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25.いまは、まだ。

 セヴェリンドと名づけられた凶猛の幻獣の首級を獲り、一行は帰途に着いた。


 おそらく、騎士たちのだれもがメリサリアの行動に当惑していたことだろう。しかし、だれも彼女にそのことについて問い質すことはしなかった。


 ひとつには、騎士団長であり一行の統率者であるクオリンドが何も訊かなかったからである。


 かれが沈黙を守る以上、配下の自分たちが口を出すわけにはいかない。だれもがそう思ったに違いなかった。


 そして、いまひとつは、かれらのひとりひとりがメリサリアの力が紛れもなく聖女のものであると悟ったからであった。


 一行のなかには、死に直結していてもおかしくないような深手を負った者もいる。


 当然のことだ。あいてはひとつの軍隊を一体で相手取ることもあるような魔法の生物なのだから。


 むしろ、この程度の被害で済んだことは奇跡に等しい。そして、その奇跡の理由はメリサリアにある。


 〈ハイ・グリフォン〉の剣のように鋭利な爪で鎧ごと貫かれた者すらいたが、メリサリアはその傷を跡形もなく癒やしてしまった。


 まさにこの世の摂理を超えた女神の力、聖女の祝福に他ならない。


 過去何十年にもわたってこの国に聖女はあらわれなかったと思われていた。しかし、そうではなかった。聖女はいたのだ。ただ、何かの理由で自分の力と正体を隠していた。それだけのことだった。


 もちろん、騎士たちはメリサリアがどのような理由で正体を隠したのか知らないはずだが、それでもかれらは沈黙を守る誓約を行ったのだ。いのちある限りそれを守ることだろう。


 メリサリアはかれらの不干渉をありがたく感じながら、ひとり、暗い物思いに耽っていた。


 あのグリフォン――ゲルジェリウスは、前世のケイリンネが親友のように可愛がっていた幻獣だった。


 ケイリンネは罪を問われ、虜囚となる直前にかれを解き放ち、その後のことはまったく知らなかったが、どうやら、野性となって生き永らえてくれていたらしい。


 それが、百年余りの時を経て、何らかの契機で狂った。その契機が何であったのか、具体的なことはわからない。


 ゲルジェリウス自身にもわからなかったようだ。ただ、かれはあるとき、何かおぞましいものに憑かれた。


 かれが言葉ならぬ伝達で渡してきた印象によれば、それは、形容しがたくすさまじい憎悪と悪意の結晶――邪悪の亡霊ともいうべきものであったという。


 それはゲルジェリウスのなかに本来存在しなかった殺意を燃え立たせ、かれを破壊と殺戮に導いた。


 その行為には、えもいわれぬ漆黒の快楽があったらしい。かれは狂気に操られるようにして自然の則に反する行動を続け、今日、ようやくその亡霊から解放された――自身のいのちを代償に。


 その、ゲルジェリウスを捉えた亡霊とは何者なのか。そして、なぜゲルジェリウスでなければならなかったのか。謎は残った。


 いったいこれからどうすれば良いのだろう? その〈亡霊〉の正体を探るにしても、手だてがない。そして、見つけたところでどのように対処すれば良いかもわからない。


 あるいは自分の聖女の力があれば、その存在に対抗することも可能かもしれない。おそらく可能だろう。


 聖女は物理的な攻撃能力は有していないが、そのかわり、邪悪な意思や霊的な存在に対してはほとんど万能といって良い。


 信心深い人々のなかには、聖女は女神の代理人であると信じる者もいる。その真実についてはメリサリア本人も知らないが、聖女が持っているのはそのように考えられるほどの規格外の能力であるのだ。


 まして、自分は歴代最高といわれる聖女ケイリンネの力を受け継いでいる。どのような妖しい魑魅魍魎の類であろうと、怖れる必要はない。そのはずである。


 しかし、正体もわからない存在をただ祓って終わらせてかまわないのか。〈敵〉の謎を解き明かすことなく事件を解決してしまうべきなのか。それはわからない。


 あるいは考え過ぎであるのかもしれないが、何かまだ嫌な予感が消え去らない。何かを取りこぼしているような、思い至るべきことが残されているような、隔靴掻痒の思い。


 帰路の最中、メリサリアは幾たびもため息を吐いた。そんな自分をユリッサやオリアネが心配そうに眺めていることには気づいていたが、声をかけられても「ありがとう」とか「大丈夫」と返事をするだけに留めた。


 じっさい、話せることは何もないのだ。何かひとつ話せば、自分がケイリンネの生まれ変わりであることまで話さなければならなくなってしまう。


 もしかしたら、それも隠す必要はもうないのかもしれないが、すべてを話し尽くしてしまうことはやはり望ましくないように思われた。


 それは自分の臆病であるのだろうか。そうかもしれないが、たとえそうだとしても、やはりこの秘密は墓まで持って行くことにしたい。


 だれよりクオリンドから不気味な存在として見られることは耐えがたかった。かれのことは信頼している。だからこそ、自分のことを異常な存在だと見てほしくなかったのだった。


 それが、己の心に息づいた優しい恋ごころに根差す想いであることを、メリサリアは気づかない。


 いまは、まだ。

 物語は後半に入っています。あと、4~50000文字くらいで終わる予定です。最後までよろしくお願いします。

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