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美味しかった

きっと悠なら友達でいてくれる

ちゃんと目が覚めた。きっと、昨日のおかげだ。

水の中から出れたみたいに、頭が軽い。視界ははっきりしている。音も遠くない。


すっきりしている。


でも——


「おはよう」


「おはよう」


「元気だね」


「おかげさまでな……」


声は出る。

ちゃんと、会話できている。


普通だ。

全部、普通に戻った。


でも、

 

「……なぁ」


「なに?」


少しだけ、間。


「今日、なんか食ったか?」


悠は少しだけ首を傾げる。


「ううん、まだだよ」

 

「……そっか」


胸の奥が、


ほんの少しだけざわつく。


満たされているはずなのに、


どこかが空いている。


自分の手を見る。



綺麗だ。


何もついていない。


「……まだ」

 

言葉が、零れる。


「鹿?」


「いや」


「まだ足りない」




手は綺麗だ。

足だって綺麗だ。

何も、汚れていない。


悠は——きっと汚れている。

でも、

綺麗だ。



清算しているから、汚れない。


手で食べたって、仕方ない。

食べさせられたって、仕方ない。


違う。

 

(……それじゃ、足りない)


自分で、食べないと。




「鹿、ご飯食べよ」


「……うん」


「もうザクロは食べないの?」


笑っている。

分かっているくせに。


「……あれじゃ、足りない」


「そっか」


否定はしない。

止めもしない。


ただ、


当たり前みたいに頷く。


「じゃあ——何食べる?」


考えて、

やめる。


「……決まってるだろ」




少し、暖かい。

湿っている。


もう、動かない。


まだ慣れない。


でも——


口に運ぶ。


噛む。


噛む。


飲み込む。


喉が、わずかに鳴る。

 

(美味しい?)

 

「……」


目を閉じる。


「……うまい」


でも——


「……足りないからな」




「鹿、帰ろ」


「……あぁ」


「楽しいね」

 

「楽しいよ、すごく」


「そっか」


「……」


「……」


「腹が減った」


「……そっか」


「うん」


「じゃあ——いいよ」


 (ずっと待ってた)




 その言葉は、


あまりに自然で、

あまりにも軽くて、


だからこそ——

決定的だった。



(普通……)


その言葉が浮かぶ。


でももう、

それが何を指していたのか、思い出せない。


でも——


悠は、きっと肯定してくれる。


一歩、近づく。


悠は逃げない。

目も逸らさない。


「鹿の普通でいいよ」


やっぱり、そう言ってくれる。


悠は——友達だ。


空腹が、満ちる予感に変わる。


「……うん」


手を伸ばす。


触れる。


温度がある。

少しだけ高い、いつもの体温。


脈がある。


ゆったりと。


今度は——


迷わない。


音は、ない。



——


——


——



夕方五時のチャイムが鳴る。


教室には、

いつも通りの空気が通っている。


机。椅子。夕焼け。

何も変わらない。


ただ一つ。


鹿だけが、

静かに座っている。


口元を拭う仕草。


手を合わせる。


「……」


少しだけ、考える。

 

「……やっぱり」


「美味しかった」

ごちそうさまでした

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