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1話 クロエ、目が覚める

 ピチャリピチャリと雫が垂れる音だけが響く。

 何も無い空間、あると言えば永遠にも近い暗闇だけだろう。そんな暗闇の最奥に一つ、普段であればいる事の無い存在がいた。誰がどう見ても少年である事は明確ではあったが未だに起きる事は無く、瞳を閉ざしている。


 そんな少年へ、天から一つの雫が降り注ぐ。

 一瞬の冷たさから「んん」と微かに瞼が動くが再度、入眠を開始する。その現状へ怒ったかのように一滴だったものが二滴へと変化し、二滴から三滴……と、ダ・カーポして見せるが起きる気配は微塵も無い。


「んがッ……!?」


 そんな少年へ、降り注いだのは水だった。

 雫と呼ぶには優しさの無い、バケツをひっくり返したかのような勢いの水量。狙ったかのように少年のみに注がれた水は確かに重い瞼を開かせる事には成功した……ように思えたが再入眠を行い始めた少年へ雫が落ちる。


 ポタリポタリ、そのような頻度ではない。

 小便小僧から放たれるような勢いの水……にしては、キレが悪いものの一定のリズムで両目だけを重点的に狙って落ちてくる。その甲斐あってか、両目を開いた少年は天を見て小さく呟やいた。


「知らない……天井だ」


 知ってか知らずか、有名なテンプレートを口にすると周囲をキョロキョロと見渡す。どちらかと言えば知らない天井よりも知らない天丼の方が好きではあるが、その幼く細い体には胃もたれしてしまうだろう。


「ここ、は……はぁ……訳が分からん」


 そんなボヤキが出るのも無理はない。

 周囲の状況が分からないだけならいざ知らず、そも、自分自身の事すらも分からないのだ。分かる事があるとすれば簡単な今いる世界の知識や常識くらいで、その程度では複雑にこんがらがった脳内の整理には少しも役に立たない。


「ま、いっか」


 ……訳でも無かったらしい。

 軽く人差し指をクルクルと回してみせると顔に手を当てる。ようやく自身の状況に理解が出来たのか、ニヤリと嫌な笑みを浮かべて……いいや、実際は絶望的な状況に笑ってしまっただけだろう。


 何も分からない空間の中で絹製品の服とズボン程度しか持ち合わせが無いのだ。それだけならまだしも、遠くからは野生動物の遠吠えすらも聞こえてくる。そんな状況を絶望と言わずとして何と言うのだろうか。


「ま、いいや。何とかなるだろ」


 どうやら、そういう事でも無いらしい。

 その目にあるのは楽観的にも捉えられ、それでいて達観的とも捉えられる。だが、明確に今の状況に恐怖の欠片すらも感じていないのは確かだ。再度、岩肌に背中を預けたかと思うと片膝を立てて組んでみせる。


「……本当に訳が分からないな」


 自暴自棄、そうなってしまうのも仕方ない。

 仮に動くとしても問題の方が大きいのだ。何も無い状況下で動いて何の結果が得られるというのか。当たり前だが、そんな結果論は分からない中でただ怠惰に更けた結果が良いだけだった。それでも多少は冷静になったのか、少年の表情が一瞬だけ和らぐ。


「ステータス……なるほど、な」


 少年……いいや、クロエの前に現れたのは透明な彼に関わる情報だった。名前はクロエ、性別は男、年齢は幼い見た目通りの十歳だ。他にも本人のレベルが出てはいるが、そんなものよりも彼の目に止まるものがあった。


「……不労所得」


 その言葉自体はクロエもよく知っている。

 端的に言えば、働かずとも得られる成果といったところだろうが、問題なのはそれが固有スキルという枠組みであった事だ。詳細自体は文字を長くタップする事で調べられた。だが、その固有スキルという言葉自体には違和感があったのだ。


 当然だろう、読んで字の如く、固有のスキルだ。

 持っている本人に合った技術、そう考えるとどうしても認めたくないものがあった。まるで神様から自堕落だと烙印を押されたかのような感覚に襲われ、クロエも可愛らしい表情をキツく歪ませて天を睨んでは───




「ま、どうでもいっか」


 なんて事はなく、説明に目を通し続けた。

 不労所得の説明を見終わってからは、もう一つだけ手にしていた『収納』に目を付けて、そちらの説明も見終える。どちらも見終えた瞬間に幼さに見合わない笑みを一時だけ見せたのは誰も知らないだろう。だが、確かに彼が面白く感じたのは間違いのない事だった。


「出るか……どうせ、暇だし」


 軽く腹筋に力を入れたかと思うと起き上がる。

 起き上がった瞬間に適当に拾った石を本気で投げ付けた。だが、それが地面に着く事は無く、空に食われたかのように消え去ってしまった。それを見てニヤリと笑みを浮かべたかと思うと小さく声を漏らす。


収納インベント


 同時にクロエの前から勢いよく石が飛んだ。

 他でも無い、先程に投げられた石だった。ただ投げた石を格納出来ただけ、そう捉えられれば使い道も無かっただろう。だが、それを見てクロエは静かに確信した。この能力は想像以上に使い勝手の良いものである、と。






 ______________________

 スキル『収納インベント


 別の次元を作り出し、レベル×10トンまで収納する事が可能となる。生物を入れる事は出来ないが無生物は可能で、内部での時間経過や他の物体同士の接触は無効化されている。

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