第47会 紅泉の翡翠
今日も今日とて訪問。
完全に毎日ではないけどたくさん来たいね。
「あ、来たわ。」
「こんばん……、あれ。
リーフェ一人じゃないんだ?」
「なによ、私がいたら迷惑?」
「ウリエル様、僕憧れだって言ったのにー。」
「あはは、覚えてるわよ。
ありがとう。」
「お礼言ってくれるんですね……。」
「いけなかった?」
「いえ。」
「ウリエル様には凍ってる革のグローブを、
シュライザルには燃えてる革のグローブを。
最奥の部屋で戦ってもらいましょう。
ミカエル様からのご指示なので。」
「はーい。」
「き、気が進まない。」
最奥の部屋につくとウリエルはスピアを召喚。
対する僕はフェーパを撃つために構える。
「はじめ!」
リーフェの掛け声とともに同時に飛び出す二人。
スピアを振り下ろすウリエル。
フェーパを乗せた握りこぶしを振りかざしてスピアを跳ね返す。
「結構攻撃力落ちるわね……!」
「本当に互角になりそう……!」
魔法が乗ったウリエルのスピアの軸が左の頭を掠める。
「ん?」
何かおかしい。
「はぁっ!」
突きが来る。
かわしたときに気づいた。
左目が見えていない。
「ま、待って!」
「戦いで待つバカがいると思う!?」
「左目が見えない!」
「へ?」
そこまで言ったらウリエルの攻撃がやんだ。
「シュライザルー?」
左目の視野からウリエルが舞うが何も見えない。
「マジで見えてないなこれ。」
「見えてないんですって。」
「リーフェ!シュライザルの目がおかしい!」
「はいはーい。」
早々に中断した戦いから、リーフェが左目を見に来る。
「……ウリエル様、神聖魔法を使いましたね?」
「使ったよ?」
「シュライザルは地球人です。
天使の魔法を食らったらひとたまりもないですよ。」
「あー、そうだっけ。
ダメなんだ?」
「一時的なものですけど、避けていただければ。
地球人に出る典型的な失明症、ぴょうみょうが出ています。」
「リーフェ、治るのこれ。」
「いつぞや、ミカエル様にお薬処方されたの覚えてる?」
「覚えてる。
イルパゴンとエルフレイルだったね。」
「エルフレイル濃い目に配合したイルパゴンを
目薬にしてさせば治るわよ。」
試験管セットを取り出すリーフェ。
ピペットを押しながら薬を調合している。
「はい、できた。」
完成した目薬をリーフェが差し出す。
「ほい。」
ちょいちょいと目薬をさす。
……すぐには効かないようだ。
「シュライザルー?」
「はい?」
左目の視野角にいるウリエルを見るため、
結構動かなければならない。
「……ごめんね?」
「治らなかったら困りますけど、
一応治るものなのでお気になさらず。」
「……申し訳ないな。
シュライザルが強いから本気になっちゃった。」
「お。
そう言っていただけるの嬉しいですね。
グローブの効果とはいえ足元には及んだんですね。」
「あの握りこぶし、鋼鉄塊のような
なんだろうな。
……なんなのあれ。」
「フェーパですね、リーフェの魔法ですよ。」
「伝授されたの?」
「教えてはもらいましたけど、盗んだにも近いですね。」
「盗んだんだ……。」
「シュライザルはなかなかいいセンスをしていますよ?
風魔法もなかなか様になってきてますし。」
「え?シュライザル、属性風なんだ?」
「風ですね。」
「……気のせいかな。
かすかーに神光気を感じるんだけど。」
「へ?」
「ウリエル様、ひょっとして……。」
「そそ、リーフェも気づかないくらいだもんね。
本当に薄い。
前世が天使だったんだじゃない?」
「何でですか。」
「最近シュライザルは運がよかったようです。
時期的には日本でいう大厄だったそうで。」
「大厄?
あー、日本人だもんねシュライザル。
シュライザルって名前なのに日本人なのね……。」
「いただき名なので気になさらないでください。」
「ちょっといい?」
「なんで……、しょおおおお!?」
ウリエルが額と額を合わせてくる。
「ウリエル様!?」
「動くなバカ。
キスになったらどうするのよ。」
「だからって何を……。」
「あー……、ちょっと過去を見てるんだけどねぇ……。
特有の幼少時代を送ってるわ。
変に動物に好かれる癖もある。」
「思い当たる節はありますね。」
「そうかそうか。」
そっとウリエルが離れる。
「勝手にやったらミカエル様に怒られちゃうかなぁ。」
「何をです?」
「神聖魔法、覚える気ない?」
「ウリエル様が直々にシュライザルに教えられるんですか?」
「素質はあるよ。
埋めておくにはもったいない力。
そもそも明晰夢だってあるんでしょ。
あとは星空のローブ。
こんなに恵まれてるケースなかなかないよ。」
「そうなのかな。」
「そうなの!」
少しずつ左目に光が戻ってきた。
「ちょっとずつ見えるようになってきましたね。」
「みえるー?」
ウリエルがふるふる手を振っている。
「見えますね。」
「ミカエル様に怒られたらごめんしようかな。
シュライザル、手を握ってくれない?」
「なんでしょう?」
ウリエルの手を握ると体が薄く輝く。
「おや?」
「反発がないね。
やっぱり神聖属性が隠れてるみたい。
通常の地球人だったら今ので吐き気とか頭痛がするんだけど
どう?」
「何も……ないですね。」
「神聖反発ルイノーゼ症状はなし、大丈夫ね。
じゃあまた目が見えなくならなくなるように
属性解放まで行っちゃおう。」
「ウリエル様、怒られるかもしれないんですよね?
いやですよ僕。」
「戦えって言われてるし大丈夫じゃないかなぁ。」
「ここで止めておく、ダメだったでもいいじゃないですか。」
「興味?」
「一番ダメなやつです!」
「えー、やろうよー。」
「そんなに興味あるんですか?」
「私、シュライザルには一目置いてるんだ。
天使に近いなら私が面倒を見たい。」
「光栄ですけど……。」
「よっと。」
胸の隙間から何かを取り出すウリエル。
本当にここばかりに入れてるな、この方は……。
「電気ナマズの石ですか?
あれ?色が違うな。」
「紅泉の翡翠って言ってね。
高位の天使に持たされてるお守りみたいなものなんだけど
神聖属性の開放に使えないかしらこれ。」
「いいですよ、申し訳ないですし。」
石を太陽にかざすと赤い光の線が自分を照らす。
「うーん、ダメね。」
「ありがとうございます。」
「……。」
「ウリエル様?」
「何もしてないのにお礼言うのね、あなた。」
「してくださったじゃないですか。」
「結果、何も起きてないし。」
「しようとしてくれました。」
「不思議な人ね……。」
テーブルをその場で召喚して準備を進めるリーフェ。
それは慣れた様子だった。
当のウリエルは自販機からジュースを持ってきたらしい。
「ウリエル様、何を飲まれるんです?」
「仄光樹の蜜水だよ?」
「はちみつレモンですね。」
「そっちではそう言うんだね。」
リーフェがサイフォンを取り出している。
「何するのリーフェ。」
「ウリエル様、コーヒーでも飲もうかと。」
「オットナー!
コーヒー飲めるんだ?」
「……そこの、シュライザルが。」
「へ?」
目を丸くするウリエル。
「あなた、コーヒー飲むの?」
「特定銘柄に限りますが。」
「へぇー。」
ポコポコと順序良くコーヒー粉を入れ、
リーフェがフラスコにお湯を入れる。
バーナーにかけて漏斗にお湯が上がる。
「どういう仕組みなのこれ。」
「蒸気圧でお湯が移動するして抽出する仕組み、でしたっけ。」
「そうね。」
「不思議ね……。」
コーヒーが出来上がると、息を吹きかけて冷ます。
「……結構長い時間ふーふーしてるのね。」
「めっちゃ熱いんですよ。」
「ちょっと飲んでみてもいい?」
「あ、えっと……。」
「ん?」
「ウリエル様、
間接キスになることをシュライザルが気にしてるんじゃ……。」
「細かい!」
「私のを差し上げますから。」
「はーい。
あ、結構熱い!」
「ずず……、あ。
コーヒーマスターのと同じ味だ。
夢だから再現できてるんだね。」
「そそ。」
「何時ぞやコーヒー店がなくなったってしょげてたわね。
結局時期で移動してただけだったってオチだったんだっけ?」
「そうそう。
今では時期問わず追いかけてて。」
「ずず……、あつーい!」
「ウリエル様、猫舌なんですか?」
「なによぅ、悪い?」
「いえ、可愛らしいなって。」
「そーお?
なんかバカにしてない?」
「シュライザルの奥さんも猫舌なんですよ。」
「あ、そうなんだ……。」
火にかけられている残りのフラスコの水が沸騰し、揺れている。
キン、キンと高い音を立てている。
「ウリエル様。」
「なぁにシュライザル。」
「ミカエル様って結構お忙しいんですか?」
「私が暇みたいに……。」
「そ、そういう意味じゃないです!」
「あはは、わかって言ってる。
いや、実際私は暇なんだけど。」
「えぇ?」
「お仕事ないときはこうして遊びに来れるからね。」
「最近あまりお見掛けしませんでしたけれども。」
「まぁあなたが寝てるときに来るわけだから
私も眠いわよねぇ。」
「すみませ……」
「謝らない、冗談だから。」
「えぇ……。」
「私んらあんまり寝なくてよくてさ。
そうだよね、天使だもん。」
「あー、そうなんですね。」
「ミカエル様なんかぶっ通しで仕事されてるからねー。
あれはすごいと思うよ。
好きでされてるみたいだけど。」
「へぇ……、ずず……。」
テーブルの上に置かれた紙にペンが走っている。
おそらくテディさんだろう。
「あら、自動記載?
便利なことしてるのねリーフェ。」
「これですか?
ミカエル様への報告書は執事にやらせてますね。」
「シュライザル、クビになったんだっけ。
ぷくく。」
「調子が悪いと来れないですからね。」
「ちぇー、普通に返されちゃった。」
「ウリエル様結構お茶目ですね……。
初めてお会いした時とだいぶ印象が違うんですが……。」
「あなたを信じてなかったからね。」
「なるほど。」
「……ねぇ。」
「はい。」
「天使と人間の恋愛って、あると思う?」
「多様性の話ですか?」
「そういうかっちりしたものじゃなくて。」
「人間側からならありそうですね。
天使に憧れは持っていると思いますし。
ただ天使側からはどうでしょうか。
一般的に下位種族に恋愛感情って抱きませんから
行っても友達までじゃないでしょうかね。」
「シュライザルって男女の友情が成立する人?」
「個人的には成立しないと思っています。
性差がある時点で好き嫌いは恋愛的に出てくるものじゃないですかね。」
「ふーん。」
「ウリエル様、シュライザルが気に入ったんですか?」
「まぁねー。
ただ言われてみて納得もしてるのよ。
下位種族に恋愛感情って持たないなーって。
考え方が結構好きかな。」
「リーフェのおかげじゃないかな。」
「あなたそんなにたくさん来てないでしょう?」
「来てはいたんですけど何もしてなかったというか……。」
「こっちに来てぼーっと座ってることが多かったわね。
心が壊れてた。」
「今は感謝してるよ?
どこにも居場所がなかったからね。」
「そういうの、こっち側の感情なんだけどな。
気質が人間っぽくなかったんだろうね。」
「あはは、どうでしょう。」
「いや、真面目に言ってるのよ。
私、こう見えて結構我儘なのよ。」
「そうなんですか?」
「私が一目置く人ってミカエル様くらいだったんだけど
まさか人間にねー、そういう人がいるなんて。」
「たいしたことないと思いますよ。
メッキってすぐ剝がれるんで。」
「じゃあ質問。
私があなたを好きって言ったらどうする?」
「今時点で、ですか?」
「うん。」
「困りましたね。
妻がいますんでお応えはできないでしょうか。」
「娘になりたいって言ったら?」
「妻に相談はしますが、
多分うまくいかないのでは。
僕自身が子供を好きではありません。」
「年で言ったらだいぶ上だけど。」
「そう来ますか。
年下の両親ってどうでしょうね?」
「変な感じね。」
「ウリエル様ってご両親いらっしゃるんですか?」
「いないわね。
転生天使だから。
前のウリエルにもいないんじゃないかな。」
「欲しくはないでしょう?」
「まぁねー。
ずず……、飲めるや。
ん?おーいしーい!」
「このコーヒーだけは何も入れずに飲めるんです。」
「シュライザル、ちょっと動こうか。」
「何をです?」
「ぴょうみょうにはもうならないと思うよ。
よわーくは覚醒してるからね。」
「お。
では動きましょう。」
少し離れて僕とウリエル様が構えた。
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