏腹に、カルトは良い笑顔でそう言う。

まるで、ざまあみろ、と言わんばかりの笑みだ。


「貴女はまだ竜のことも、あの方のことも何も知らないでしょう。あの方に聞けば、貴女の知りたいことは何でも教えてもらえるますわ。」

「……私の知りたいこと?」

「そうですわ。環那さんは何を知りたいんですの?」


カルトが微笑みを浮かべて、環那の顔を覗き込んだ。



「私は―――」




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