01
「どんなお坊ちゃんかと思ったら……ずいぶんと、その、みすぼらしい」
それがギルドマスターと呼ばれて現れた、その男の放った第一声だった。
『手強いガキが来た』そう伝えられていたせいもあったのだろう。
少しぼくの外見が、想像と違っていたらしい。
でも、こちらとしても、ギルドマスターと聞いてイメージしていたタイプとは少し違う。
ギルドマスターは、元々ギルドでも困難な依頼をこなすなど、優秀な成果をあげた人間が選ばれるらしい――だが目の前のギルドマスターは、茶色の長髪に細面の、少し頼りなさすら感じられるタイプだ。
口は悪そうだ。だが、笑顔の感じは悪くない。
「そっちも、ギルドマスターにしては、ずいぶんな優男だね。……ただ、そんな物言いをするからには、ぼくたちの持ってきたヒドラの革には興味はないってことかな?」
「もちろん、それとこれとは別問題です。生来、口が悪くてね。さて……」
ギルドマスターが、先ほどぼくらがカウンターの上に置いたヒドラの革を見つめる。
魔力の流れを感じ、ぼくはそっと背後にいるアス――アスフェリアへと視線を送る。
ヒドラの革に魔力が注がれ、仄かな光を放つ。
不思議な魔法だった。少なくとも、ぼくらに向けられたものではない。
魔力がヒドラの革を通過した様子を見ると、鑑定魔法の類らしい。
「どうやら、本物のようですね。……このヒドラの革は、どうやって手に入れたので?」
「別に、普通だよ。狩ってきただけだ」
「ヒドラは、そう容易く狩れる魔物ではないはずですが? 少なくとも、命がけだ」
「だから、高く値段がつく。そうだろう? それで、買取価格はいくらになる?」
「……継続的な取引は可能と伺いましたが?」
「そのつもりだ。もし取引ができるのなら、また狩ってくる」
「取引ができないとすれば?」
「他に持っていくだけだ。つまり、別の街へ行く」
ぼくのその言葉に、ギルドマスターが眉をひそめる。
やがて、ふぅ、と息を吐く。
「結論から述べましょう。わたしたちは、これを買い取ることは出来ない」
「……それは、残念だな」
ある程度、予想された答えだった。アスのことは、どうやら、ギルド中に警告が発せられているらしい。
いわく、単身のエルフが持ってくる貴重な素材を買い取るのは、推奨されない。
それなら。
「じゃあ、こういうのはどうだ? あんたは、アスからじゃなく、ぼくからこのヒドラの革を買い取る」
「……少し、無理のある話のようですが」
「いいや。別にぼくは、アスが狩ってきたとは言ってない。そして狩る方法は、ぼくらの企業秘密だ。……その結果、革の所有権はぼくにある。そうだろう、アス?」
「そのとおりだ」
アスの答えには何のためらいもない。
「その上で、もう一度聞かせてもらおう。ぼくからヒドラの革を買い取ることに、何か問題があるかい?」
軽く手の甲でヒドラの革を叩いてみせる。
ギルドマスターは少しの間、渋い顔をしてみせる。
当たり前だ。詭弁にすぎない。
でも問題は、その詭弁には利益がついてくるということだ。
ヒドラの革を継続的に納入出来るのは、ギルドにとっても十分な利益になる。
「ギルドの規約上、明らかに虚偽の説明を受け入れることは難しい。なので、お聞きします。あなた方の関係は?」
ギルドマスターは、ぼくとアスに交互に目を向ける。
「家族だ」
先に聞こえてきたアスの声に、ぼくはつい目を向けてしまう。
……交渉はぼくに任せてって言ったのに。
でもその説明は、ウソではない。
「見たところ、血の繋がりは、なさそうですが。いや、でも、それが家族ではない、ということにはならないか……あえてこっちが詮索しないとすれば……」
意外そうな顔を見せた後、ギルドマスターは独り言のようにつぶやく。
最後にじっとヒドラの革を値踏みするように見つめた後、ギルドマスターは小さくため息をついた。
「わかりました。買い取らせていただきましょう。もちろん、あなたから。みすぼらしい、なんて言って申し訳ありませんでしたね」
「構わないよ。あんたが言ったように、それとこれとは別問題だ。いい取引になれはば、それでいい」
「……ただし、取引にあたって、一つだけ条件があります」
その手の言葉が続けられることを、ぼくは予期していた。
ギルドはあくまで組織だ。
そして、いくら利益があったとしても、単なる詭弁だけで継続的な取引を押し通せるとも思えない。
ただ、その条件交渉は望むところだ。
アスには出来ない、不当な取引を覆すこと。
それこそが、ぼくがここにいる価値なのだから。
※※※
……そもそものはじまりは、荒野で目を覚ましたぼくが、アスに保護されたところだ。
最初は、この世界のルールがわからなかった。
ただある日、日常が壊れて……気づけば慣れ親しんだ生活の続きではなく、この見慣れない世界の一部になっていた。
そう、そのあたりから話をはじめよう。
ぼくとアスとの、この物語を。




