26.お別れです。
王都に帰還すると、人々の歓呼が騎士たちを待っていた。
偉い騎士さまたちが、何かの理由で狂気と殺意に捉われて暴れた猛々しい幻獣を退治してくれた――民衆はかれらの冒険をそのように受け取ったし、それはおおむね事実であったから、だれも否定しようとはしなかった。
何より、騎士たちにとっても、市井の人々が勝利を喜び、讃えてくれるのはまちがいなく嬉しいことであった。
一行が騎士団寮で解散し、英雄として酒場に入っていくと、たちまちかれらのたくましく鍛えられた肉体に若い娘たちがしな垂れかかり、我先に酒杯を注ごうと競い合った。
その杯を干し、女たちの頬にくちづける騎士たちの顔は明るかった。
仲間に死者が出たのは残念なことだが、ともかくかれらも英雄として死ねたのだ。それに、〈ハイ・グリフォン〉一匹を相手取って、この程度の犠牲で済んだことは幸運だった。
いまはとにかくいのちがあることを喜ぼう。あしたにはまた新しい任務が待ちかまえているかもしれないのだから!
だれもかれらのことを享楽的に過ぎると責めることはできないだろう。じっさいにかれらはそのいのちを賭けて戦ったのであり、いつまでそのいのちが続くかはだれにもわからないのだ。
酒と女を愛することは俗物の証に過ぎないかもしれないが、どれほど清廉な英雄であっても、あたりまえの日常から完全に隔絶したまま生きることはできない。もしそのようなことができる者がいたら、それは人間ではないに違いない。
騎士団が解散を告げたあと、メリサリアとオリアネはひっそりと別れを告げた。
「メリサリアさま、これでお別れです」
「そうね」
メリサリアは笑顔を作ろうとしたが、完全には成功しなかったかもしれない。ここ数日ですっかり仲良くなったこの少女と別れることはいかにも寂しかった。
じつの妹のようといったら少し違うだろうが、親しく感じていることはまちがいない。
彼女が〈塔〉に戻ったら、もう、少なくともしばらくは逢う機会はないだろう。
この時代、いったん別れを告げて離れ離れになったなら、次にまた逢える保証は何もない。一時の別れのつもりが一生の別れになることは良くあることなのだ。
オリアネはその場で深々と頭を下げた。
「短い間でしたが、お世話になりました。この度のことはこの先もずっと忘れないと思います。わたし、いままでずっと自信が持てなかったんです。自分なんて、つまらなくてくだらない人間だってずっと考えてきました。でも、メリサリアさまと逢って、たくさん褒めていただいて、少しは自信ができた気がします。ユリッサさまにも褒めていただいたことはあるけれど、メリサリアさまのお言葉は特別です。だって、メリサリアさまは――」
オリアネはその先の言葉を飲み込んだが、もちろんメリサリアには彼女がいいたいことがわかった。聖女さまだから、というのだろう。
オリアネも騎士団の者たちも、自分が聖女であることを当然に気づいているだろうが、それでも黙って放っておいてくれている。ありがたかった。
騎士団に対してはかれらの身を守ることで義理は果たせたと感じる。しかし、オリアネには、何をすれば返礼したことになるだろう。
この、やたらに己に対する評価の低い、素朴で可憐な少女から受けたものは意外に大きい。何も返さずに別れることは心苦しかった。
「オリアネ」
メリサリアは悩んだあげく、言葉を選んで口に出した。
「わたしは森の奥にひとりで棲んでいるの。くわしい場所はクオリンドが知っている。だから、いつか遊びに来て。ううん、わたしのほうから〈塔〉へ出向くことにするわ。オリアネは自信が持てないっていうけれど、あなたは魔術も凄いし、その上、人を何か惹きつけるものがある。そんな人、めったにいないよ。だから、ちゃんと自信を抱いていてね」
「メリサリアさま……」
オリアネの顔が、花がひらくように明るく輝いた。メリサリアが彼女と逢ってからいちばんの笑顔だった。
メリサリアは、その肢体を優しく抱きしめた。オリアネもまた彼女の背中に腕をまわす。
ふたりは、そうして、しばらくのあいだ、姉妹のように抱き合っていた。
オリアネと別れたあと、メリサリアはひとりになった。その彼女に声をかける者がある。
「メリサリア、これからすぐに森に帰るつもりですか」
クオリンドだった。かれは酒場へは出向かなかったのだ。何といってもかれは騎士であるまえにこの国の王子であるから当然のことかもしれなかったが、少し意外だった。
かれの性格であれば、いっしょに付いて行ってもおかしくないような気がしたのだ。騎士団長という立場を考えてわきまえたのだろうか。たしかに、かれが一緒だったら騎士たちも羽目を外して騒ぎづらいことだろう。
「いいえ、もう遅いから一泊していくつもりだけれど」
クオリンドはうなずいた。
「そうですか、それは良かった。じつは、お話があるんです。あの〈ハイ・グリフォン〉を動かしていたものについて。それから、あなた自身についても」




