終
次にラーベが目を覚ますと、傷の手当は完全に終わり、ベッドに寝かされていた。
枕元にはイグナーツが座り、ラーベが目を覚ましたことにほっとしたのか、柔らかく笑んで、ラーベの顔を見つめていた。
どうやら、ラーベが寝ている間に後始末も全部終わってしまったようだった。
「──父さまもいなくなって、私、何もなくなってしまった」
未だに“父”が倒れたことは、信じがたい。けれど、たしかに“父”はイグナーツに斬られて絶命した。カルミナもいない今、もう、自分はひとりなのだ。
「何言ってるんだ、お前にはまだ俺がいるだろう?」
呆れた顔のイグナーツがことも無げに言ってのけるが、ラーベは、そんな簡単に済まないことを理解している。何と言っても自分はあの“父”の娘で……。
「でも、イグナーツ。私は、たくさん」
「それは無しだ」
「でも」
泣きそうな顔のラーベに、きっぱりと言ってから、イグナーツは、ふ、と優しく笑った。
「……暗殺者は死んだ、で、いいだろ」
「そんなの、詭弁だ。欺瞞だ。私はここに生きてるのに」
「心配するなよ。カルミナだって、きっとそうしろって言ってくれるさ。俺も賛成だ」
くしゃりと頭を撫でて、イグナーツは笑う。
「それで、お前、これからはなんて呼ばれたい? さすがに名前は変えたほうがよさそうだからなあ」
イグナーツに覗き込まれてラーベは絶句し……それからぷいと顔を背けてしまった。
「お前が決めてくれ」
イグナーツは少し考えて、「じゃあ、“モルガ”と呼ぶことにしようか」と笑った。
「お前の髪の色は、朝焼けの色だと思ってたんだ。それに、朝は新しい日のはじまりだからな」
「……イグナーツ、お前、意外にロマンチストなんだな」
「悪いか」
「そのくせセンスも微妙だ」
「……俺に何を求めてるんだよ」
顔を顰めるイグナーツに、ラーベ……モルガはぷっと吹き出した。
「──いいよ。私は今から“モルガ”だ」
イグナーツに貰った名前。それが今日から私を表すものだ。
「それにしても、モルガ、お前のその喋り方は地だったのか」
イグナーツは、また笑いながら妙なことを言い出す。
「何がだ」
「それだ、それ。もっと、あれだ、女らしい喋り方ってあるだろう? ナントカだわ、とか、ナントカね、とか。この前、魔の森で会った女魔法使いみたいな話し方が」
「……そういうのがいいなら、他を当たれ」
思ってもみなかったことを言われて憮然とするモルガの頭を、イグナーツは、はは、と笑ってくしゃくしゃ掻き混ぜる。
「これは、俺のセンスがどうこう言ったお返しだ」
イグナーツはモルガに顔を寄せ、唇を重ね……「これからは、俺とずっと一緒だからな」と囁いた。





