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マホウは物理でなぐるものっ!  作者: 唯野 みず
第一章 眠れる森の美女と時忘れの塔
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025.病魔の洗礼

 大扉の開く音が聞こえた。階段の手すりを拭く手を止めて振り返ると、緑のローブを身に纏う金髪の少女と、ワインレッドのハット帽を被る黒髪の少女が屋敷の中に入ってきていた。「おかえり」という一言を伝える前に、ロロットが首を横に振って今回の成果も思わしくないことを知らせた。


「ダメだったか」


 時忘れの塔に最初に入った日から今日で十日。魔力感知能力の高いロロットとモルフォの二人が毎日のように調査に出向いているが、残念なことに何の成果も上げられていなかった。


 一方で、毎朝続けていたおれの魔法修行は順調な進み具合であり、魔力と魔効抵抗力を感知する能力はグングン高まってきていた。が、今は素直に自分の成長を喜べそうにない。超重要案件である倦怠病(けんたいびょう)関連の解決に全く近づけていないため、どうにも心に余裕が足りていないのだ。


 ロロット達が塔へ行っている間、おれ、成平(なりひら)、ジュジュの三人は町でもう一度聞き込み調査を行なったり、情報収集の仕方についてあれこれと考えたりしていた。結果については、まあ、よろしくはない。十日も経っているのに魔導具の在処に関する有力な情報を得ていない、ということから察してくれ。


「それじゃ、私はロロットを送り届けたことだし、町の宿に帰るわ」


 「また明日もよろしくね」と、ロロットに手を振ってモルフォは大扉の向こうへと消えていく。彼女が町のどのあたりの宿に泊まっているのかは知らない。ただ、「長いこと根無し草生活だったから屋敷生活は肌に合わないや」とか、訳の分からないことを抜かしてここを出て行った成平とは違う宿を拠点にしているらしい。ま、おれ的には成平のことなど大して興味ないのだが。


「またお掃除手伝ってるんだね」


 近づいてきたロロットは、傍らに水の入ったバケツを置き、手には小汚い雑巾を握るおれの姿を見てクスクスと笑った。


「魔法修行に勤しんでてもいいんだが、あれ長時間やってると凄い疲れるしな。それに、ずっと居座ってて何もしないってのもなんか居心地悪いしさ。つーか、人の格好をじろじろ見て笑うなよな」


「ごめんごめん。なんだか可愛らしいなって」


「貶してんのかお前は! それより、ジュジュには会ったか? あいつ今買い出しに行ってんだけど」


「ううん。会ってないよ。ていうか、二人ともお屋敷仕事手伝ってるってことは、やっぱりそっちの方の進捗も……」


「ま、お察しの通りだ。良い案が出てればこんな所で掃除なんかしてねーわ」


 そう言って再び階段の手すりを拭き始める。「私も何か手伝おうか?」とロロットに訊かれたが、塔の調査をしてきた人間に掃除を手伝わせるほどおれは鬼ではないので、やんわりと断った。


「あ、そうそう!」


 おれは部屋へ戻ろうとしていた彼女を呼び止めた。町で偶然会った領主の息子から、興味深い話を聞いたことをふと思い出したためだ。こちらを振り向く彼女に、おれは淡々と情報だけを伝えた。


「ばったり会ったアンクルさんから聞いた話なんだが、ここ一週間ほど倦怠病を患う人の数が減ったらしい。既に罹っている人でも症状が軽くなったとか言ってたな。理由は全くもって不明なんだが」


「それってつまり、倦怠病の流行が収まり始めたってこと?」


「どうかな? 収束に向かった感じがしなくもないけど、変化があってからまだ数日だしな。アンクルさんも、誤差の範囲ってこともあり得るよって言ってたし。何にせよ、おれたちはおれたちで倦怠病と霧の解決策を探し続けるしかないさ」


 「だね~」と応え、ロロットは廊下の奥へと歩いて行ってしまった。結局の所、倦怠病になる人が減ろうが、なった人の症状が軽いものになろうが、おれたちにできることは有益な情報をなんとかして集め、この怪奇事件を解決に導くことである。今は暗中模索といった様子ではあるけれども、しかし、手と頭を動かし続けるしかないのである。たとえこの手が今握っているのが小汚い雑巾だとしてもだ。




 こんな、ノーヒントで頑張れよ的な状況がさらに二日続いた後、事態は急変することになる。水曜の賢者アリスの容態が悪化し、またそれと時を同じくして、ロロットが突然高熱を出して床に伏したのである。


 その知らせを聞いた時、おれは最初、疲れでも出たのかと思って深刻には受け止めていなかった。しかし、お見舞いに行って苦しそうに横たわる彼女の姿を見たおれは、何故ショコラが取り乱した様子でおれの部屋に駆け込んできたのか、何故その目に激しい動揺の色が浮かんでいたのかを理解した。彼女の熱は普通ではない。


「ロ、ロロット……? 大丈夫、なの?」


 ジュジュの呼び掛けに彼女は応えない。いや、おそらく応えられないのだろう。今、意識があるのかどうかさえ怪しい。それほどに酷い有り様だった。


「ショコラ、これはどういうことだ?」


「詳しいことは(わたくし)にも分かりません。ただ、お嬢様もシャルロッテ様と同様、異常な高熱が出ております。まるで、以前の熱をぶり返したかのようで、痛ましいご様子でした」


「原因不明ってこと?」


 ジュジュが言ったすぐ後に聞き覚えのある声が続いた。


「いや、原因はおそらく例の霧でしょう」


 首を回し、声がした部屋の入り口の方を見てみると、そこには領主のコバルトが立っていた。いつの間にここに来たのだろうか。


「霧、だと? だけど、あの霧は倦怠病の原因ってだけだろ? 熱なんて——」


「いいえ、一概にないとは言えません。ここに来る時の馬車の中でも言いましたが、重度の倦怠病患者の中には発熱した方もいらっしゃいます」


 おれの発言に被せるようにしてショコラは言った。もちろん、あの馬車での会話内容は覚えている。だが、あの時ショコラは確か——、


「『お嬢様ほどの高熱は出ていなかった』。『どこまで倦怠病と関係があるのかは分かりかねる』。そうとも言っていたよな?」


「え、ええ……」


「それを踏まえて訊くが、ショコラ、あんたはこの子たちが倦怠病に罹ったと言うのか? あの霧が原因で高熱が出たと?」


「それは…………」


「しかし、そうとしか考えられんでしょう。霧以外に原因と思しきものなんてありませんよ!」


 言葉に詰まるショコラに代わってコバルトがそう答えた。やたらと大きな声だったためにロロットの身に響いてしまうのではないかと、ジュジュが心配顔でベッドの方をちらりと見ていた。


「私としては、アリス様方にもシャルロッテ様方にも、一刻も早くこの町を去って頂いた方がよろしいかと思いますよ。今以上に体調を悪化させてもいけませんしな」


 コバルトは喋りながらおれやジュジュ、ショコラを押し退けてベッドのすぐ脇へと移動すると、手を広げておれたちを部屋の外へと押してきた。


「とにかく今はこの部屋を出ましょう! 長居はシャルロッテ様の身にも良くない。とにかく、今日はこれで!」


 彼は半ば強引におれたちを部屋から追い出し、すぐにこの場を立ち去ってしまった。町の方にも急ぎ注意喚起をする必要があるとのことだった。


「アリス様んとこも今はお見舞いに行かない方がいいよな?」


 取り残されたおれは念のためにショコラに確認してみた。すると彼女は一言、「ええ」と言ったっきり黙りこくってしまった。やはり先ほどの言葉は誇張でもなんでもなく、本当に酷い熱を出して倒れているようだ。


「すみません。やはり私はお嬢様のことが気掛かりですので、少し様子を見てきます。申し訳ありませんが、失礼致します」


「ああ、行ってこいよ。おれたちはアリス様の熱が引いたタイミングにでもお見舞いに行かせてもらうからさ」


 ぺこりと一礼し、ショコラもまた足早にこの場を離れていった。小さくなっていく彼女の背中から窓の外へと視線を移す。天気も悪くないし、行くなら早めの方がいいだろう。色々と相談したいこともあるしな。


 そんなことを考えていたら、左手の袖を弱々しく引っ張られた。ジュジュの方を振り向くと、普段はツンと立っている狐耳が下に垂れていた。


「これから、どうしよう…………」


 彼女はぽつりと呟いた。おれの勘違いでなければ、その声は少し揺れていた。


「まずは町にいる成平とモルフォに知らせよう。それから、四人で今後のことも含めて話そう。な?」


 いつもは明るくて元気なジュジュが萎れているのがなんだか気掛かりで、おれは自分の口調が明るくなるように努めた。ただ、そんなことではジュジュの悲しみと動揺は消え去らなかった。


「わたし、わた、しは……旅の初めで約束したのに。『ロロットのことは何があっても絶対に守る』って……なのに、わたしは…………っ!」


 おれの袖を持ったままその場に泣き崩れるジュジュに対し、おれは何もできなかった。何と声を掛けていいものか。否、何と声を掛けたところで、今の彼女の心をいったいどれほど軽くできるというのだろうか。おれにはそれが分からなかった。



つづく

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