第壹肆(20)話:孫四郎元服
文明十七年元日。新年の賀のために孫四郎らは山名政豊へ拝謁を行っていた。と、いっても敵地であり、そこまでの堅苦しい正式なものでは無かった。一通りの新年拝謁の儀もそこそこに、孫四郎は元服を行うことになった。
「若、いえ、殿。……いよいよ元服の儀を執り行いまする。心の準備は宜しゅう御座いますな」
元服式の説明を行うのは斎藤又三郎であった。後に孫四郎、もとい続成の嫡男の傅役に任命されるだけあって、彼はそれなりに有職故実には詳しかった。何せ、仕える先が垣屋家の、ひきいては山名家の家臣である。さすがに家中一というほどでは無かったが、詳しくないわけが、なかった。
「……覚悟は出来ている。ただ、儀式については俺何も知らんぞ」
一方で、元服式を成人式の一種だと勘違いしている続成は本日から成人扱いされることを考え、覚悟だけはしていた。そして、彼は根本的に現代人である。儀式の中身については、無知であった。
「……ああ、そのことならばご安心なさいませ。殿はただ座っているだけで大丈夫で御座います。手筈は配下の者が整えまするし、合図は惣領閣下が出しまするが故」
一方で、それを知ってか知らずか、或いは眼前の「殿」がまだ四歳であることもあったのか、儀式を可能な限り続成の負担にならぬように取り計らう斎藤。それも無理からぬことで、後に続成が「儀式の類い、一切廃止してもいいよな?」と問うたら「それがしのことを考えて下さるのならば、それはご勘弁下され」と言う程度には、彼らは専門家であり、故に彼らは終始「続成仕様」には終始悩まされることとなる。
「あ、そなの?」
「ええ。……して、名で御座いますが……」
「おう」
「予定通り、「続成」で宜しいのですな?」
「おう」
……そして、遂に「垣屋続成」は誕生する。それは本朝の統一と躍進を意味し、同時に……。
「……畏まりまして御座います。して、次に儀式の手筈で御座いますが……」
「おう」
「……座って料理を食べるだけで良かったのでは無いのか?」
儀式を聞き、げんなりとする続成。彼は到底、それを熟せる自信は無かった。
「ええ、ですから基本的にはそうなりまする。ただ、儀式用の食事で御座いますが故、作法が御座います。……まあ、殿の場合はまだ四つで御座いますが故、そこまでのことは求められませぬが、今後も儀式に関わる場合は知っておいて損は無いかと存じ上げまする」
俗に言う、「打ち鮑」「勝栗」「昆布巻」などを始め、彼は本当に儀式面では疎かった。また、後に判明するが和歌の腕も非常に覚束ないものであり、どちらかと言えば彼は板東武者の原型に近かったと言える。
「……いいだろう。そんじゃまあ、行くか」
「ははっ」
「おお、来たか、孫四郎。……いや、お前は本日を以て「続成」だったな。……近う寄れ。烏帽子をかぶせてやろう」
孫四郎、もとい続成を呼ぶは酒の回った表情をして上機嫌な政豊であった。傍目から見ても足下が覚束ないほど泥酔している彼は、続成を見つけるや極上の笑顔で微笑み、近くに来るように合図をした。
「ははっ」
一方で、酒はさすがに飲んでいないが、緊張しているのか完全に動きがちぐはぐな続成。周囲の者は「大方惣領が烏帽子親で緊張しているのであろう」程度にしか思っていないのか、子供を見るような、というかまあ、子供を見る目ではあるのだが、微笑ましく思っていた。無論、彼は緊張はしていたのだが、それは「惣領が烏帽子親である」ということよりも、「儀式の手順を間違えていないだろうか」という面で緊張しているだけであった。
「まあ、緊張するなと言っても難しかろう。手順は整えておく故、少し動作をするだけで良いからな」
続成が緊張しているのを見て取った政豊は、そのにこやかな表情のまま千鳥足で烏帽子をとり、続成にかぶせた。作法も何もあったものではないのだが、続成にとっては逆にそれが心地よかったのか、つい気を緩めてしまった。
「は、はい。政豊様」
……一瞬にして、場が凍った。……だが、そこは歴戦の猛者達である。政豊も多少表情が凍ったものの、「童故仕方ないか」と思い直して、こう返した。
「……以後は、烏帽子親になる故、名前では呼ぶなよ? それともおぬしは父を名で呼ぶのか?」
「! す、済みませぬ!」
完全に取り乱し始める孫四郎改め続成。だが、政豊はそれを見て「わざとではないのだな」と思い、酒の席であることもあって気をつけるように言っただけで、「なにもなかった」ことにした。
「……ま、そういうわけで、じゃ。以後儂はおぬしの義理の父となる。准とはいえ一門になるのじゃ、それに励んで、手柄を立ててくれよ」
「ははっ!!」
そして、酒宴と元服の儀が終わり、皆がめいめいの帰路についた頃、宗続は続成を強く呼び止めた。……しかも、幼名で。
「孫四郎!」
「ご、ごめんなさいっ!!」
弾かれたように詫び言を叫ぶ続成。それを見て、宗続は多少機嫌を改め、続成の身を案じてか、或いは垣屋家の存続を案じてか次のように叱った。
「……反省しては、いるようだな。……全く、肝を冷やさせるな。惣領閣下の機嫌が悪ければ、貴様死んでおったぞ」
「……申し訳御座いませぬ」
その場で伏そうとした続成に対して、それを制して更に宗続はこう続けた。
「謝る相手は、儂ではあるまい」
「そ、それは……」
「……別に気にしておらんと言うておろうが、宗続」
会話を聞いていたのか、政豊が割り込んできた。彼は続成がどれだけ高い手柄を挙げたのかを知っており、多少の無礼は以後許すためにも、烏帽子親を買って出たのだが、そこまでの心算は宗続にはわからなかった。
「申し訳御座いませぬ!」
「すみませんでした……」
続成の頭に手をやり下げさせようととして既に下げているのを確認した宗続は、「確かにわざとではなかったのだな」と思いつつも今後の続成のことを案じてか、深く陳謝した。
「だから、怒ってはおらぬと……。まあ、よい。そこまで気に病んでいるのならば……宗続、三木を儂に献上できるな?」
さすがに、続けざまに謝罪を聞いて政豊も気が大きくなったのか、或いは寵臣である垣屋家につけいる隙ができたと感じたのか、すこし意地悪なことを言い始めた。何せ、君が峰城はまだ陥落していないのである。弾かれたように立ち上がった宗続は声も高らかに次のように宣言した。
「は、畏まりました。直ちに陥落させて来まする!」
が、政豊はそれを制して次の命令を言い放った。
「ああ、少し待て。……三木献上において、続成の力を使わずにやってみよ」
「……ははっ」
宗続は続成の力を過小評価していたのか、それに対して反駁せずに頷いた。それを不思議そうに眺める政豊であったが、契約成立を確認したのか、次のように言い放った。
「頷いたな? ……三木を献上するならば、続成に希望する領地を与えるでな、励めよ」
本当に息子を案じているのならば、できるよな? ……この発言は、言外にそう書かれていた。
「ははっ!!」
かくて、歴史は動き始める。




