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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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027.黒幕の気配

 ロロットの部屋を追い出されてからだいぶ時間が経っていた。住民への注意喚起をするといっても、ただ闇雲に声を張り上げながら町中を歩き回るなんてことはしないだろう。思うに、町の主要な場所に出向いてそこの主と話をする程度で、後は屋敷の自室に戻って注意書きの制作でも行っているか、はたまた、より効果的に呼び掛けるための策でも巡らせているのではないか。


 おれのその予想は的中していたらしく、領主の部屋をノックしたらすぐに男性特有の野太い返事が返ってきた。運が良いなと思いつつ、一言断って扉を開ける。


 ただ、予想外であったのは部屋の中、席について何やら書類作業をしていたコバルトの横にショコラが立っていたことだった。彼女の様子を見るに、どうやらコバルトのために紅茶を入れているらしかった。アリスの容態が心配と言っていたから、てっきり彼女の看病でつきっきりなのかと思っていたのだが。しかし、この場にショコラがいてくれているのは、ある意味ありがたいことなのかもしれなかった。ここには、不可解なことを確かめに来たのだから。


「これはこれは、みなさんお揃いで。私に何か用かな? あいにく、アリス様とシャルロッテ様の件についてはまだ何も詳しいことは分かっておらんよ」


「いや、おれたちもあの子らを襲った高熱の詳細がもう分かっているとは思っていないんだ。ことが起こってからまだそんなに時間が経ってないしな。ただ、気になることがあってだな。それをコバルトさんに確かめに来たんだ」


「気になること?」


 小太りの領主は眉を上げて、興味深いといった様子の顔を見せた。


「ふむ。ここで長話というのもなんだ。食堂の方に移動しようじゃないか」


 コバルトの提案を受け、おれたちは一階の食堂へと移動する。初日に開いて貰った宴の場で豪華な料理が並べられていたあの縦長のテーブルは、今はなんの飾り気もなくただ置かれているだけだった。広い部屋の中には陽の光が入ってきており、その光の筋には空中を漂う埃が見てとれた。このようなこざっぱりとした状態の方が食堂の日常と言えそうである。


「それで、気になることとは?」


 手近な席に着いたコバルトが尋ねる。彼に促され、口を開いたのは成平(なりひら)だった。


「コバルトさん、僕らにはどうしてもアリス様の発熱が解せないんです。コバルトさんは彼女もロロットちゃんも霧の毒に犯され、高熱が出たと仰ったそうですね? けれど、アリス様は外に出ていらっしゃらないはず。確か、一度熱が出てからは体調が優れないってことで、部屋で療養していると伺った気がするのですが」


「成平さんの仰る通り、確かにアリス様はここしばらくの間外出をされていなかった。だが、窓くらいは開けているだろうよ」


「しかし、霧が出るのは決まって夜でした。霧への警戒心は常に持っておられる様子だったアリス様が、夜に窓を開け放つとは僕には思えません」


 おれたちがロジューヌの町にやって来たあの日、挨拶を終えて部屋を後にしようとした時、アリスはこう声を掛けてきた。


『今晩も霧が出ると思うので、気を付けて下さいね』


 大半が初対面であったおれたちに注意を促した彼女が、霧に対して薄い警戒心を持っていただろうか。そもそも、あの霧と倦怠病(けんたいびょう)の関連性は多くの人が指摘していたことで、そのことは調査を進めていた彼女も承知のことであろう。ならばなおさら、彼女が危険を顧みずに夜に窓を開けたとは考えにくい。


「昼間に窓を開けていたことならば十分に考えられるだろう。その時に実は霧が出ていた、なんて可能性だって否定はできん。目に見えて分かるほど濃い霧ではなく、非常に薄いものであったなら気付くことは困難だ。その霧の毒性は低いだろうが、それが幾重にも重なれば高熱を引き起こすこともできる。こういう風な推測だって成り立つだろう? 私はそのような可能性も含めて言ったのだよ」


 人差し指を立てて己の主張を述べるコバルトは、領主の名に恥じぬ自信に満ちていた。だが、その言い分でも不可解な点はなお残る。


「昼間に霧が出ていた可能性ね。もし事実ならかなり危険だわ。ねえコバルトさん、ひだり君たちから聞いたのだけれど、コバルトさんはちょくちょく『この町は危ないから早めに立ち去った方がいい』と仰っていたそうですね。それは、今の話のようなことをずっと前から考えていたからなのかしら?」


 モルフォの質問を受け、コバルトはゴツゴツとした右手であごをさすった。その目は天井に向けられている。思い出すように、彼は語った。あるいはそれは、思案しているかのように、とも言えそうであった。


「言われてみれば、確かにそのようなことはしょっちゅう言っていたな。あまり意識していなかったのだが」


 彼の目がこちらを向く。


「ま、私はこの町に滞在することの危険性についてはずっと前から——それこそ霧が出始め、倦怠病が流行りだした頃からあれこれと考えてきていたからな。その姿勢、態度が無意識のうちに言動に現れておったのだろう」


「町に滞在することの危険性は前から考えていた、ね……」


 モルフォは微かに口元を緩めた。それの意味するところをおれは、いや、おれたちは理解することができた。彼女の問いがコバルトの主張の矛盾点を洗い出したのだ。


 おれの後ろにいたジュジュが前へと進み出てきてそれを突き付ける。


「ならどうして町の住人を避難させないの?」


 ジュジュの言葉を聞いたコバルトは、あごを撫でていた手をピタリと止めた。彼は何も語らず、じっとジュジュを見据えている。


「この町にいると倦怠病に罹るかもしれないこと、熱を出して倒れてしまうかもしれないこと、そういう危険があるってことにコバルトさんはずっと前から気付いていたんだよね? なのに、どうして町のみんなを他の所へ避難させなかったの? どうして多くの学者が調査をしに訪ねてくることを止めなかったの?」


「いや、それは自分の考えに確信が持てていなかったからで……あ~、住人や町にやってくる者に不必要な不安を与えるのも考えものかと、思って、だな…………」


 曖昧な発言をする彼の目が、天井を泳ぐ。先ほどまでの自信がどこへやら、コバルトは明らかに動揺していた。その様子をしっかりと見ていたジュジュは、眉間に皺を寄せ、疑念を深めた声色でさらに問い詰めた。


「それから、最後に一つ。霧が危険だと考えていて、早くこの町から去った方がいいと思っている人が、どうしてまだこの町に留まっているの? コバルトさんは領主で、ブルーフォント領にはこの町以外にも多くの町や村があるのに」


「わ、私が逃げるわけにはいかんだろう……っ! 私は……私は領主なのだぞ!」


「領主だからこそっ! 早期解決に向けて、全体の指揮を執るためにも危険な場所から離れるべきなんじゃないのっ!?」


 ジュジュはキッとコバルトを鋭く睨んだ。彼女の目には彼がクロだと映っているようだ。無論、おれの目から見ても同様である。こいつは怪しい、何かを隠しているぞと直感が告げる。


「私、わた、しは…………」


 席を立ち上がったコバルトがよろよろと一、二歩後退する。追撃を喰らわすように、おれは言葉を投げ掛けた。


「コバルトさん、あんたはいったい何を隠してるんだ? この一連の騒動、本当はあんたが起こしているんじゃないのか? なあ、コバルトさん‼︎」


 おれはゆっくりとコバルトに詰め寄った。一歩、二歩、三歩と。おれは彼の前に行き、真っ直ぐに彼の目を見て、もう一度同じ質問をするつもりでいた。だが、それは予想外の出来事で阻まれてしまう。


 コバルトは左腕を力任せにぶん回しておれを退けると、猛ダッシュで食堂の入口へと駆けていったのだ。側にいたジュジュと成平がおれを受け止めてくれ、モルフォが逃げる領主を追いかけて入口へと向かう。


 彼の行動は突飛だった。構えていなかったおれたちは誰一人として瞬時に反応し、動くことができなかった。しかし、コバルトは特筆するほど足が速いわけではない。あれくらいのスピードであれば、モルフォなら十分に追いつけることだろう。


 けれども、予想外な展開はさらに続いた。彼女がなぜそんな行動を取ったのか、おれにはその意味が分からなかった。


「————申し訳ありませんが、みな様にコバルト様を追いかけさせる訳には参りません」


 どこか苦しそうに、しかし平生の淡泊とした様子を崩さずにそう告げる、黒髪ツインテールのメイド少女が、食堂の入口に立ち塞がり、モルフォの足を止めさせた。



つづく

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