第壹參(19)章:謀将孫四郎 02
「して、若。これからいかがなさいますか」
にわかに雑兵が増えたように見える孫四郎隊。それも無理からぬことで、孫四郎は旧赤松家領の民百姓を完全にとりこにしていた。それもそのはずで、彼が赤松家の領民に提示した条件とは、「垣屋家領に属した場合2割分の、山名家領に属した場合は1割分の税を減免する」という即物的なものであった。無論、無茶な減税は人気取り政策と糾弾されるものであるが、彼にはある勝算があった。
「それなんだがな……、ひとまず民百姓は志願者であっても今は徴兵・徴用はせぬ旨を伝えよ」
そして、彼は更に人気が上がる策を仕込んでいた。こういう場合、真っ先に忠誠の証を示すためという名目で人夫として徴用されそうな民百姓の徴用を禁じていた。それは孫四郎が、民を兵にするためにはどれだけの年数訓練すれば良いかを深く知っているからであったが、家臣団はそこまでわからなかったのか、次のように返した。
「……まあ、それはそうでしょうな。いかに志願してきたとしても彼らに払う蔵米を考えたらあまり多くは割けませぬ」
「それとなんだが……」
さらに、何か策があるのか言い淀む孫四郎。それに対して家臣団はまた何かしらの無理難題を提示するのだろうと構え始めた。
「はあ」
「もし、今後敵国を攻め取る時、民百姓を味方につけるにはどうすれば良いだろうか」
……そして、孫四郎の提案は確かに、いかにも無理難題であった。ものすごくわかりやすく言えば、孫四郎が今から行う提案とは、民百姓を領主から分離し、領主を刈り取った後に民百姓をいかにして治めるかの萌芽と言えた。「謀将孫四郎」の所以である。
「……は?」
「……なんと」
「それは、思い切った策でございますな」
「とはいえ、それで領国経営が成り立つとは到底……」
三者三様に驚愕し、更に眼前の若がどこまでの深謀遠慮を秘めているのか、或いはただの世間知らずの若様に過ぎないのかを見極めるために、彼らは孫四郎の話を傾聴し始めた。その策の要点とは次の5つである。
・刈り取る土地に対して播磨同様に「減税か、抵抗か」を選ばせる
・それに回答の時間制限をつけて、領内を揺さぶってみる
・更には「減税」を選んだ場合、数段格の落ちる武器を貸与する代わりに領主の首級を持ってこさせ、成功報酬として減税を行う
・逆に「抵抗」を選んだ場合、のちほど再度の勧告を行いそれでも「抵抗」を選んだ場合、草木一本に至るまで焦土にする
・ただし、「特種指定地」においてはそれを選ばせずに孫四郎が「減税」か「抵抗」かを決定する
画期的な策ではあった。画期的な策ではあったが、一つ問題があった。そこまで強烈な減税をしておいて、果たして垣屋家の兵站は確保できるのか。だが、彼の脳裏とは同世代から見て数百年分の巨人の肩に乗っているのである。秀吉の兵糧高値購入の飢え殺し戦法にせよ、更に未来である近代戦の戦術・兵器に至るまで、非常に巧みな軍法を持ち得ていた。……そして、彼は驚くべき発言をすることとなる。
「なァに、我に策あり、だ。何も、税収を求めるは本朝だけに非ず。……なあ、仮に東海道の先の海をずっと進んでいったら大きな大陸があるとしたら、どうする?」
……なんと彼は、この当時既に富良東大陸の存在を予言していた。預言かもしれないが、それはどうでも良い。問題は、「孫四郎」が「この当時」に既に「富良東大陸」を知っていたということである。そして、更に孫四郎はとんでもない作戦を言い放つ。
「……若」
「隣に、震旦があるだろう。それと同規模のものが仮にあるとしたら、そこで田畑を作れば良い。よしんば、無かったとしても震旦を奪えば良い。そして、震旦では重税を課して本朝へ集積するための「仕組み」を作れば良い。そうすれば、この税率でも充分に兵を養うことはできる」
……なんと、この当時に既に明を倒せると踏んだのだ。なぜ、彼はこの守護代の嫡子という立場に過ぎぬこの時期に、既に明を倒せると踏んだのか。それは永遠の謎とされている。……まあ、事実勝ったのだから後世の皆は「さすが孫四郎だ」という意見になるのだろうが、私はさすがに時期尚早か、或いは富良東大陸の予言をするためのただの寓話に過ぎないと思っている。
「……しかし、明は大国。果たして勝てましょうや」
「ま、あくまで今の段階ではお伽噺だけどな。……一応、東海道や蝦夷地の果てまで行ったら大陸があるかもしれん。そう思うだけでも、気は楽ではないか」
「しかし……」
そして、彼は富良東大陸で穀物や金銀を稼ぎ、さらに明から様々な文化的産物を導入して一緒に明から流入してきた流民をこき使うという、日系の繁栄と震旦への復讐を前提としたアメリカ合衆国阻止計画を立案した。そう、彼自身が後にこう言った通り、アメリカ合衆国を封殺し、白人種を根絶することこそが日本万年繁栄の計のための必須条件であった。……その発言内容とは、次の通りである。「明朝鮮など薬味に過ぎんし、殴州風情など食後の一服だ、米ソを滅亡させることこそ、俺がこの時代に降り立った使命なのだから」。
「……俺が今まで、勘を外したことがあったか?」
「……それは、そうかもしれませぬが……」
「まあ、そういうことで、だ。……今後、播磨を含め本朝区域内の敵地に踏み込む際に、「博奕」を仕掛ける。その「博奕」で民が一揆を起こせば良し、起こさねばそのまま攻め入るだけだ。ローリスクハイリターンで国を無血で奪えるかもしれんとあっては、やってみる価値はあろう」
「……畏まりました、後悔しても知りませぬからな!?」
なぜ、後悔するのか? なんと孫四郎が最終的に取り立てる年貢とは、三公七民というこの時代に限らず破格の税率であったからだ。所得税三割と書くと高いように感じるが、基本的に民百姓が取られる税は年貢だけである。一応、諸役などもあるにはあったのだが、その諸役を孫四郎はある離れ業で以て解決することとなる。そして、その所得税すら本朝区域に於いては削っていくのだから、この一件だけを以てしても孫四郎が後年言われている「治世の置物、乱世のかがり火」「当代きっての灯台」などとある種の嘲弄を込めて政治下手だというのは不当評価と言えよう。
「大丈夫だ、問題ない」




