第參肆(52)章:朝儀 02
「垣屋が朝廷と単独で接触したぁ!?」
「本当か、それは」
一方、端午の節句の儀式を行っていた幕府陣営はその一報を聞くや、直ちに取りやめると共に軍議を開き始めていた。古今東西、いや、東西ではないかもしれないが、征夷大将軍にとって自身を飛び越えて朝廷と接触を行う者は討伐対象であったからだ。それは、源義経の例を出すまでもなく、当然のことであった。
「ええいっ、公方様が逝去してからまだ四十九日も経っておらぬぞ!」
公方様、すなわち第九代室町公方職担当者である義尚のことであるが、彼が死してからまだ初七日が明けた程度のこの時期に問題行動を起こす愚物が存在するとは思わなかったからだ。無論、それを行いそうな人物は何名か存在したが、よりによって守護として任ぜられたばかりの垣屋続成がそれを行うとは、彼等の常識からは完全にかけ離れた行動であった。
「政元、貴様が監視しておりながら、なんという様じゃ!」
いきり立つは大御所こと、第八代室町公方職担当者である義政。元凶公方として後世まで悪名高い彼は、その実権力欲が無いと書かれた時期もあったが、そんなことはなく、むしろ権力欲の権化とも言える存在であった。嫡男に公方職を譲ったのも、その権力欲が原因であると書けば、ご理解戴けるだろうか。
「畏れながら!」
責められた側である細川政元は、平伏すると同時に何らかの手段で知った情報を幕政にかけはじめた。その内容とは、言ってしまえば奇襲案であった。誤解されがちであるが、彼が読者世界においてうつけぶりを書かれるのはその後半生が原因であり、この当時はまだむしろ幼名である「聡明丸」に恥じないほどの智謀を発揮する、京兆家当主に相応しい人物であった。
「なんじゃ!」
「……畏れながら、かの者が朝廷へ持参した軍勢は少のうございます。恐らく、京洛を騒がせぬためでございましょうが……」
「……なるほど」
「さすがは大御所様でございます」
……細川政元は、何らかの手段で現状の垣屋続成の手勢が少ないことを知っていた。いかに、圧倒的軍事力の差があるとは言え、少なき手勢で万を超える軍勢を支えきれるわけがない、そう考え、政元は算段を立て始めていた。……元々、細川政元が垣屋続成を庇っていたのは「技術力の差が圧倒的であり落命させる算段が付かない」からである、その算段が付く状況である以上、彼にためらいはなかった。
「なれば、いつ襲う」
乗り気になってきた「大御所様」こと足利義政。彼は歴史に残る愚物には違いなかったが、それでも足利の人間である、一応最低限の才能は存在した。それが、たまたま軍才や政才ではなかっただけで。
「……畏れながら」
「おう、さすがは政元よ、もう算段を立てておるか」
もう機嫌を直したのか、それとも嫌いな人物の首級を見られると思ったからなのか、座り直した義政。だが、彼は再びいきり立つこととなる。なぜなのか。それは……。
「今襲うのは、得策とは言えませぬ」
「なにっ」




