第20会 レナンダール家の栄衰 其の弐
ここ連日夢を見る。
疲れているのだろうか。
精神疲労でもあるのだろうか。
詳しくは分からないが、調子が良くないのは確かだ。
例のお城の夢だ。
ほぼ元通り……いや、それ以上の復興を見せている。
兵士が自分を見つけるや否や大慌てでこちらに駆け寄る。
「シュライザル様!
いらっしゃっていたのですね!?
エシェンディア様がお待ちです。
こちらへどうぞ。」
「あら?」
通されたのは王間。
椅子は2つ。
しかし、片方は空席だ。
「シュライザル様!」
表情を明るくしてこちらに駆け寄るエシェンディア。
「エシェンディア様、僕はただの平民ですよ。」
「いいえ、平民の貴方がこの国を救って下さったのです。
最早貴方はレナンダール家の者です。」
「え?」
「いついらっしゃるか楽しみにしておりました。
本当に放浪しているかのようにフラリと現れるのですね。」
「アストテイル君は?
あ、時期王様になるから英才教育でも受けているのかな?」
「いいえ。
アストテイルには自由に育ってほしいので特別な教育はしておりません。」
「そうなんだ。
じゃあ、この空席の王座ってまさか……。」
「はいっ。」
にこやかな表情になるとエシェンディアが待ってましたとばかりに返事をする。
「貴方様のための王座です。」
「ぎゃー!
いいんですか!?
こんな良く知りもしない者をこんな豪華な王座に座らせて!?」
「でしたら、この国を救ってはくれなかったでしょう。
隠し部屋のある部屋に精鋭隊長が鎧を砕かれた状態で発見されました。
あの鎧は鉄では無く鋼。
素手で破壊したと聞いたときは耳を疑いましたよ?」
「あー……、その明晰夢のせいじゃないかと。」
「めいせきむ?
以前もお聞きしましたね、それはなんですか?」
「ここは僕の見ている夢の世界なんですよ。
僕が寝ているときに見る夢。
その夢を自由に操ることでこの世界は成り立ってる。
どうしてもエシェンディア様を助けたかったから、鋼とはいえ鎧を破壊できたのでしょう。
僕の我儘、エゴで成り立っている虚構の世界です。
申し訳ありません。」
「いいではないですか。」
「え?」
「私はこうして生きています。
それがたとえ虚構だとしても私は構いません。
存在は誰かが証明してくれればそこに”在る”ことが出来る。
それが例え夢の世界でも。
シュライザル様が私を肯定し続けて下さる限り、私は存在します。
私にとってはそれで十分です。」
「流石はお姫様、言う事が違いますね。」
「これもシュライザル様のお考えのひとつだからこそ出てきた言葉なのでは?
ここはシュライザル様が統治される夢の世界。
その数々の中の小国です。
その世界を創造されている言わば、神的存在ご本人がこの国を選んでくださった。
これ程嬉しいことがありましょうか?」
「神!?
それこそおこがましいですよ!
……現に僕はエシェンディア様のお父様やお母様を救えなかった。
ずっと、夢から覚めて起きた後も気にしているんです。
明晰夢を以てしても救えなかったのかと。」
「時に、夢の時間軸は触れるのですか?」
「え? 夢の時間軸?」
「時間をずらすことは可能なのでしょうか。
その明晰夢というものは。」
「考えたことなかった。
……あ!」
「待ってください。」
「どうして。」
「お父上と母上は戦死しました。
この事実は変わりませんし、変えてほしくありません。
それによる変化の方が私は怖い。」
「そうか、また歴史改変になるのか。」
「はい。
何も私が自由にこの国を統治したいからという理由ではありません。
お父上と母上が生存しているとなるとこの国はもっと強大になっているでしょう。
ともなれば他国から狙われるのは必至。
シュライザル様のお力がなければ持ち上がらない国になってしまう。
そのシュライザル様は夢の時間軸までの想定は為されてなかった。
これが、全てでしょう。
私がこうして生きているだけでも本来は叶わぬはずなのですから。」
「そうでしたね。」
「この国は大分小さくなりました。
でも、国民の笑顔溢れる作物豊かな国になりましたよ。
ありがとうございます。」
またも綺麗にお辞儀をされてしまう。
「あぁ、それやめてください。
僕の勝手でこの世界を作って自由に好き勝手やってるだけなんですから。」
「言いましたでしょう?
私の存在はシュライザル様のお陰。
生きているのもそう。
今わの際に救いがあったのも何かのご縁でしょう。
……何かご用意いたしましょうか。
何がお好みですか?
何でも用意いたしますよ?
富、食事、異性何でも。」
「ぶっほ。
僕、妻帯者何で最後のは無しでお願いします。
ただ、紅茶とクッキー……、焼き菓子が好きなだけのただの人間ですよ。」
「あら、ご結婚されていたのですね。
ちょっとくらい遊ばれても夢なら構いませんでしょうに。」
「それが嫌なの。」
「そういう真面目さに奥様も惹かれたのでしょうね。」
「……言ってみたらエシェンディア様も僕の奥さんみたいになってるけど。」
「リーフェ様からのお話ですね?
それこそ私は泥人形のような存在です。
リーフェ様の影武者。
生まれてから幼少期から成人するまでの記憶がない。
でも、お腹にはシュライザル様のお子様がいた。
それがアストテイル。
あの子には私とは違う、記憶のある道を歩んでほしいです。」
「……。
エシェンディア様。」
「はい、何でしょう?」
振り向いたエシェンディアの額にぴたりと手を当てる自分。
「あ、あの?」
「そんな悲しいことを言わないでください。
責任くらいとらせてくださいよ。」
「あ……。」
ポロポロとエシェンディアの瞳から涙が溢れる。
余裕がないからだろう、ハンカチでその涙を拭う自分。
「私に……、記憶をくださったのですね。
リーフェ様に怒られてしまいますよ?」
「もう怒られてきました。
”泥人形”という言葉が一番胸に刺さりました。
何とかしないと、と。
エシェンディア様は人間です。
人形じゃない。
なら、僕が明晰夢でリーフェの過去の記憶を見ないでエシェンディア様に直接差し上げればいいだけのこと。
エシェンディア様こそ、ご自分で溜め込みすぎなのではないですか?」
「……リーフェ様が貴方に憑いている理由がわかった気がします。
退屈しませんね、ふふっ。」
「そうでしょうか。」
ガタン!と大きな音がしたかと思ったら王間の扉が開かれる。
「王女様、王間への立ち入り失礼いたします!
敵襲です!
以前取り逃した奴らではないかと!」
「……撃って出ます!
各兵は迎撃の準備を!」
「ハッ!」
「僕も出るよ。」
「なりません。」
「え?」
「ここはシュライザル様の夢の世界です。
私たちの行く末を見届けていただく必要こそあれど、参戦していただく理由がござません。」
「断ると言ったら?」
「え……。」
「魔法ならリーフェからちょっと学んできた。
二度の失敗は無いよ。」
「し、しかし。」
「エシェンディア様。」
「は、はい。」
「貴女は今人間になれたんです。
守らせていただけませんか。
一人の兵士として。」
「うぅぅ……、申し訳ございません……!」
「あぁあぁ……、そんなに泣かないでください。」
外から歓声が聞こえてくる。
戦いが始まったようだ。
「エシェンディア様はご指示を。
この国の平和と自分の夢は壊させない、絶対に。」
「シュライザル様……。」
「では、またここでお会いしましょう。」
王間を抜け、激戦区に突入。
「ロイヤルウィザードレベル99でも苦戦するとは!」
「はっはっは!
貴公の兵力が弱すぎるだけよ!」
「……だったらこういうのはどうだい?」
「……あ?」
真上には小さいながらも太陽のような熱量を持った火球が召喚されている。
「なっ!?」
「シュライザル様!」
「……消し飛べ。」
「うわあああああっ!」
放った場所一帯は一網打尽。
クレーターが出来ている。
「い、一体レベルいくつなんだ……、凄い……!」
「大魔導士リーフェの一番弟子、シュライザル・レナンダール、参る!」
「シュライザル様、右側から新手が!」
「エシェンディア様、承知!」
「お前ら!
全力でシュライザル様を守れ!
この戦争、勝てるぞ!」
「おぉーっ!!」
どれだけ戦っただろう?
敵は逃げる隙もなく全て倒しつくした。
「やったぞー!」
「我々の勝利だー!」
「……。」
喜びの雄たけびを上げる兵士を尻目にゆっくり王間に戻る自分。
「お疲れさまでした。
……言いたいことは分かっております。
戦い方を見ていれば。」
「敵兵にも、家族はいたでしょうね。」
「そうでしょう。
でもこれが戦争なのです。
やらなければ、やられる。
こちらから攻めることこそ致しませんが、攻められる以上は守る。
それがこの国の方針です。
最大限相手への敬意をこめた戦略のつもりです。」
「うん、うん。」
「泣いてもいいんですよ?」
「で、でも。」
「王間は緊急事態以外は入ることを許しておりません。
……シュライザル様はお優しいお方なのですね。」
「う、うぅぅ……!」
相手を殺したこと。
相手の家族を奪ったこと。
その家族の未来を途切れさせたこと。
自分がされたら嫌な事を自分はした。
こみ上げるものを抑えることが出来なかった。
意外だったのはエシェンディア。
まるで母のように抱いて受け止めてくれた。
今ではもう居ない母。
甘える存在を探していたのか。
いい歳にもなってな。
暫くして、エシェンディアから離れる。
「何か、すみません。」
「どうしてですか?」
「子供みたいですよね、綺麗ごとばっか並べて結果これですから。」
「私はサバサバ割り切る嫌味な大人より、己の幼さに葛藤する平和を望む方の方が好感が持てます。
本気は出していなかったのでしょうね。
だったらもっと早くに終わっていたはず。
貴方なりに相手を労わっていた、もしくは迷いがあった。
違いますか?」
「違いません。」
「そういう素直なところも好きですよ。」
「あはは、好きなんてあんまり言われないのでくすぐったいですね。」
「しかしあの太陽のような火球、計測器でも振り切れるくらいの魔力を誇っていました。
一体どのような経緯で?」
「リーフェは大魔導士でもあるんです。
僕はその一番弟子。
空を飛ぶ事、魔法を使うことが僕の夢だったんです。」
「くすくす。」
「うん?
何かおかしいことでも言いましたか?」
「だって、おかしいじゃないですか。
憑りつかれている人に教えを乞うなんて。
普通は従えるか追い出すなりするでしょう。
なのに貴方っていう方は……、くすくす。」
「参ったなぁ……。」
「お紅茶と焼き菓子がお好みでしたね?
すぐに用意させます。」
「ありがとうございます。」
僕のしたことが正しかったとは断言できない。
でも何もしなかったらこの国は今頃滅んでいただろう。
エシェンディア姫の掲げる方針が一番正しいのかもしれない。
少なくとも今の僕にはそれ以上の考えが浮かばなかった。
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