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19.その名は――

「そういうわけで、いったいなぜ〈ハイ・グリフォン〉が暴れるのかはわかりませんが、わたしたち騎士団がこれを探し出し、討ちます。そのために、メリサリアさま、あなたと、もうひとり、協力してくれる人がいます」


「どなたですか?」


「〈塔〉の魔術師です。紹介しましょう。オリアネ、出て来なさい」


 ユリッサがそう声をかけると、その部屋の扉がゆっくりとひらき、ひとりの人物が入ってきた。


 十四、五といった年頃の可愛らしい丸顔の少女だ。先が折れた帽子を被り、結ってお下げにした豊かな黒髪をまえに垂らしている。やはり黒いひとみに、何かほのかに疑うような気配があった。


挿絵(By みてみん)


「オリアネと申します。よろしくお願いします」


 掠れた小声で呟くように挨拶する。メリサリアもその場に立ち上がって一礼した。


「メリサリアです。よろしく」


「どうです、可愛い子でしょう」


 ユリッサがほほ笑んだ。


「こう見えて優秀な魔術師なのです。〈ハイ・グリフォン〉の場所を探し出すため、〈塔〉に連絡を取ったところ、この子を派遣してくれました。何でも、〈塔〉でも指折りの才能なのだとか。それに加えて、素直で性格も良い。素晴らしい子です」


「やめてください、ユリッサさま!」


 オリアネはいやそうにからだをくねらせた。


「わたしなんて、ほんの未熟者です。そんなふうに褒められる資格はありません。ユリッサさまはほんとに大袈裟に褒めるんですから。そ、それに、わたしは可愛くなんてありません!」


「いや、可愛いよ。可愛いですよね、メリサリアさま」


「ええ」


 メリサリアはくすりと笑った。じっさい、オリアネにはいかにもその年ごろの女の子らしい、素朴で柔和な可憐さがある。本人は、そのように褒められることに慣れていないようだけれど。


「も、もう、メリサリアさままで! わたしは可愛くなんてありません!」


 オリアネは赤面して怒った。


「まあ、それは措いておくとして」


 収拾がつかないと判断したのだろう、ユリッサはやや強引に話の方向を変えた。


「この子なら例の〈ハイ・グリフォン〉を見つけだすことができます。見つけ次第、戦いになるでしょう。わたしたちは必ず勝ちます。いくらか損害は出るでしょうが」


 ユリッサはごくかるくいい切ったが、その言葉は重かった。この場合の損害とは、騎士たちの死を示している。あるいは、このユリッサも、いや、クオリンドですらも、その戦いで斃れるかもしれないのだ。騎士が戦場に立つとはそういうことである。メリサリアはその「損害」を最小限に留めるため、正体が露見する危険を冒してこの場にやって来た。


「わたしも少しはお役に立てると思っています」


 メリサリアは三人の目を順番に見つめた。


「わたしには生まれながら結界を張って自然の猛威を防ぎ、人の傷や病を癒やす力が備わっています。もし、騎士さまたちが傷つかれても、致命傷でなければ癒やせることでしょう」


「え、それって――」


 オリアネが何かをいいかけて、ハッとしたように口もとを押さえた。


 メリサリアには彼女が何をいいかけたのかわかる。あるいは結界を張り、あるいは人の傷を癒す力、それは聖女のもの以外ではありえない。


 歴史を振り返れば、そのような力をもつ人間が幾人か並存し、そのなかからただひとりの聖女が選ばれた時代もあったというが、いま、シークラーンでは聖女の力をもつ者は知られていない。


 メリサリアの言葉は、彼女が聖女であると名乗ったことに等しかった。


 しかし、オリアネと異なり、ユリッサはまったくあわてなかった。


「大変助かります。わたしたちはみな、死を恐れず戦ってはいますが、死なずに済むのならそのほうが良いに決まっている。少しでも死を避けられることほどありがたいことはありません」


 端然と語る。


 メリサリアはきゅっとくちびるをかみ締めた。


 死を恐れずに戦うというが、それじたい、何と怖ろしいことなのだろう。ひとたび、ケイリンネとして死を経験した彼女だからこそわかる。理不尽な形で死ぬことがどんなに恐ろしいか。


 だが、それでもなお、騎士たちは戦わないわけにはいかない。自分にできることは、ひとりでも戦いに斃れる者を減らすことだけだ。


 あるいは、聖女であることが発覚することを恐れて積極的に行動できずにいる自分に、そのようなことをいう資格はないかもしれないが、それでも、いま、このときは、自分にできることをやりたかった。


 ユリッサがその場に一枚の地図を広げた。


「〈ハイ・グリフォン〉は王都から東の土地で出没しています。当面はそちらへ向かい、オリアネの指示に従って奴を探すことになるでしょう。ちなみに、今回の作戦にともない、くだんの〈ハイ・グリフォン〉には固有名が付与されました。今後、奴はその名で呼ばれ、記録されることとなります」


「何と?」


「幻獣にもかかわらず人に害をもたらす狂った〈ハイ・グリフォン〉、その名は――」


 ユリッサは低くささやいた。


「セヴェリンド」

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