第參漆(55)章:朝儀 05
前回の話において、続成が気落ちした表情を見せたわけ、それは今回の朝廷との折衝において「巧くいった」からとも言え、表裏一体の問題とも言えた。なぜならば……。
「まだ、早いんだよ」
まだ早い。続成はそう言った。何が早いのか。それは……。
「? ……早い、とは一体なにがでございましょうや」
「今でこそ富良東宿禰という新姓を賜った立場ではあるが、元々垣屋家ってなんだったと思う」
垣屋家は、土屋党に属する坂東平氏の末裔である。まあ、諸説はあるものの土屋党と言えば相模国出身の御家人であり、経緯は中略し、可能なら後述するが、ここでは平家の関東部門の名門、という位置づけであることを押さえてくれれば構わない。
では、何が「まだ早い」、なのか。勘の良い方はお察し頂けたと思うが、平姓の人間にとって早期の出世は、あまり宜しからざる縁起を想起し得た。
そして、この一件を以て続成は偶に「最初の近代人」ではなく「最後の中世人」であるとも言われているが、そもそもそれは論点が違うわけで、近代人でも迷信や新興宗教にはまる者がいるくらいである、むしろ最初の近代人だからこそ、中世から抜けきれない部分は存在したと思われる。
……まあそもそも、たとえ生臭とはいえ高僧を獄門に掛けた時点で、彼が中世人であるはずがないのだが。
「……なるほど」
そして、訊ねた家臣もまた、とびきり勘の良い人物であった。だが、彼は勘だけではなく推察もとびきりの才を持つ人物であった。ゆえに彼は、続成の「杞憂」を終わらせるべく進言を続ける。
「な?」
「とはいえ、それは心配せずとも杞憂に終わるかと思います」
「そうかあ?」
「ええ、何せ中将様はまだ相国入道に比べて時がございますから」
「……それは、そうなんだけどさ」
……中将様こと垣屋続成、あるいは田須万潔が患っていた「杞憂」の正体。それは言うまでも無く、自身の家系が相国入道――平清盛の名の方が有名か――のように短期間で族滅されるのではないかという恐怖であった。
だが、それを眼前の家臣は否定する。当たり前だが、垣屋続成は文明十四年の生まれであり、今はまだ文明十七年、どう考えてもこのまま唄や舞の如く余命五十年と仮定しても、まだ一割も経過していない年齢である。むしろ、この当時の乳幼児死亡率を考えた場合、そちらの心配をした方が良いではないか、という年齢とも言え、その「幼武者」がきちんと健康管理をしている時点で、無用の心配といえた。
何せ、平清盛ですら従五位下・左兵衛佐に任ぜられたのは12歳である、その12歳にもならぬ時点で、さらに言えばその従五位下ではなく従四位上である、懸念するには少々早合点といえた。
とはいえ、不安というものは不確定要素への懸念から発生するものである、彼自身が平清盛に自身を照らし合わせ、不安に感じるのも、ある意味自戒という範疇であるならば却って好都合といえた。ゆえに、家臣は楽観的予測の後に、釘を刺した。
「まあ、心配なさるのであれば、善政を積み重ね、なるべく民に好かれることです。それだけでも、平家一門のような憂き目にはなりますまい」
「……信じるぞ、その言葉」




