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27.素敵なお部屋ね。

 メリサリアは吐息した。


「見逃してはくれないのね」


「ええ」


 クオリンドはうなずいた。

「場所を変えないといけませんね。騎士団寮のわたしの部屋――いや、それはまずいな。行きつけの都合の良い店があります。そこで話しましょう」


「うん」


 メリサリアはクオリンドに連れられてしばらく道を歩いた。


 黄昏どきの王都は花やかに賑わっていた。あちらで東方からやって来た隊商が駱駝を曳いているかと思えば、こちらでは皺だらけの顔をした老人たちが盤戯に夢中になっている。


 あるいは大声を出して客引きを続ける店主、そのまわりをはしゃいで歩き回る子供たち――数日前、森で繰り広げられた〈ハイ・グリフォン〉との死闘が嘘のように平和だ。


 あるいはこの平和がいま脅かされているのかもしれない、と思った。何者かが王国の平安を崩壊させようと狙っているのかもしれない。そのような大袈裟な事態でなければ良いのだけれど。


 しかし、どうしても不安は消せなかった。


 クオリンドは迷うこともためらうこともなく王都の奥まった地域の一本の小道に入ってゆき、一軒の、看板すらろくにかけられていない店の扉をあたりまえのようにひらいた。


 しかたなく、メリサリアもそれにつづく。


 そのなかは、意外に広く、きわめて清潔にととのえられた店だった。


 十ほどのテーブルが並び、それぞれに酒や料理を楽しんでいる人が座っている。しかし、不思議と、この手の店には付き物の騒然とした雰囲気はなく、だれもが静かに食事を味わっていた。


挿絵(By みてみん)


 ひとりの老いた男が近寄ってきて、白髪の頭を下げた。


「これは、クオリンドさま。ようこそおいでくださいました。きょうは、お食事でよろしいですか」


「ああ、奥の部屋を用意してくれるか」


 その老人の目がほんの一瞬、クオリンドの後ろに従うメリサリアの顔に向けられ、しわ深いくちびるがわずかに感嘆の形をつくったように見えたが、かれはそれ以上に表情を動かすことなく、畏まってうなずいた。


「では、少々お待ちください。いま、準備をして参りますので」


 そう告げて、かれは奥へ下がっていった。


 メリサリアは店内を見まわしながら、ちょっと感心して呟いた。


「良いお店をご存知なのね」


「そうでしょう。ここは知るものぞ知る秘密の店なんです。会員制というわけではありませんが、この店の存在を知る者じたいかぎられていて、下品だったり、うるさ過ぎたりする客は断わられてしまいます。そして、一部の常連の客だけに許された部屋があるので、きょうはそこでお話をしようというわけです」


 クオリンドはちょっと誇らしそうに見えた。


 メリサリアはほほ笑んだ。大陸中央の大国シークラーンの王子ともあろう者が、このくらいのことを自慢するのはいくらか可笑しく、またほほ笑ましい。


 クオリンドという若者には、自分の身分をあまり特別だと自覚していないようなところがあって、彼女はそこに惹かれてもいるのだった。


 しばらくして、用意がととのえられ、ふたりは奥の部屋へ通された。そこは、このような町外れの小料理屋にまったくふさわしくないことに雅やかなほど麗しくしつらえられた一室であった。


 白い清潔な布が垂らされたテーブルのうえにはやはり眩しいように白い百合の花が入った瓶が置かれ、その傍らにはひとりの給仕が真っすぐな姿勢で佇んでいる。


 森で生まれ、森で育ったメリサリアはいままでこのような店に入ったことはなかった。


「素敵なお部屋ね――ああ、ありがとうございます」


 メリサリアは給仕がひいてくれた椅子に座り、クオリンドと向かい合った。


 給仕は、ほんのわずか笑っているようであった。それを見咎めたクオリンドが問い質す。


「何か可笑しいか、リドル」


「いえ、何も。ただ――」


「ただ、何だ?」


「その、クオリンドさまが女性をおともないになってこの店を訪れられるのは初めてだと思いまして」


 クオリンドの白皙の頬が紅潮した。


「きょうは秘密の相談があるんだ。酒と料理を運んだあとは、この部屋には近づかないでくれ。料理は、いつものものを。酒は、そうだな、あまりつよくない果実酒を頼む」


「畏まりました」


 給仕は、ちょっとメリサリアのほうを向いて、優しくほほ笑みかけてから、去っていった。あきらかに好意を感じさせるような柔らかな微笑であった。


 いったい、自分のどこを見てそのようにほほ笑んでくれたのは、彼女にはわからない。ただ、このクオリンドの行きつけの料理屋の店員が、拒まずに迎え入れてくれたことは嬉しかった。


 ふだんは忘れているが、この目の前の秀麗な若者は紛れもなくこの国の支配者層のひとりなのだ。そのかれにまるでふさわしくない田舎娘と見られたのでなければ良いのだが、と思う。


 そのようなことはいままで気にしたこともなかったのに、我ながら、自分の心の揺れようが不思議であった。


 やがて、量こそ多くないがいかにも目にもうつくしい豪勢な料理とガラスの酒瓶が運ばれてきて、純白のテーブルクロスのうえに置かれ、そしてふたりはふたりきりになった。

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