第參玖(57)章:狐 02
「狐、にございますか」
「それはまた、なぜ……」
続成の、「我々は未だ狐に過ぎない」という発言を聞き、中将様にしては妙な比喩を使うな、と思い思わず返答するとある家臣。だが、それこそが本当の全ての引き金であった。
「虎の威を借る狐って言うだろ。俺達はまだ虎には成れていない。所詮は狐に過ぎん。確かに紙の上では守護になったし、金銭も鉄分も充分に存在するが、まだまだ新興の域を出ておらん。朝倉などと違い、独立元の御家とは良好な関係を保てているが、それでも裏を返せば「山名」という「虎」の威を借りている狐に過ぎんわけだ。ゆえに、我等は虎に変化する必要がある」
それは、言ってしまえば自身が守護代から取り立てられ、同時にまだ着任して間もない、武力だけの存在であることを認識しているからこそ出た発言であり、それは同時に続成が自身の存在をまだ「僭上者」に過ぎないと周囲が認識していることをきちんと理解しているからこそのものであった。そして、それを聞いた家臣は、案の定「なれば公方様と反発するようなことをなぜしたのだ」と聞き始めた。
「それは、しかしなれば……」
「公方と距離を置いたのは、ロウクス的手法よ。考えても見ればわかるが、公方とは連合政権であり、国衆程度ならば容易に斬捨てるだけの非情さを心得ている。ゆえに我等は、斬捨てられぬように予め担い手としてではなく、狙い手として動くと同時に、分家である山名家との距離も保って、天下を狙う」
彼、つまりは続成が比喩として用いた「ロウクス的手法」とは、諸説はあるものの一番確実であろう、後に彼にそれを聞いた家臣の覚え書きによると「宇宙から見れば至近距離にある恒星、太陽から力を借りるのと、ロウクス、つまりは遙か彼方の恒星から力を借りるのと、直接借りるとしたらどちらの方が安全か、裏を返せばどちらの方が力が届きにくいと思う。ロウクスの方に決まっている。太陽の力を下手に借りれば、飲み込まれて焼き尽くされかねないでな」というものであった。彼らしい難解で独特の比喩だが、つまりは星から熱量を引っ張ってくる際に太陽から引っ張ってくるのと遠くの恒星から引っ張ってくるのとではより安全なのは遠くの恒星から引っ張ってくる行為であるのだが、無論彼もロウクスを熱源とした発電機よりも太陽光を使った発電機の方がより効率的に熱量を取り出せることは理解しており、あくまでも比喩に過ぎないということは後代で述べている。
ちなみになぜ、彼がロウクスなどという遙か彼方で尚且つ南蛮紅毛読みの、さらに言えば南半球からしか観測し得ないはずの天体をこの当時既に認識していたのかは、永遠の謎である。
「……本気でございますか」
そして、ロウクスというものが何かということには引っかからずに(一説には、「いつもの無明語であろう」と看破したからとも言われている(裏を返せば、続成公の無明語録、とはそれほどまでに有名であった)が、まあそもそも欧州系の言語が後代には絶滅するのだから無明には相違ないわけで、この手の横文字言語は続成の遺産である「どしえ・すくれ」と名付けられた大福帳で解読するまで皆皆目理解し得なかったという)公方家と距離を置いたのはそれが太陽であり、山名家と適正距離を保ち続けたのはそれが「ロウクス」、つまりは本遊星たる地久より遠い恒星であるからということを、そしてその比喩が意味するところ、それは高度な政治力学の知恵が必要であった、を聡明な続成の家臣団は理解し得た。故の、「……本気でございますか」とも言えよう。
「俺一代で、無理だと思うか?」
「……はい」
「ま、そう思うなら思うでいいさ、だが、必ず」
そう断言するや、彼はわざわざ通貨にも使えるであろう絹織物で編んだ烏帽子の上に巻いた鉢金を締め直した。彼が装備していた鎧兜は、絵巻物を見ればわかるとおり甲冑や鉄兜だけではなく「防弾装備」と称される絹を特殊な織り方で作った織物で作った、通称「富良東制服」を下に着込んでいたのだが、なぜそんな物で弓矢や今のところは垣屋軍にしか無いとは言え銃弾が防げるのか不思議がったという。(なお、この当時続成が切望したケブラー繊維は化繊を石油から作る関係上、まだ理論以外存在しなかった。というか、室町時代にそんなもん実在してたまるか!!)




