第參捌(56)章:狐 01
文明十七年五月八日、朝廷との折衝を終えた垣屋続成達は摂津への帰路に就くことにした。だが、続成はなぜか摂津への帰路ではなく丹波路を進み始めていた……。
「中将様、そちらは丹波路でございます、摂津へは帰れませぬぞ」
いつもの方向音痴かと思い続成に意見具申をし始める家臣団。それに対して続成はいつものようにその上申に対して非を認め家臣団の上申に従うのではなく、今回は反駁した。
「ああ、知っているとも」
「……では、なぜ」
上申した家臣は、続成が道を間違えていないことに安堵するものの、今度は別の疑念が湧いて出た。当たり前だが、山城から摂津へ帰還するのに、丹波路を通る必要は無い。丹波路とは京山城から山陰へ続く道であり、摂津は五畿内のうち位置的には山陽道に連絡する配置にある。つまり、続成は意図して摂津への帰還ではなく山陰道に足を踏み入れることを告知したのである。そして、それに対して続成は事もなげに、こう言った。
「単純な話だ、我等これより但馬へと向かう」
「……は、ははっ」
……続成は、なぜか領国摂津ではなく但馬へと向かいはじめた。但馬と言えば山名の領国であり、丹後はその同盟勢力である一色の領国である。丹波こそ細川家の領国であったが、彼等は少し前に発生していた丹波進軍によって一応は垣屋続成の威に伏していた。ゆえに、丹波路への行軍は可能と言えた。
だが、そもそもなぜ領国摂津への帰還ではなく但馬への進軍を行ったのか。同盟を組んでいる間柄とはいえ、流石に武装勢力を事前通告も無しに通行させるのは拙いのではないか。丹波路へと差し掛かった頃に家臣が再び、続成に聞き始めた。
「中将様」
「おう」
「これより丹波路に入りますが、なにゆえに但馬への進軍を行うので御座いましょうや」
但馬への進軍が意味するのは、言ってしまえば山名惣領家へ何らかの行動を行うということだ。無論、害するのであれば山名惣領家へ事前通告の必要は無いが、その場合は勅命や討伐令などといった大義名分が必要であるし、そうではなく単に朝廷同様に訪問するなりするだけであれば軍勢九百を連れて事前通告も無しに向かうのは流石に非常識な振る舞いである。
そもそも続成の現状を鑑みれば早急に山名惣領家へ向かう理由は今のところ存在しないはずだ。そう思い、家臣団は再び続成に丹波路へ向かう旨の理由を聞きたかったのだが。
「……ああ、そういえば言ってなかったか」
「はい」
「……俺達は、これから山名様に挨拶に行く。無論、手土産も用意してある」
続成は、山名惣領家へ挨拶に行く、つまりは訪問目的である旨を表明した。すなわち、害を為しに行くのではなく、味方同士の外交である旨を表明したわけだが、家臣団が聞きたいのはそういうことではなかった。
「いえ、それは存じております。但馬へ向かう時点で山名惣領家に挨拶に出向くことは皆存じておりまする。そうではなく……」
「ああ、なぜ今行くか、ってことか?」
「御意に」
今一度記述するが、続成は事前通告も無しに九百もの軍勢を他家の領国に通すという無謀を敢行するわけだ。当然ながら、いかに同盟国であるといえど、そこまでの行為を容認するとは思えない。第一、山名家の中には垣屋家のことを快く思っていない家臣も存在する。そういう連中に陰口でもされたらことではないか。そんなことすらわからぬわけではあるまい、そう思い、家臣団は丹波路に向かう直前で今一度上申したのだ。
だが、続成は事もなげにこう言ったと伝えられている。……「我等未ダ狐ニ過ギズ」。




