21.神秘の幻獣。
翌日、〈ハイ・グリフォン〉セヴェリンド討伐隊は出立した。その数、二十数名。選び抜かれた精鋭ぞろいである。
むろん、ほとんどが男性であり、メリサリアのほか、ユリッサ、オリアネだけが女性だった。男性集団のなかに女性だけが少数混じっていると、自然、親しく話すようになる。
メリサリアは特にこのオリアネという少女に興味をもった。
「どうして、魔術を学ぼうと思ったのですか。才能があったのですよね」
野営地でいささか固いパンをかじりながら訊ねた。
オリアネはもともと小柄な身をさらに縮めるようにして恐縮する。そういう子なのだ。
「べつに、特別な才能があったわけではないですけれど、昔から本を読むことが好きで、魔術に興味があったんです。それで伝手をたどって〈塔〉に入門したら、運よく師匠に見出されて、何とか環境が整いました。その先はただ授業についていくのに精一杯でした」
「と、こうオリアネは謙遜していますけれど、じっさいには〈塔〉でも指折りの俊英といわれているんですよ」
ユリッサがからかうようにひき取った。
「魔術を学ぶことを求めて〈塔〉の門を叩く者は決して少なくありません。しかし、入門を許可される者は少なく、数年後に残っている者はさらに少ない。〈塔〉とはそういう場所です。凡人がいられるきところじゃない。特別な才能を見いだされた人間だけが一生をかけて真理を探究するのです。その〈塔〉で、オリアネは次代を担う逸材と見られている。そういうことなんですよ」
「も、もう! ユリッサさまはすぐそうやってわたしのことを褒めるんですから。どうしたら良いかわからなくなってしまいます」
オリアネはちいさなからだをさらにさらに縮めた。そのうち消えてなくなってしまいそうだ。
「褒めて何が悪い? わたしは嘘をいっているわけじゃない。じっさい、オリアネは才能があるし、努力もしている。その上、とても可愛い女の子だ。謙遜することは悪いことじゃないけれど、卑下する必要はまったくない。堂々としていれば良いんだよ。わたしはそう思う」
「そうでしょうか」
オリアネはしゅんとうな垂れた。
「わたしは、昔からこうなんです。師匠からももっと自信を持ったほうが良いといわれるんですけれど、自分に才能があるなんてとても思えないし、努力もまだまだ足りないとしか思えません。たしかに、魔術に関してはそれなりに勉学して来ましたけれど、この道は無窮で、知れば知るほどわからないことばかりです。とても自分に自信をもつなんてできません」
「魔術でなくても道を志すとはそういうものだよ。わたしだって剣を窮めたとはとてもいえない。まだまだ未熟であることは自分でもわかっている。だけれど、そのことを恥じるつもりはない。先が長いからこそ、進む甲斐がある。そうじゃないか」
「それは、そうかもしれませんけれど――」
「ふたりとも、素敵ですね」
メリサリアは薄くほほ笑んだ。
「一生をかけてめざすべきものがあるって、素晴らしいですよね。わたしにも、何かそういうものがあれば良かったのですが」
「メリサリアさまは、いまのままで良いんですよ! そんなにお綺麗で、優しくて、女らしくて――しかも、特殊なお力までお持ちで、メリサリアさまがこれ以上すごくなられたら、わたし、近寄ることも恐れ多いって思ってしまいそうです」
オリアネが拳を握って力説した。その真剣な様子にほほ笑ましいものを感じながら、彼女の言葉に、メリサリアは遠い昔に逢ったひとりの女性のことを思い出していた。
ジュネッサ。
聖女ケイリンネを陥れ、そののち、陰謀の事実が発覚したあとは一生を投獄されて終えた女性だ。
彼女のことはいまも生々しく記憶に残っている。あるいは、彼女はさまざまな才能に秀で、人望も厚かったという聖女に引け目を感じていたのかもしれない。
ケイリンネの死後の彼女については記録で知っているだけだが、牢獄に閉じ込められ、恐ろしい最期を遂げたものであるらしい。
その牢獄はこの国における最も重罪の咎人が一生にわって投獄される場所で、名前を何といっただろうか。たしか――。
しかし、そのときは思い出せなかった。
旅は続く。
やがて一行は森に入った。
名も知れない虫たちが集き、枯れ葉や小枝が足ものに落ちたそのなかを、東へ、東へ。
オリアネは時折、低く呪文を詠唱して、何やら調べる様子だった。魔術をもちいているのだろう、とはわかる。
だが、べつだん派手なところはなく、一見すると適当に魔術のまねごとをしているだけにも見える。
それなのに、クオリンドにしろユリッサにしろ、彼女のいうことを疑う様子はまったくなかった。
メリサリアはちょっと感心した。人を信用するとは、こういうことであるのかもしれない。
「近いです」
森のなかで数日を進んだあるとき、オリアネが真剣な顔でそういい出した。
「この近くに強大な魔力を感じます。警戒してください。もうすぐ〈ハイ・グリフォン〉のいる場所にたどり着き――」
そのときだった。
どこかから、何者かがゆっくりと羽搏く音がちいさく聴こえてきた思うと、すぐに大きくなり、地上にひとつの影が落ちた。
騎士団の全員に緊張が走り抜ける。一行のまえに堂々と、しかし凄まじい敵意をともなって〈それ〉は姿をあらわした。
獅子の肉体に禽獣の翼、金色の双眸と鋭く尖った爪。万物を統べるこの世の法則にすら従うところがない神秘の幻獣。
だれかが叫んだ。
「セヴェリンド!」