その34
「えぇーーーーーっ!」
私と奥さんは同時に声を上げました。
これまで、腫れ物に触れるように維持していた二人の沈黙が破られました。
Kが「電車に乗った」、というクダリあたりから、「やるな」という予感と共に私の体は自然と臨戦態勢をとっていましたが、見事に突破された感じでした。
Kは私達の変化に気がついていないかのように、同じペースで話を続けます。
「でさ……次の瞬間、アレ、死んでねぇよ、オレ、そう思った」
「でさ、体が動かないんだよ。そしたら人がオレのいるところに降りてきてさ、直ぐに駅員も来たよ」
「”人”って……」
「普通の……乗客の人っつーの?知らない人だよ」
「で、担架に乗せられて、その後、病院に救急搬送された」
私は喉元に燻っている言葉を飲み込みました。
なんで…助かったの?ーーーー
こんな言葉が出かかる私自身の幼児性に、私は嫌悪感を感じました。
「それで入院。しばらく右半身が動かなかった」
「同じ部屋に入院している爺さんから言われたよ」
あんた、それ、あんたの叔母さんに救われたんだよ。あんたの叔母さんが「まだ死んじゃダメだ」、あんたにそう言ったんだよ。
「オレも、”そうかな〜”、そう思ってさ、拾った命だし、”大事にしよう”って思った」
私はビールを喉に流し込むと、大きく息を吐きます。
Kは今、私の目の前にいます。
Kは今、この瞬間に生きているのです。
そして、自由に動ける状態にあることも知っています。
しかも、私はこれまで、フィクションのようなK劇場をさんざん観てきました。
K劇場には慣れているはずでした。
なので、安心してK劇場の話を聞けるはずです。
ところが……
この20年間で、私の耐性が落ちてしまったのでしょうか。
それとも、K劇場は絶え間なくバージョンアップしているのでしょうか。
つくづく思います。
自分はこの男を何と呼べばいいのだ?
友人……違う。
飲み友……違う。
バンド仲間……これも違う。
「オレ、しばらく看護師に、下の世話をしてもらってたんだよ。看護婦、上手いんだよ、扱いが」
「ひょい、って感じでつまんでさ、サッと尿瓶に入れるんだよ。慣れたもんでさ」
Kは、ヒャヒャヒャ、と笑います。
私と奥さんは笑いません。
「で、ある日、来たんだよ、二人の男が病室に」
「紙をバッとオレにかざしてさ、『何で私がここに来ているのか、分かっていますね?』」
「そう言った」ーーーー




