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第25話

 あっ、どうもお久しぶりです( ;⊙´◞౪◟`⊙)

 彼女が会場に姿を現したとき、そこにいる全ての人が彼女の美しさに溜め息をついた。

 青銀の髪は、淡いクリーム色のドレスの上を滝のように流れた。神秘的な銀の瞳に男たちはフラフラと彼女に近づき、生気に漲る金の瞳に女性たちさえ顔を赤らめた。彼女は強張った顔をしていたが、レイモンドが声を掛けると、暖かく微笑んだ。その笑顔に、己の腕に巻きついている今宵のパートナーの女性を振りほどきたくなってしまった。戦場で鍛えられた鋼の意志で何とか堪えたが。


「ハルンスト」


 呼ばれて振り向むくとそこには、人によっては冷たいようにも見える美女と優しげな面立ちをした紳士がいた。


「姉上、義兄上。お久しぶりでございます」


 “姉上”と言う言葉に腕に巻きついていた婦人が目ざとく反応し、紹介して欲しそうにしていたが、そんなものは無視だ。後々、必ず厄介なことになる。


「久しぶりだね、ハルンスト君。大手柄を立てたそうじゃないか」


 大手柄とはシルヴィアの皇帝を討ち取ったことだろう。


「手柄と言えるほどのものではありません」


 皇帝を討ち取ったと言うのは、言い換えればセリアの家族を奪ったと言うことと同じ意味なのだから。たとえ、彼らがセリアに恐ろしい仕打ちをしていたにせよ。

 

「…そうかい」


 複雑な心の内を察したのだろう、義兄上はそれだけしか言わなかった。彼は人の心の機微をよく察するから。


「おい、ハルンスト。それよりお前が入れあげているという娘はどこだ」


 姉上は、目の前にいる“絡みつき婦人”が目に入らないかのように辺りをきょろきょろした。“絡みつき婦人”はそれは自分のことだと言わんばかりに詰め物でいっぱいの胸を張った。


「へぇ~、彼にそんな人ができたのかい?それはぜひとも見てみたい」

「そうだろう、気になるだろう?私も是非、その子を見てみたかったんだが…どういうことだ、ハルンスト?」

「…何がでしょう」


 姉の言いたいことはなんとなく分かったが、あえて惚けてみる。


「噂を聞いて、お前と噂の娘を探してみれば、殿下のパートナーではないか」

「えぇ!と言うことは、ハルンスト君のお相手はあのセルヴィア帝国の第一皇女様なのかい?」


 まったく、この人たちは…。


 この白々しい物言いはどうだ。「入れあげている娘はどこだ」「そんな人ができたのか」なんて言いながら、とっくに彼女の居場所を掴んでいるではないか。


「しかも、最初はお前が皇女様のお相手だったんだろう?」

「わざわざ殿下に皇女様のパートナーをお譲りしたと聞いているよ」


 俺は、とうとうため息を堪えられなくなった。

 この人たちは何故、そんなことまで知っているのか。


「あぁ、もう。あなた方がご存知の通りですよ」

「ふん、女々しいやつめ。皇女様の何が気に入らなかったと言うのだ。聞けば、随分と人柄の良い方だそうではないか」

「……少し、怖くなったんですよ」


 小声で呟いた声は姉には届かなかったようだが、義兄上には届いたようだ。彼は、納得の表情を見せると、笑いながら姉に言った。


「男は色々と面倒くさい生き物なのですよ」

「なんだ、それは」


 俺のフォローのつもりなのかもしれないが、なんとなく耳が痛い。


「フフフ、私は飲み物でも持ってきましょう。ハルンスト君、彼女を頼むよ」

「はい」

「いいかい、レティシア。あまり動いてはいけないよ」

「分かっている。お前は過保護すぎるんだ」


 義兄上は飲み物を取りに人混みに紛れていった。

 俺は彼らの会話に違和感を感じた。


「姉上、義兄上と何かあったんですか?」

「ん?何故だ」

「あの人が姉上を束縛するような言葉を始めて聞いたので」

「ああ、それか。私が妊娠しているからな。心配なんだろう」

「は?」


 姉上は、さらりと爆弾を投下した。


「に、妊娠?姉上がですか?」

「馬鹿者。私以外に誰がするんだヴァルシュか?」

「いえ、義兄上はありえないでしょう」

「いきなり冷静だな」


「そうか、そうですか。子供が…」

「ほお、お前も笑っていればもう少しとっつきやすいのだが」

「え?」


 姉上の言葉に驚いて、自分の顔を触ってみた。俺は自然に笑っていたようだ。


「いえ、それは目出度い。おめでとうございます」

「ああ、ありがとう。お祝いはドラゴンの角でいいぞ」

「おとぎの世界にでも行けと?」


 ドラゴンは架空の存在だというのに、極真面目な顔で言うのだから手に負えない。


「もう、子供の話しをしてしまったのかい?」


 義兄上がグラスをもって帰ってきた。一応絡みつき婦人の分もある。


「まだ、安定期ではないのに彼女、嬉しくて仕様がないみたいだ。ずっと子ができないことに悩んでいたからね」


 耳元でそっと義兄上が教えてくれた。

 悩む、と言うことと縁の無さそうな姉上だが、そこは彼女も人の子ということだろう。



 ふと、会場にセリアの姿が見えないことに気がついた。一瞬とても慌てたが、レイモンドがついているのだ、と思い直した。


 風に当たりにでも行っているのだろう。


 そう思ったときだった。

 セリアがレイモンドとともに、バルコニーから出てきた。


 彼らはダンスフロアに躍り出て、楽しそうに踊っていた。俺以外には見せたこともないような笑顔でセリアは笑っていた。本当に、楽しそうだった。

 

 青銀の髪が揺れる。


 彼女自身の色を際立たせるように、抑え目の色彩で作られたドレスが彼女の動きに合わせてヒラリとした。


 唇は弧を描き、上気した頬は男を誘っているようだった。


 なんと美しい。


 彼女の美しさに感嘆のため息をつくとともに、彼女の隣に何故自分がいないのか心底不思議に思った。


 そこは俺の場所なのに。


 何故、レイモンドに彼女のパートナーを譲ってしまったのか。


 今更な後悔が、激しい波のように俺を襲った。

 セリアを女性として意識してしまった時、俺は恐ろしくなって、彼女への恋情を封じ込めてしまった。荒れ狂う感情が彼女を壊してしまうのではないかと恐れたからだ。だが、今となっては何故そのような判断をしたのか不思議でならない。自分の中の感情がこんなにも彼女を欲しているのだ。欲しいものを手に入れて何が悪い?


 彼女と踊っているレイモンドと目が合った。

 レイモンドは俺の中の動揺を見抜いたのかフッと笑い、それから射抜くような真剣な眼差しを向けた。


 彼女をいただくぞ。


 確かにそんな声が聞こえた気がした。

 奴は俺に挑戦しているのだ。セリアをかけて。


 少し前の俺なら、レイモンドにこんな真剣な眼差しを向けられても、まだ余裕をこいていたかもしれない。だが、彼女を見ろ。そこにいるのは俺ではないというのに、あんなに柔らかく笑っている。


 かつて、一度は心の奥深くに封じ込めた激情が再び顔を覗かせた。



 やってみろ!!


 彼女は渡さない。


  

 セリアは、俺のだ。



 独占欲と嫉妬のどす黒い炎が身の内で燃え上がった。





 

 













 ハルンスト vs レイモンド

 戦いの火蓋がきって落とされたー!


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