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ぼくらに与えられた客間に、マクグレイヴ家の使用人が現れたのは翌日の早朝のことだった。
まだ窓の外が暗い時間に、ランプを手に現れた使用人は、そっとマックスに声をかけた。
「マクシミリアン様。アルドリック様がお目覚めです」
寝ぼけた声で返事をしていたマックスが、その言葉でガバッと体を起こす。
そっとベッドから抜け出し、使用人の後について部屋を出ていった。
ぼくはベットの中で、そのやりとりに聞き耳を立てていた。ゆっくりと目を開く。
隣のベッドには、アスがぼくの方に体を向けて眠っていた。早朝の薄闇の中で、その目が開いているのが見えた。
ぼくらは言葉を交わさなかった。
アスは口元を、わずかにほころばせてから、その瞳をゆっくりと閉じていった。
※※※
朝食の時間になっても、マックスは戻ってこなかった。
料理は、ぼくらのために客間に運ばれた。その食後のデザートの最後の一口を、アスが口に運んでいたとき、その手がふと止まる。
部屋の扉がノックされ、返事を待たずに、扉を開けて入ってきたのはマックスだった。
髪の毛はボサボサのままだが、表情は明るさに満ちていた。
「親父が……助かった」
その言葉に、ぼくらはうなずきだけで応じる。
「すぐ、来れるか? 親父が呼んでる」
ぼくたちは手早く身支度をして、マックスの後をついて客間を出る。
部屋に入ったとき、アルドリックは昨日と同じく、ベッドに横になっていた。
ただその目には昨日はなかった力が戻っている。
ベッドの隣には、ヴァレンティンが座っていた。
ヴァレンティンはぼくらとうなずきを交わす。
「……アルドリック様?」
アルドリックが、力ない震える腕をベッドに立て、体を起こそうとしていた。
その体をヴァレンティンが慌てて支えようとするものの、アルドリックが苦しげな表情のまま口を開く。
「いい。……大丈夫だ」
そのまま、アルドリックは上半身を立てた姿勢になり、弱々しくはあったが、ヴァレンティンへ向けて笑ってみせた。
「……命の恩人たちの前で、寝たまま話すのも失礼だろう?」
マックスが小さくため息をつく。
「病み上がりなんだから、大人しくしてろよな」
アルドリックが苦笑するが、やがてその顔は微笑みに変わる。
それから、その目はマックスの後ろに立つぼくとアスの方へと向いた。
「話はマクシミリアンとヴァレンティンに聞いている。お二人には、本当に世話になった」
ぼくは首を横に振る。
「しかし、驚かされたのはジン殿だ。マクシミリアンの仲間とは聞いていたが、まさか、あなたが指揮を取っているとは、誰も思わないだろう。アス殿ならわかるが、こんな少年が……」
「こんな少年だからこそ、あんまり警戒されなくて助かってます」
アルドリックは大きくうなずく。
そして、少しだけその表情が翳り、アルドリックの体がグラリと揺れる。素早くヴァレンティンが席から立ち、その体を支える。
「……すまない、ヴァレンティン」
ヴァレンティンがそっと、ぼくらへ目配せをする。
「では、長居してもお体に障ります。お暇させていただきますが、最後に一つだけ。……ナザリオというエルフは、以前からご存じでしたか?」
その名前が出た瞬間、視界の隅でアスがピクリと揺れたのが目に入る。
アルドリックは、少しでも何かを思い出そうとしていたが、やがて首を横に振る。
「いや、あのときがはじめてだったはずだ。ザハークという商人もだ。……その二人、そしてあの結晶については、すぐにでも調べさせるつもりだ」
アルドリックのその目には、憤りに似た確かな決意が宿っていた。
※※※
アルドリックの部屋を辞した後、客間に戻ってしばらくすると、やがてマックスが部屋へと入ってきた。
「ジン、少しいいか。これからのことなんだが……」
ぼくらと同じテーブルに腰を下ろしてからも、マックスは少し話を切り出しにくそうにしていた。やがて、小さくため息をつく。
「親父と話をしたんだが、しばらくこの家に残ることになりそうだ」
ぼくは首をかしげる。
「もともと、その予定だったんじゃないの? ヴァレンティンが、事務手続きがあるって、数日滞在するようにお願いしていたじゃないか」
「それが、その……俺の名義だけの話じゃなくなったんだ。親父が、今回の件で思い知ったらしいんだな。今後も、急に何が起こるかわからない。元気なうちに決められるものは、全部決めておきたい、って言い出してる」
「つまり、数日どころじゃなく、しばらくかかる?」
ぼくの問いかけに、マックスは渋い顔をしてうなずく。
「親父も病み上がりだから、無下にも断れなくてさ。あんまり長くならないのなら、付き合ってやりたい気持ちもあって……かまわないか、ジン?」
ぼくとアスは目を見かわす。しばらくではあっても、マックスがいなくなるのは痛い。
だが、アスは小さくうなずく。ぼくも同じ気持ちだった。
「それでいいと思う」
「……助かる」
マックスの表情が明るくなる。
「あと、これは親父からの提案だ。俺がここに残る間、二人も一緒に滞在して欲しいそうだ。……魔獣の魔法が今後も影響を及ぼすかもしれないし、せめて体調が戻るまで、ここにいて欲しいんだとさ。たぶん、本音としては何かお礼をしたいってところなんだと思うんだが――どうかな?」
ぼくはアスへと目を向ける。
アスもまた、静かにぼくを見返していた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回の更新を一区切りとして、しばらく執筆をお休みします。
ここまで書いてきて、ジンとアスの物語もかなり長くなってきました。
次の章についても大まかな構想はできているのですが、いったん別の作品を書いたり、少し時間を置いたりしながら、また続きを書いていこうと思っています。
次章では、マックスと離れて街へ戻ったジンとアスの二人を中心に、これまで少しずつ描いてきたアスの過去にまつわる話へと進んでいく予定です。
再開時期はまだ決めていませんが、また続きを書きたくなったときに戻ってきます。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




